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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
95/140

二つの出発(下)

「使命……?」


 目を瞬かせるハッスに、シュトライト司教は大仰に両手を広げた。


「そう、君には成さねばならない事があるはずだ」


 ハッスはしばし考え、それを口にした。


「奴らに、一泡吹かせる事……?」

「奴らというのは以前聞いた、森のダンジョンの住人達かな。……だけど、それは成さねばならない事じゃあないね。君が成したい事だ」


 シュトライトは、残念そうに首を振った。

 図星を指摘されても、ハッスは以前のようには怒らない。

 相手は聖職者だし、彼の言わんとしていることを理解出来るほどには、教育も受けたのだ。


「復讐からは、何も生まれないよ。君は何故、彼らに復讐をしたいのかね?」

「奴らは……侵略者だ。俺達の生活を脅かす。やっと手に入れた暮らしを奴らは荒らし、俺は牢獄送り。こんな馬鹿な話があるか」

「重要なのはそこだ。彼らが力を増し、人の生活を脅かす。君は意識を変えなければならない。君の動機はあくまで、君個人のモノだ。だが、その『人』というのが人類全てを指すとなれば……君は復讐者ではない。人類の救済者となるのだよ」

「救済者……」


 ハッスの中で、カチリと何かが当てはまった……ような気がした。

 したい事と、しなければならない事。

 その違いが今、分かったのかもしれない。

 行動自体は一緒だが、どちらが尊いかはハッスにも理解出来る。

 そしてそれを行うモノが、何と呼ばれるかも。

 ハッスの意を汲んだかのように、シュトライトも力強く頷く。


「そう、英雄だよ。君は今、そうなれるかどうかの分岐点にいる。君を不当に扱った者達も、きっと君を見直すだろう。自分達の見る目のなさを悔い、詫びを入れる事だろう。君のお父上もきっとそう思うはずだよ」

「親父が……」


 思い出す。

 亜人達の味方をし、息子を見捨てたあの親父が、俺に詫びを入れてくる……?

 それは想像しただけで、とても心地が良い事だった。

 わずかな夢想を終えると、目の前ではシュトライトが表情を引き締めていた。


「君にやってもらいたい事がある。これは、危険な任務だ。最悪、命を落とす可能性もある」

「任務……?」

「そうだ、あの森のダンジョンから魔物達や亜人達を一掃し、村を守る。ひいてはこの国を救う事にも繋がる任務だ。どうする?」


 そんなモノ、問われるまでもなかった。

 英雄になる機会。

 逃せるはずなど、ない。


「……やるに、決まっているだろう」


 ハッスが断言すると、シュトライト司教は手を組み、カムフィスの指印を作った。


「そうか、ありがとう。私の手に入れた情報では、あのダンジョンには神がいると聞いている。あのダンジョンは『邪教神殿の洞窟』と呼ばれ、かつて邪教徒達が騎士団に滅ぼされた過去があってね。おそらく……彼らは既に、その邪神の復活に成功している」


 ぶるり、とハッスの背筋が震えた。


「邪神を……俺に退治しろというのか」


 それは比喩でも何でもなく、本当に英雄の、勇者の務めではないか。


「もちろん、そうしてくれるならば一番だ。しかも、邪神は複数いるらしい。……そして、何より許しがたいのは奴ら、蜥蜴もどきをカムフィスと崇めていると聞く。絶対に許せん」


 神を語る時、シュトライトの目は据わり、拳を震わせていた。

 だが、ハッスの視線に気付くと、表情を改めた。


「君一人だけでは、さすがにこの任務は辛い。何人かと、行動を共にしてもらうし、魔物達に対抗する為の準備もしてある。そして、時間をおいて用意してある騎士団も動く。だから安心して欲しい。君の味方はちゃんといるんだ」

「そうか……だが、俺が全部、片付けてしまっても構わないのだろう?」


 課せられた使命は過酷であり、一人で行うのはやはり辛い。

 だが、()()()()をやれなくて何が英雄か。

 そんなハッスを、シュトライトは頼もしげに微笑んでいた。


「素晴らしい覇気だ。やはり私の見る目に狂いはなかった。大丈夫、君の行いはカムフィス様がきっと見ていてくれているだろう。任務は必ず成功する。……もし駄目だったとしても、その尊い行いは、君を天界へと誘うだろう」

「やめてくれよ、縁起でもない」


 再び印を組むシュトライトに、ハッスは手を振った。


「はは、そうだね。とにかくよろしく頼む」

「いつから動く? 俺は今からでも構わないぜ」


 休養は充分に取れた。

 毎日の鍛錬のお陰で、もういつでも動く事が出来るようになっていた。


「そうか、ならば早速動くとしよう。――これを」


 シュトライトは、懐から一本の試験管を取り出した。

 中には、虹色をした液体が入っている。

 それを、ハッスの手に置く。


「これは?」

「魔物達に立ち向かう為の、『神の秘薬』だ。飲めば、普段の数倍の力を発揮出来るようになる。だが、危険な薬でもある。大切に取り扱ってもらいたい」

「危険? 何を今更」


 ハッスは不敵に笑いながら、試験管を手の中で弄んだ。


「これ以上、奴らが偽の神を広めるのを許してはならない。これは聖戦だ。頼むぞ、勇者」

「……ああ、任せろ」




 ハッスとの面談を終えたシュトライトは、長い廊下を進み、やがて警備の立つ大きな部屋の扉を開いた。

 そこは、この屋敷の主の執務室であり、書類と向き合っていた彼――コバルディア公爵――は顔を上げた。

 金の髪を後ろに撫で付けた、細身の男だ。

 一見青年のようだが、よく見ると皺もそれなりにあり、年齢は四〇を越える。


「先生、どうでしたか?」


 執務机の前には応接用のテーブルセットがあり、シュトライト司教は柔らかなソファに腰を下ろした。


「どうやら上手くいきそうだよ。騎士団の方はどうかね」

「各地を巡回している騎士隊が、森の手前に集う手筈になっています。数にして二〇〇といった所でしょうか。これ以上となると、ダンジョン内での動きの妨げとなってしまいます」


 戦は、場合によっては数が多ければ良いというモノではない。

 ダンジョンのような狭い空間では、万の軍勢を用意したところで有効には活かす事が出来ないのだ。

 うむ、とシュトライトも頷く。


「充分だろう。ただ、先行する彼らは無事ではすまない。カムフィス様、どうか彼らの尊き魂に安らぎを……」


 彼ら――すなわち、ハッスや同じような境遇にありながらシュトライトが手を回して()()を施した、騒乱の呼び水となる実働部隊達。

 全員、意気込みは充分だが、計画では事の起こりはモンスター達の巣のど真ん中だ。

 現実的に考えて、全方位が敵の状況で、彼らがそう長く持つとは思えなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 表だって騎士団を動かすには、どうしても大義名分が必要となる。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 傷つけられる民を思うと、シュトライトの胸も痛む。

 けれど、モンスターの巣に喜んで詣でるような愚民でもあり……ならば、騒ぎに巻き込まれるのもまた自業自得。

 ハッス達も含め、多くの犠牲が出るだろうが、魔物を滅ぼす為だ。

 きっと、創造神カムフィスも許してくれるだろう。


「事は動き出した。何よりも我らが神を騙った奴らを、断じて許してはならない」

「はい。領主としても、亜人共を跋扈させる訳にはいきません。私の土地に勝手に村を作るだと? 冗談ではありません」


 教え子であるコバルディア公爵も、表情は厳しい。

 彼も熱烈なカムフィス教の信奉者であり、もう何十年もシュトライトの教えを受けている。

 その一方で、領主として冷徹な打算も、彼の中には組み込まれていた。

 巷では、貧民街の撤去は失策だという声も出ているが、それは違う。

 あれで明らかになったのは、心貧しきモノや亜人達はやはり、危険であるという事ではないか。

 今はまだ落ち着いていないが、いずれ鎮まる。

 ()()が、安心して暮らせる都が作られつつあるのだ。


「ただ先生、前にも言った通り……」

「分かっている。ダンジョンの破壊は最小限に留めよう。情報では豊かな畑に家畜、湯も出ると聞いているからね。そのような場所は、人間が利用するモノだ。なり損ない達が使ってよいモノではない」

「はい。必ず、奴らをこの地から追い出しましょう」


 二人は、頷き合う。

 そして最後の確認を、シュトライトは行う。


「その、森の手前に騎士達が集まるのは、予定通りでよいのだね? 潜入する彼らと連動する必要があるから、これは重要な事だ」

「ええ、おおよそ、三日後といった所でしょうね」

『神様のお話』と、対になるお話でした。

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