秋祭り企画会議
それは、村での『灰撒き』イベントが終わって数日が経過しての事だった。
中庭の一角に新たに造られた四阿には、ウノとシュテルン、それにバステト達神々が集まっていた。
雨天は以前と変わらず『第一部屋』を使用するが、ここ最近の神々のお気に入りはこの場所での茶会であった。
「城下町へ行くのにゃ?」
ウノの提案に、猫耳幼女神・バステトがまず驚いた。
他の神々も同様だ。
「うん、まあ一種の里帰りかな。片道一日半、向こうでまあ一日だから四日、大きく見積もって五日って所か」
「もちろん私も同行いたします」
ウノの後ろに用意された止まり木で休んでいた鷹のシュテルンは、胸を反らせた。
「なるほど、敵情視察やね」
「いやいや、カミムスビ、そうじゃない……いや、なくもないか。向こうの状況や雰囲気を確かめたいってのも、あるし。でも一番の目的は、バステトの神像なんだよ」
「にゃあ! ウチキのだけちゃんとしたのがないのにゃ! それは不満だったのにゃあ!」
「そもそも考えてみれば、まともな神像もないのによく顕現出来たよな……」
他の神は神像を置いてようやく顕現したというのに、バステトのみはほぼ意志のみで出現している。
まあ、ウノという、妖精郷へと通じる特異点の存在もあるのだろうが。
「とにかく、向こうにあるって話だったろ。だからあわよくば回収しておきたいかなと」
そして最初に会った時に、バステトは言っていたのだ。
神像があれば、さらに力は増すと。
ならば、領主の動きが気になる現状、在処を突き止めておく必要はあった。
ウノの推測ではおそらく博物館、次点で美術館である。
ウノ、シュテルン以外の同行者は、スライムのマルモチ、ゲンツキホースのカーブを予定している。
スライムはジャケットに偽装出来るし、カーブは実際には使い魔ではないが、モンスターとして使い魔用厩舎に預ける事が出来る。
「しかし、何もこの時期に……」
不満げに熊耳を折り、眉をしかめるアルテミスに、イシュタルが首と獅子の尾を振った。
「いや、むしろこの時期だからこそじゃない? 今はまだ、騎士団は動かないわ」
「何でそう言い切れるのよ」
「動かすだけの大義名分がないからよ。いい? ここは冒険者ギルドからマスターが正式な契約で買い取った物件なの。そこに、領主が軍を使って問答無用で攻め入ろうなんて、大問題よ。いくら何でも筋が通らないわ。……何より、公爵っていう階級は強いけど、上には上がいるでしょ?」
「王、ですか?」
「そ。だからやるなら、上から叱られない為の、最低限の口実が必要なの。モンスターはともかく、異種族が集まってきているのは、そもそも領主が強引な政策で貧民街を取り潰したからじゃない。どこかに集まるのは、何の不思議もないわ。むしろ城下町の治安悪化が防げるだけ、メリットもある。理由には使えないわね」
「その、貧民街、もう元がつくけどそこも見ておきたいんだよなあ」
おそらく跡形もなくなっていると思うが、それでもウノにとってはかつての住処のあった場所だ。
一方、シュテルンの声は恐ろしく低かった。
「そうですね。私達の寝床を奪い、どんなモノが出来ているか、確かに私も興味があります」
「シュテルンさん、目が怖いですよ」
女神アルテミスですら引く、漆黒のオーラであった。
よほど、領主が憎いらしい。
なお、ウノがこの時期を選んだのは、大体イシュタルの考察と変わらない。
それとほぼ、ダンジョン内の改装が落ち着いてきたというのもあった。
残っているのは、ウノの居住区の細々とした家具ぐらいだ。
それと何より、このダンジョンのある意味守護神でもある、バステトの神像だ。
ならばやはり、今行くべきだろう。
「何にしろ、あのロイって言う調査官が言っていた通り、ここに攻め入るだけの隙はいくらでもある。あるけど、すぐに実行出来るかどうかは別問題だろ。だから、今の内にこっちもやれる事をやっておきたい。……そもそも、騎士団自体はどうにかなるんだろう、カミムスビ」
「うーん、もう一押し欲しい所なんやけど、それは今度のイベントでどうにかなるかな」
カミムスビのプランは二つあり、一つは既に夜の間に行われている。
彼女自身はこのダンジョンからテノエマ村ぐらいまでしか動けないが、教会は各地にあり、ある程度の力を注ぐ事が出来る。
それを活かした策が働いているが、これはむしろ問題が起こってから効果を発揮する。
そしてもう一つ、対騎士団用の策は正に今話している通り力が足りないので、イベントを起こして信者を呼び込もうと目論んでいるのだった。
そしてそのイベントとは。
「秋祭り、ですね。そういえば、各々の企画はどうなっています?」
アルテミスの問いかけに、真っ先に手を上げたのは、リスの尾を揺らす食の神センテオトルだ。
「中庭で、トウモロコシ売るよー! 葡萄酒も売るよー!」
「私の方では毛皮と肉が主になりますね。それと弓を使った射撃大会です。イシュタルの方の首尾はどうですか」
ダン! とイシュタルは椅子の上に立ち、握り拳を作った。
「祭壇で、美少年美少女コンテスト、やるわ!」
「……マスター」
深いため息をつく良識派の視線から、ウノは目を逸らした。
「いや、見に来る人は多いだろうし、飛び入り参加も認めるとか、とにかくもう、イシュタルの熱意がものすごくて」
「当然よ! あとマッスルコンテストも行うわよ!」
「これはもう、止められないと思ってな」
ウノの説得を圧倒的に上回る熱量であり、参加者は任意だし強制力だってない。
なのでやりたければやればいい、という結論に落ち着いたのだった。
「そうですねえ」
タネ・マフタは、花の妖精のようにおっとりと微笑んでいた。
「タネ・マフタも、何かされるのですか?」
「はい、鉢植えの販売ですね。作物が採れるモノと、綺麗な花が咲くモノ、両方を用意しています」
実にまともだ。
直前がイシュタルだった事もあり、アルテミスもホッとしていた。
「ウチキも祭壇でコンサートやるのにゃあ。踊りと音楽はウチキの本領発揮なのにゃー」
バステトは豊穣神であると同時に、芸能の神という側面もあるという。
そんな話、ウノは初めて聞いたような気もするが、実際踊りも歌も上手いので、反対する理由がなかった。
また、他の女神達も一曲披露するらしく、少なくとも客の入りには何の不安もないだろう。
モンスター達も参加したり、バックダンサーを務めたりと、ここ最近は中層の『南西』、参道として使われていない裏舞台が随分と賑やかになっていた。
「そしてわたし、カミムスビはスタンプラリーやね」
スタンプを押すポイントには、このダンジョンの成り立ちが断片的に記されており、全てを回ると図書館や冒険者ギルドに記録されているそれではなく、真の意味での成り立ちが分かるようになっているのだという。
最初は、スタンプカードを持つ者をダンジョンを探索する冒険者になぞらえ、各地点に配置しているモンスターを『倒し』、最終的にはモンスターを操る真の敵・創造神カムフィスがラスボスとして高笑いしながら待ち構えているという企画だったが、アルテミスが激怒し、プレスト神父が泣いて頼んだので没になった。
なお、スタンプラリーを制した者には特典として、カミムスビ特製の加護付アクセサリーがもらえる事になっている。
ウノとしては『けーたいすとらっぷ』なるモノがなんなのか、いまだによく分からないが、腰に差すタイプの水袋や道具入れ用の留め具としては、なかなかよく出来ていると思ったモノだ。
「じゃあ、秋祭りが始まるまでには、何とか片をつけないとな」
そうウノが締め括って、会議は終わったのだった。
そういえば季節ってほぼ書いてなかったような気がしますが、作中はそういう時期です。