鍛冶屋の妻と息子
途中の村での一泊を経て、ウノとシュテルン(とマルモチ)は城下町オーシンの門を潜った。
ゲンツキホースのカーブは、モンスター用の厩舎に預けておいた。
カーブの大人しさに、厩舎の職員が驚くほどだった。
ウノは、正門前で空気を吸い込んだ。
「ただいま、っていうのも変だけど、何となく懐かしい空気は感じるよな」
「そうですね。最後は散々でしたが、良き思い出も多いかと」
「にゅむー……?」
ウノのジャケットに擬態したマルモチが、身体を軽くうねらせる。
「まあ、マルモチはここには来た事ないもんな」
城下町の雰囲気は、以前と大して変わらない。
いや、強いて言うなら人間が多いか。
もしくは、他の種族が少なくなった、と見るべきかもしれない。
その点はちょっと残念な、ウノだった。
「……さて、やるべき事は多いけど、まずは頼まれごと優先かな」
ウノは胸ポケットから、二通の手紙を取り出した。
肩の上に乗ったシュテルンが、それを覗き込む。
「鍛冶屋のお手紙ですね」
ウノは、ダンジョンから出発してすぐ近くの集落、すなわちテノエマ村で、鍛冶屋のシュミットから手紙を預かっていた。
二通あるのは、内一通は彼の娘で冒険者ギルドの受付、レティからの分である。
「ああ。息子さんは家か修業先の鍛冶屋にいるだろうって話だけど……ま、家の方に届けるのが無難だろうな。仕事中だと困るし、確か鍛冶屋の嫁さんも一緒に住んでるんだろ」
「そのはずです。今日は、買い物でもしていない限りは、家にいるだろうとも仰っていましたね」
「今日はって事は、普段は仕事してるって事だよな。主婦にしては、珍しくないか?」
「そうですね。夫や息子が稼いでいるなら、大体は家を守っているモノだと思うのですが」
家の住所は聞いている。
以前住んでいた街でもあるし、ウノが迷う事はない。
「んじゃ、そっち行くか」
「はい」
そして、住宅街。
この辺りは平民用の住居が集まっており、密集したアパートが特に多い。
シュミットの息子であるゾーンと母親エルタの住んでいるのも、そんなアパートの二階だった。
(……おい、王子様が出てきたぞ)
(アパートとのミスマッチ感、極まりありませんね)
ウノとシュテルンは、顔を見合わせた。
扉を開けて出てきたのは、焦げ茶色の髪の美青年だった。
無愛想、かつ休みだったのか着崩した私服にも関わらず、謎の気品が出ているところなど、父親そっくりであった。
彼は、ウノ達を見て、ため息をついた。
「……顔が、全てを物語ってるんだが」
「ああ、悪い」
「まあ、手紙を届けてくれたし、いいけどな。廊下で立ち話も何だ。入ってくれ。それから名乗り遅れたが、ゾーンだ。よろしくな」
「ウノだ」
「シュテルンです」
シュテルンの挨拶に、ゾーンは歩みを止めて目を丸くした。
「……!? 鷹が、喋った……!?」
「主様、こういう反応も久しぶりで新鮮な気分です」
「言われてみれば、そうだな」
驚き方も、父親によく似てるなあと思う、ウノだった。
ゾーンに促され、ウノ達は彼の部屋へと入った。
入ってすぐがリビングとなっており、そこにはギルドの受付嬢であるレティに似た、二〇代後半ぐらいの女性が座っていた。
おそらく彼女が、母親のエルタだろう。
息子のゾーンの年齢から逆算すると三〇は越えていてもおかしくないはずなのに、かなり若く見える。
「わざわざ遠くから、ありがとうございます。シュミットの妻のエルタです。主人は元気にしていましたでしょうか?」
エルタに促され、ウノはソファに腰を下ろした。
シュテルンも、テーブルに乗って、羽を休める。
「向こうも同じ事を言ってましたよ。こっちの事は心配ない、と言っておいて欲しいとも。ただ、そろそろ貴方のご飯が食べたいそうです」
「まあ」
照れるでもなく、エルタはクスクスと笑った。
「母さんも、結構こっちに長居してるもんなあ」
「ええ……もうそろそろ、落ち着くと思うんですけど。あ、お噂はかねがね伺っております」
噂、というのはウノ達の住むダンジョンの事だろう。
しかし、こことテノエマ村での手紙のやりとりなど、そう頻繁に出来るとは思えないし、出来たとしても主に自分達の事を書くはずだ。
ふと、彼女の娘であるレティの事が頭に浮かぶ。
「えっと……失礼ですが、お仕事は? まさか……」
「ギルドの職員です。今は、パートタイムですけど」
おっとりと微笑むエルタだった。
「それも、元幹部だ。OBだが受付部門の長を務めていたらしい」
「ぎゃーす」
ゾーンの補足に、ウノは呻き突っ伏した。
まさかの、仕事関係者であった。
シュテルンが軽く鳴きながら、首を傾げた。
「ですが、一度も会った事はないですよね。主様も冒険者生活は、そこそこの長さなのですが」
「それはそうですよ。私の現役の頃は、ウノさん達はまだ冒険者をしていなかったか、ギリギリ新米といった所でしょうし、逆にウノさん達が仕事をしている頃には私はテノエマ村に移住していましたから」
「あー、なるほど……そういう事もあるのか」
要するに、すれ違いである。
エルタの話によれば、元々は引退した身であるし再び働くつもりはなかったのだが、数ヶ月前からの治安の悪化で冒険者ギルドも忙しく、彼女にも声が掛かったのだという。
「話題になっていますよ。ギルドが売った物件が、すごい事になっているって」
「はは……俺も、予想外なんですけど」
「今度戻ったら、私も伺いますね。個人的にも、ギルドの関係者としても、興味深いですから」
「いい温泉がありますよ」
あれ、何か営業やってないか、俺。
ふと頭にそんな疑問が浮かんだが、まあいいかとウノはすぐに吹っ切った。
エルタは、少し憂い顔になると、頬に手を当てた。
「ただ、問題はここの領主ですね」
「やっぱり問題になっていますか」
「そうですね……ダンジョンに関しては、完全にこちらで抑える事が出来ています。ダンジョンの管理は領主から冒険者ギルドへ委託がなされ、正規の手続きを踏んでウノさんの手に渡りましたから。邪神を祀っているという噂もありますが……」
言葉を切るエルタに、ウノは肩を竦めた。
「邪神は、祀ってないですね」
ただ、神様は複数いる、とウノは心の中で付け加えた。
「はい。ギルドからも何人か調査官を派遣しましたが皆、満足して戻ってきました。仕事で行ったはずなのに、何故か慰安旅行から帰ったみたいな顔だったので、職員達がとても微妙な顔をしていましたね」
「……まあ、心当たりがないでもないです」
ダンジョンを調べようとする者は、ロイのように素性を隠す場合もあれば、正面から乗り込んでくる場合もあった。
もちろんウノとしては後ろ暗い事は何もないので、全員中へと案内した。
人間の調査官は、大体神様――特にカミムスビ――を前にすると平伏すので、楽なモノである。
あとは、温泉や中庭で寛いでもらい、お帰り頂いている。
「奥様、失礼ながらよろしいでしょうか」
「どうぞ。シュテルンさん、でしたか?」
「こうした、ギルド内部に関わる内容を、部外者に話してもよいのでしょうか?」
「部外者に話すのは問題ですけど、貴方達は当事者ですよ? 森のダンジョンの話なのですから」
「……言われてみれば、その通りですね。本当に失礼しました」
「いえいえ、お気になさらずに」
頭を下げるシュテルンに、エルタはおっとりと手を振った。
気がつくと、奥さんが前面に出ている件。
……いや、下書き時点では、主に息子の方がメインだったんですけど、あれえ……?