神様のお話
「それで、こっちが今の話に出てきた、別の神の一柱アルテミスや」
カムフィス――本来はカミムスビというらしい――が左にずれ、隣に熊耳幼女が並んだ。
「皆さん、こんにちは。主にコボルト達からの信仰を受けている、アルテミスです。彼らからは、アルティ・メスタと呼ばれていますが。月と狩猟の神です」
やはり礼儀は正しいが、それでも神の威は存在していた。
ただ、ロイの信仰はカムフィスに向けられていたので、萎縮するほどではなかった。
「普通の……とは少々異なりますが、人型なのですね」
コボルトの神なら、コボルトらしい要素があっても良いのではないだろうか。
そんな疑問を、ロイは口にする。
「それを言えば、今のカミムスビは正しく人の姿は取っていませんよ。この角とか太い尻尾とか」
「蜥蜴を依代に使ったからなぁ。お陰で蜥蜴人達も、わたしを信仰し始めてきとるし。……まあ、ホヤが顕現したらあの子の方に戻ると思うけど」
さて、とカムフィスは手を合わせた。
「それで、ここからが本題になるんやけど、マスター……つまりウノさんの話から考えるに、近い内に大きな変化が訪れるはずなんよ。ダンジョンの周辺が大きくなってきて……これに危機感を抱く輩が出てくると思う。そうちゃうかな、ロイさん」
「っ!?」
突然カムフィスに声を掛けられ、ロイは身体が硬直した。
周囲の信者達も一斉に、ロイに注目する。
「行商人とは、ちゃうんやろ」
そう言うも、カムフィスの視線に責める色はなかった。
「ど、どうして……神は全てをお見通しだったのですか」
「いやいや、そんな大層なもんちゃうよ。むしろ人の力というか、うちのダンジョンマスターがやね、行商人のしては背筋が伸びすぎてるし、歩き方も訓練されてる言うてて。あと手の剣タコとか、他にも色々あるんやけどね」
カムフィスによれば、ウノという獣人は以前、城下町の方で衛兵の手伝いもしていたのだという。
その経験もあり、違和感には少々勘が働くらしい。
要するに、ロイを見抜いたのは、別に神の御力でも何でもないようだ。
「そう、ですか……確かに僕の正体は行商人ではありません。本来の仕事は、教会で異端者や邪教関連の調査官を行っています」
「あんまり、向こうの方では好かれてへんみたいやね」
「……ええ、煙たがられてあまり、城下町には戻ってません。ですが、そもそも僕の務めは外を回る事が主ですし、職務は真っ当しなければなりません」
ここは、さながら懺悔室のようであった。
まるで流れるようにスラスラと、己が秘めていた事が口から滑り落ちていく。
「それで、森の調査を行おうとした?」
「はい……」
これは、城下町の大聖堂にいる司教からの命ではない。
噂を聞き、そのまま独自にこの地に乗り込んできたのだ。
「わたしらには、後ろ暗い事は何もあれへんから、好きなだけ調べてくれてええよ。せやけど、今の時点でロイさんは、森のダンジョンの事、どう思う?」
「私見でよければ……邪悪では、ないと思います。ですが、つけいる隙は多いかと」
公平な目で見れば、彼らは害になっていない。
むしろ、隣に当たる村の不作を助けている。
けれど、悪く取ろうと思えば、いくらでも難癖はつけられるのだ。
彼らは、村人を油断させるために親切を装っている。
そして村に潜り込み、人間という種を探り、また彼らを洗脳しようとしている。
貧民街から逃れた亜人達が集い、反乱を企ててもいる。
何より、創造神カムフィス以外の、異端の神を崇めているのが証拠である。
そのような邪悪な輩は、今の内に芽を摘んでおくべきだ……等々。
攻め入る口実は、いくらでも作れるのだ。
しかも……この地の領主であるコバルディア公爵と、この区を管理しているシュトライト司教は、どちらも亜人を嫌っている。
強引な貧民街取り壊しも、治安・経済的な理由もあるにしろ、彼らの性格が大きな原因となっている。
「せやろね。つまり、干渉してくる可能性はやっぱり高いんよね」
それが正しいかどうかはどうでもよい。
相手を潰してしまえば、どれほど苦しい口実だろうと、何とでも言い逃れは出来てしまう。
酷い言い方をすれば、死人に口なしだ。
何より……ロイの見聞きした限り、今改造しているダンジョンはかなり、魅力的だ。
森の素材を集める拠点として、申し分ない。
ダンジョンは冒険者ギルドの管理下にあるが、公爵が強権を発動すればどうなるか分からない。
領主に治安維持を名目とされれば、ギルド側だって強くは出られないだろう。
「僕は、見たままを伝えようと思います。ですが、おそらく無駄でしょう」
「森の中のダンジョンに、本物の神様がいてたとか調査書に書かれてたら、そりゃ向こうは怒るやろねぇ」
「最悪、貴方も洗脳されたという扱いで、処罰を受けるでしょうね」
カムフィスは苦笑いし、アルテミスはそのまま苦い顔をしていた。
「おそらく一番説得力があるのは、カムフィス様に直接、城下町の大聖堂へお越し頂く事なのですが」
この、神の威があれば、公爵、司教共に考えを改めるとロイは思う。
そうなれば、森のダンジョンも安全を保てるだろう。
そういうロイの見解に、カムフィスは肩を竦めた。
「それは、現状無理やね。この身体を見ても分かる通り、わたしの神としての力は、それほど強くあれへん。活動範囲は、あの森の神殿から、この村までがギリギリいう所やねん」
つまり、城下町まで行く事は出来ない。
ここから先に進もうとすると、どんどんカムフィスの肉体は存在を薄れさせていくのだという。
「つけいる隙と言いましたね。やはり、軍……騎士団が差し向けられる線もあるとみてよいのでしょうか」
アルテミスの問いに、ロイは力強く頷いた。
「はい、高い確率でしょう。人間が住むのならまだ猶予があるでしょうが、亜人やモンスターが住んでいるとなると、時間の問題かと思われます。ましてや領主側には、亜人に恨まれる心当たりもありますから」
「うん、その辺はマスターの話から分かるよ。それにしても、ここの領主はホンマに、人間以外が嫌いみたいやね」
「それなのですが、どちらかといえば司教様が……。あの方は、公爵閣下が幼い頃、家庭教師も務めていたという話でして……そ、それに……」
ロイは口ごもる。
頭に角を生やし、蜥蜴の尾を生やした主神にこれを言っていいモノかどうか迷う。
「ん?」
しかし、この小首を傾げている神に隠し事は出来ない。
ロイは勇気を奮い、それを口にした。
「……に、人間以外は、出来損ない、と」
司教は、神の名を借りてこう言ったことがあるのだ。
「ほーう」
にぃーっと、カムフィスは白い歯を見せる笑顔を作った。
その彼女の方を、アルテミスが小突いた。
「カミムスビ、悪い顔になっていますよ」
「いやいや、まあええて。まったく、わたし、今までそんなん一言も言うた事あれへんねんけどなあ」
「それよりも、貴女にはちゃんと言わなければならない事があるでしょう。重要な事だし、ここにいるのは貴女の信者なんですから」
「せやね。まあ、とにかくこれから、争いになる可能性が高い。なので皆は――」
それまで、ロイと神々の話を黙って聞いていた信者達も、生唾を飲み込む。
騎士団と敵対しろというのならば、しよう。
これは、神と人間の戦いだ。
しかも今の話を聞く限り、非は相手の方にある。
……という彼らの意志が、ロイにも伝わってきていた。
もちろんロイも、同じ気持ちだ。
けれど、カムフィスの言葉は、皆の予想を裏切った。
「――何もしない事。仮に騎士団が来ても、自分達は無関係を貫く事。知らぬ存ぜぬを通すように」
「そんなっ!?」
ロイも含めた信者達が、一斉に悲鳴を上げた。
神を見捨てろというのか。
それでも、カムフィスは冷静だった。
「ここにいる人間が、訓練された騎士達と戦っても勝たれへんよ。一応予防線は張っといたけど、やっぱり命無駄にしたらあかん。死んだらそこで終わりやよ。生まれ変わったり天国や地獄に行ったりもあるけど、それは死んだ後の話や。神の教えは大体、この世界で正しく楽しく生きるための言葉やん? 自己犠牲は美しいいう場合もあるにはあるけど、今回は当てはまらへんよ」
カムフィスの言葉に、信者達は再び、手を組んで祈りを捧げた。
「そ、それでは、森の住人達だけで立ち向かうというのですか」
「そうやけど、そもそも騎士団とは戦い自体にならんと思うんよ。戦いで負けへんには、どうしたら一番やと思う?」
「それは……強くなる事、では?」
「それはそれでありやけど、まず敵を作らへん事や。せやから大丈夫。もしも騎士団が来ても、死人は出えへん。安心し」
カムフィスが微笑み、ロイはその意図を悟った。
「っ! そうか、今みたいにカムフィス様が神の威を示せば……」
彼女は城下町まで行く事は出来ない。
けれど、相手の方がこちらに来るのならば話は別だ。
騎士団に、カムフィスがその御姿を見せれば、彼らも大人しくなるだろう。
「いやあ、それもちょっと厳しいかな。さっきも言うた通り、この身体やと力がほとんど出えへんのよ。進んでくる騎士団全体に影響を与えるには時間が足りへん。その前に、わたしが殺されてしまう思う」
矢なんか射られたらイチコロやね、とカムフィスは付け足した。
軽く言う彼女とは対照的に、ロイ達の顔色は青ざめていた。
「神が、死ぬ……!?」
「この肉体はね。本体は無事やけど、それでも死は死やよ。まあ、そうならへんようにする為に、色々準備してるんやけど」
「せやからそやね。難しい注文やけど、騎士団が来たら無関係ってとぼけてもらう。せやけどそれまでは、みんなわたしらに力を貸して欲しいんよ。祈りの力が、わたしらを強うしてくれるから」
「カミムスビと一緒に、私達他の神にも祈りを捧げて頂けると助かります。豊穣神という意味では、バステトやイシュタルがお勧めですよ」
神々からの『お願い』に、信者達はひれ伏すばかりだ。
「お、お任せ下さい……! 何なりとお命じを……!」
それから、神託を受け取る事があるプレスト神父の話をよく聞く事、その一方で村の長がフローンスである事は忘れてはならない事、ダンジョンには温泉の他土産物も販売してます等、必要な事を話すと、集会は終了した。
この集会は、入りきらなかったり興味本位の村人達のために何度かに分けて行われる事になっているのだが、生で神を拝む事が出来た信者達が中々教会から出ないので、カムフィス達は追い出すのに苦労した。
もちろん、ロイも二回目の集会参加を希望する一人であったのは、言うまでもない。
一応、ロイ視点なのでカムフィスという呼称を使っていますが、カミムスビです。
何か海外小説の下手くそな翻訳みたいで、すみません。
あと作中ちょっとだけ出たホヤちゃんとは、ホヤウカムイという神です。
この本編で出る予定は、今のところ特にありません。