二つの出発(上)
一話で片付けようと思ったのですが、(いつも通り)予想以上に伸びました。
「……それにしても、本当に人、増えたよなあ」
早朝。
ゲンツキホースのカーブの手綱を引き、ウノは洞窟から出た。
洞窟の前は以前よりも、かなり拓かれている。
木造の家が並び、人型モンスターや獣人、蜥蜴人、魚人が闊歩し、その外周にはまだまだ仮設テントが残っている。
逞しい行商人達は彼らを相手に商売を行い、喧嘩が起こればコボルトの衛兵が取り締まる。
他にも、観光目的の人間の姿もチラホラと見受けられる。
何にしても、朝から賑やかだ。
「最初は私達とゴブリン達だけでしたのが、嘘のようですね。というかそもそも、人口を増やすなんて考え、まるでありませんでしたが」
シュテルンは、カーブの頭の上で羽を休めていた。
「うん、それ今もなんだけどな。まあ、賑やかなのは悪い事じゃないと思う。自分ちの最低限のプライバシーも守れているし」
当たり前の話ではあるが、ウノの目的はこのダンジョンを自分の住処にする事であり、それはほぼ、達成されている。
居住区にも扉を設け、鍵も掛かるようになっていた。
プライバシーは大事だ。
「……問答無用で侵入してくる神もいますが」
見送りにとついてきていた猫耳幼女神バステトを、シュテルンは振り返った。
「にゃあっ!? 矛先がこっちに向いたのにゃ!?」
バステト以外にも、創造神カミムスビをはじめとした神々、ゴブリンズにユリンやラファルといった警備部隊も洞窟前に並んでいた。
「と、とにかく、留守はウチキらに任せるのにゃ。二人が帰ってくる頃には、お祭りも終わってるにゃ」
「いやいやいや!? いくら何でも前倒し過ぎるだろ!? 俺だって楽しみにしてるんだから、せめて始まる直前ぐらいで止めておいてくれよ!!」
秋祭りの準備も大体終わってはいるモノの、自分の留守中に始められてはかなわない。
さすがに家主不在で騒がれるのは、ないがしろにされすぎであろう。
「にゃー。その気になれば今からでも始められるのにゃあ。村の人達も、手伝ってくれてるのにゃ」
「その辺は、感謝だな。特にカミムスビ」
他の神々の信者達もそれぞれ頑張ってはいるが、大幅に捗ったのはテノエマ村の村人達の参加だ。
先日の教会での対話で、彼らが全面支援してくれるようになったのだ。
「わたしの信者になってくれても、ええんよ?」
「にゃにゃっ!? それは別にウチキも構わないけど、本命はウチキだって事忘れちゃ駄目にゃー」
今のところ、バステトから鞍替えするつもりはないが、それでもウノは柏手を二度、カミムスビに捧げた。
「村の申請、上手くいくといいですね」
「そっちは一筋縄ではいかないだろうけど、どうしても、やっとく必要があるからなあ……」
狩猟神アルテミスの言葉に、ウノは肩を竦めた。
城下町オーシンに向かう主目的はバステトの神像探しだが、他にもいくつかやる事はある。
そのうちの一つが、役所での村の申請だ。
さすがに人口が増えすぎ、これをタダの集まりと言うには無理がありすぎる。
村長すらまだ決まってもいないが、これは暫定的にウノが仮村長という事で、書類を作る事になっている。
テノエマ村のフローンス村長が言うには、役人が来て審査も行うので、ただ役所で書類を作れば、それで村が成立するというモノでもないらしい。
そもそも領主が領主なので、その申請自体握りつぶされる可能性もあるんじゃないかという意見もあったが、何事も手順というのは大事だとウノは思うのだ。
まあ、駄目元で、という事で、役所にも行くウノなのだった。
「あ、それと神託がどこまで届くかのテストも忘れちゃ駄目にゃ。多分今のウチキの力なら、城下町でも支障なく繋がるとは思うけど、万が一駄目だった場合は、教会に行くのにゃ? カミムスビが経由してくれるのにゃ」
「あいよ」
バステトもある程度までは外に出られるが、それでも城下町まで行く事は出来ない。
なので、連絡は神託頼りだ。
カミムスビとの神託はその保険である。
教会で祈りを捧げれば、カミムスビにその声を届ける事が出来るのだという。
「それじゃそろそろ行ってくる」
「にゃー」
ウノは、カーブにまたがった。
コートは、スライムのマルモチが偽装したモノであり、彼にも状況によっては重要な役割があった。
そして、ゲンツキホースが歩み出す。
――そして、それが二人を飼わした、最後の会話だった、にゃ。
「不吉なモノローグ入れんなよ!? 普通に、帰ってくるよ!?」
「襲いますよ!?」
すかさず一人と一羽が突っ込んだ。
「にゃはは、普通かどうかはともかく、お土産期待してるのにゃあ。ワインとか欲しいのにゃあ」
手を振るバステトや他の面々に手を振り返し、今度こそウノ達は森の外へと馬を進める。
「……何気に酒好きだよな、あの神様」
「飲んべえですよね」
城下町オーシン。
豪華な屋敷の一室に、ハッスはいた。
テノエマ村の村長の三男であり、村はずれの魔女イーリスの家に放火を企てた男だ。
部屋の調度品はどれも一級品、個室風呂まで用意されている。
出される食事はどれも今までハッスが食べた事がない美味珍味であり、酒も極上。
ボサボサだった髪は整えられ、服も立派なモノが仕立てられていた。
女を抱けないのがここでの唯一の不満だが、それでも言えば、警護付で歓楽街に行く事も出来た。
ノックの音がした。
「私だ。よいかね」
「ええ」
ハッスが応えると、扉が開いた。
入ってきたのは、白髪の老人だ。
ふくよかな身体を高位の法衣で包み、にこやかな笑みを崩さない。
シュトライト司教、それが男の名前だ。
そして、牢獄に閉じ込められていたハッスを出し、この部屋を与えてくれた恩人でもある。
「調子はどうかね、ハッス君」
「……大分、よくなりました。だけど……やっぱり分からねえ。どうして俺はこんなに、親切にされるんだ……ですか?」
もちろん、ハッスはただ部屋を与えられただけではない。
一日の大半は、勉強と礼儀作法、訓練に当てられている。
お世辞にも頭がいいとは言えないハッスだったが、教師も一流なのか、何とかついていけている。
特に神学は、シュトライト司教直々の教えであり、創造神カムフィスの神話はもはや、書物を開かなくても諳んじることが出来るレベルだ。
礼儀の方も、最低限は習得した。
そして一番重点を置かれている訓練は、手練れの傭兵や教会の騎士を相手にし、毎日ヘトヘトになっていた。
しかしその分、間違いなく強くなったとハッスは思う。
気のせいではない。
かつてより、力、スタミナ、反射神経、どれも相当に高くなっている。
……しかし、やはりハッスは分からない。
そんな教育を、何故自分に施すのか。
「はは、そろそろ話してもいい頃か」
シュトライト司教は大きく笑い、ハッスにその人好きのする微笑みを向けた。
「それは君が大いなる使命を帯びているからだよ」
という訳で続きます。
先日、第三者視点を終えたかと思ったら、またです。すみません。