実行前の密談
「ところで、ダンジョンには、本物の神が存在しているというのは本当ですか? 調査官達は揃いも揃って、『神は実在する』って言っているんですけど」
エルタの疑問に、ウノは肩を竦めた。
「それは、俺が語るより実際に訪れるのが一番ですよ」
「そうですよねぇ。報告を受けた側が皆、いまいち懐疑的でして……」
調査官が事実を述べても、やはり半信半疑なのだ。
ならばウノが言ったところで、意味はない。
結局の所、自分の目で確かめてもらうしかないではないか。
まあ、さすがに「神がいる」などという話を、すぐに受け入れられるような人間は、むしろ逆に危険だとは思うが。
「つまり邪教を崇拝している、神が実在するなどの『噂』はありますが、現実としてダンジョンから周囲に実害が及んでいませんので、領主側は嫌みを言うしかありません。ただ、問題は……」
エルタが次に言いたい事は、さすがにウノも分かる。
「ダンジョンの外」
「はい。あそこはギルドの管轄ではありません。ですので、これは個人的な見解ですが、役所への村創設の申請に関しては、握りつぶされるか、たらい回しのどちらかでしょうね」
「役所への届けは、無駄骨という訳ですか」
シュテルンの呟きに、ウノは待ったを掛ける。
「いや、出しには行くぞ。こういうのは、出したという事実が大事なんだ」
「そうですね。それにダンジョンに人が集まった遠因は、領主側にもありますから、どこで風向きが変わるか分かりません。王立裁判所で戦う事もあるかもしれませんしね」
確かに、モンスターはともかく、幾つもの種族がダンジョン周辺に集まりだしたのには、城下町の治安の悪化、ひいては貧民街の取り壊し政策が影響を与えているのは間違いない。
そもそもを遡れば、ウノがダンジョンに住むきっかけは、それなのだから。
とはいえ……。
「裁判とか、完全に管轄外だよ」
ダンジョンにはそれなりの人材がいるとウノも思うが、さすがに法律関係に詳しい者はまずいない。
この場合、知性ではなく知識の分野に該当する。
――にゃー、シャマシュかアストライアーでも呼んじゃうかにゃあ。
不意に飛んできた、バステトの神託に、ふとウノは言われていた事を思い出した。
「お、無事に神託も届くか」
――にゃあ、忘れてたのにゃ。土産のワインはワンランク上を所望するのにゃ。
ちなみにシャマシュとアストライアーは正義の神なのにゃ。
「補足をどうも」
「はい?」
エルタには神託が聞こえていないので、当然単なるウノが独り言を言っているようにしか、見えないだろう。
「いや、こっちの話。とにかく、情報感謝します」
「いえいえ、どういたしまして。……私的な話ですと、テノエマ村が栄えるかどうかも関わっていますしね」
今のところ、ダンジョンとテノエマ村の関係は友好だ。
村長とも懇意にさせてもらっているし、教会のプレスト神父は言わずもがなであろう。
その村の鍛冶屋のシュミットの妻であるエルタとしても他人事ではなく、そりゃあ協力もするといった所であった。
「おお、腹黒っぽい」
「ふふ、真っ黒ですよ」
エルタとの話が一区切りつくと、今度は息子であるゾーンが切り出してきた。
「ええと、こっちもいいか。手紙に書いてあった事なんだが」
手には、ウノが渡した手紙がすでに開封されている。
という事はもう、内容には目を通したと言う事だろう。
手紙には、家族間の内容の他に、ウノがシュミットに頼んだ『仕事』も含まれている。
「うん、出来るか?」
「技術的には可能だ。父さんもそれを見越して、これを書いたんだろうし。だが、急ぎでやるとなると、今日中にそっちが『仕事』をしてくれないと、帰りが延びるだろうな」
「分かった。在処の方は見当がついているんだけど、状況次第だろうな。最悪、そっちが無駄骨になるが……受けてくれるか?」
「今更だろう。父さんの要請でもあるし。しかし、俺の腕は見なくていいのか? 一応、作品ならすぐに用意出来るが……」
「いや、作ってもらうのは武器じゃなくて……」
「ちょっと待て」
ゾーンは立ち上がると、キャビネットの上に置かれた女神像を手に取った。
そして座り直すと、テーブルの上に置いた。
それは、ウノも見覚えがあった。
「愛の神・エスタルの神像だ。実家にあったそれの模倣だな」
「これは、大したモノですね。鍛冶屋に飾ってあったモノに、瓜二つです」
シュテルンが唸るのも無理はない。
実際、よく出来ているのだ。
「そうか? こっちに来て、思い出しながら作ったモノだから細部は違うかもしれないが……可能な限り、再現出来たんじゃないかと思う」
ゾーンも、ニヤリと笑った。
何だかんだで、自信はあるのだろう。
「村に持って帰って、見比べてくれ。金属製だが、見かけよりは軽いはずだから、帰りの負担にはならないと思う」
「違いがあるとすれば、こちらは新品で傷がない事ね。あっちにはいくらか修繕した跡があるわ」
「そこまでは、さすがに再現出来ないよ、母さん」
エルタの批評に苦笑いを浮かべ、ゾーンはウノと向き直った。
「それで、報酬の方は……」
ウノは荷物袋から、金袋と二つの水袋を取り出した。
「信者からのお布施と、バステト、カミムスビによる祝福済みの生命の水だ。カミムスビの生命の水は、ここぞという仕事の時にでも使ってくれ」
「グッド。もっとも、俺の仕事は自分で言うのも何だが、それほど大した事じゃない。手紙を読んだ限り、肝になるのはむしろ、そっちだろう?」
「違いないな」
問題なく神像が回収出来れば、この根回しはまったくの無意味となる。
ゾーンとの交渉は、もしも神像の回収が駄目だった時の、次善策だ。
「……しかし、本当にいるのか、そこに?」
「いるよ。ほら、挨拶しろマルモチ」
ウノはジャケットを脱ぎ、テーブルに広げた。
「にゅ!」
青いジャケットが盛り上がり、一瞬にして楕円形の粘体へと変形する。
その変化に、ゾーンはたじろいだ。
「っ……!? おお、これはまた……」
「失礼ですが、使い魔契約をされているのですか?」
エルタの問いに、ウノは首を振った。
「いや、前はしてたけど、今はしてない。というか必要ないレベルの知性がある」
「にゅむ!」
その通りと言わんばかりに、マルモチは身体を縦に伸ばした。
エルタは軽く身を乗り出して、マルモチを観察する。
「……こ、これは……職業柄、好奇心が刺激されますね。ギルドの方で、調べさせていただけませんか?」
「すみません、今回は時間がないんで」
「私達はダンジョンに住んでいますし、時々村にも訪れます。なので、村に戻ってからじっくりと調べてみては如何でしょうか。もちろん、マルモチが承知をすればの話になりますが」
「にゅむう」
焦るなと言わんばかりに、マルモチが身体をたわませる。
「はぁ……早く、こちらでの仕事を終わらせて、向こうに戻りますね」
治安の悪化が鎮まり、冒険者ギルドも落ち着けば、エルタもお役御免となり、村に戻る事が出来る。
問題はそれがいつになるかだが。
――にゃあ、もうすぐ片はつくのにゃ、多分。
などという、神のお告げもあるので、そう遠くない将来、彼女も村に帰れるようになるのだろう。
とにかく話は終わり、ウノとしては最優先でやる事も決まっている。
再びジャケットに変形したマルモチを羽織り、ウノは立ち上がった。
「じゃあ、行くか」
「そうですね。ではまた、後で」
シュテルンも、ウノの肩に乗る。
まず目指すは、博物館。
そこに、バステトの神像があるならばよしだ。
まああったとしても、入手するにはおそらく、一筋縄ではいかないだろうが。