ロイ、疑念を抱く
……今回、主人公が一行も登場しません。
書き終わってから気付きましたよ。
ロイは、村の教会に足を踏み入れ、グルリと中を見渡した。
平均的な教会の造りで、祈りを捧げ説法を聞くための長椅子は、ほぼ全部が村人や旅人で埋まっていた。
ロイと行動を共にしていたノマルは、嫁や子供を連れて後から来るという話だった。
「あの人はすっかり獣人達に心を許したようですが、僕はそうはいきません」
ロイの本来の仕事は、行商人ではない。
れっきとして聖職者であり、その中でも異端者や邪教徒を見つけ出す調査官であった。
ただ、情報を集めるのに、各地を旅する行商人の姿は便利であり、その姿を取っているのだ。
この村から少し離れた所にあるという、枯れたダンジョンにモンスターや亜人達が集まりつつあるという話を余所の行商人から聞いたのが、先日の事。
そのダンジョンがかつて『邪教神殿の洞窟』と呼ばれ、もしや怪しげな儀式をしているのではと思い、この村で情報収集を……と思っていたら、想像以上の収穫だった。
まさか、本当に異教の神を祀っているとは。
しかもよりにもよって、カムフィス神も一緒とは。
創造神と異教の神を同列に扱う神殿など、冗談ではない。
その真意を、ロイはさらに調べる必要があった。
まだかろうじて空いている席に座り、神父達の到着を待つ。
やがて、ざわめいていた信者達が静かになり、壇上には初老の神父、プレストが立った。
「皆さん、よく来てくれましたね。しかし今日のお話は、事前に聞いている人も多いと思いますが、私ではなく別の方にして頂きます」
穏やかな笑みを浮かべ、彼は壇上から降りた。
代わりに右から現れたのは、小さな女の子達だった。
どちらも亜人だ。
一人は先ほど話した龍人らしき幼女、もう一人は広場で給仕をしていた熊耳の幼女だ。
踏み台が用意されていたのだろう、龍人幼女が壇上に立っても、ちゃんと上半身は見えていた。
熊耳幼女はその脇に控えている。
「こちら、森にある『邪教神殿の洞窟』からお越し頂いた……」
プレスト神父が紹介しようとし、何故か言葉を句切った。
「……名前、どうしましょうか?」
「んん、そうですねえ、ひとまずはオーエンと名乗っときます」
「オーエンさんです」
(えらく雑な偽名じゃなかったか!?)
おそらく、信者達の心はロイと一つになっていたに違いなかった。
というか偽名である事を隠すつもりすらゼロか。
これはもう、いよいよもって怪しいというか胡散臭い。
そう決めつけ、ロイは幼女の言葉を待った。
「本名を名乗りたい所なんですが、名乗ると皆が間違いなく怒るんですよ。ただ、すぐに分かると思うのでしばしご辛抱願いたい所です。それともう一人、ダンジョンから来てまして」
龍人幼女のオーエンが一歩下がると、熊耳幼女が前に出た。
「アルです。よろしくお願いします」
妙なイントネーションと共に人懐っこい印象を受けるオーエンに対し、アルという娘はどうやら生真面目そうだった。
そして再び、オーエンが前に立った。
「アルさんです。ウチの神殿で祀っている神について、今日は話をさせてもらいに来ました。この場を貸してくれたプレスト神父に感謝を」
「いえいえ、どういたしまして」
プレスト神父は相変わらず、柔和な笑みを浮かべていた。
自分がどれだけ大変な事をしているのか、分かっているのだろうかと、ロイは疑わしくなった。
教会に異神の使いを招き入れる。
中央に許可も取らずにこんな事を行った事が知られれば、大問題間違いなしだ。
「この教会では、カムフィスさま……様を、信仰しているとの事ですが、森のダンジョンの奥にも神殿があり、そっちでもカムフィス……さま、を祀っています。こちらとの違いは、他の神も祀っているという事ですね」
ロイがプレスト神父を睨んでいる間に、オーエンが話を切り出していた。
すると、年老いた信者が立ち上がり、質問を挟んだ。
「神様同士は喧嘩せんのですかのう……?」
「まあ、する神様もいますね。とはいっても、じゃれ合いレベルですし、基本的には仲は良いですよ」
まるで、本当に神が神殿にいるかのような話しぶりだ。
おそらくは、神に仕える聖職者達の事なのだろう。
しかし質問してもいいのなら、こちらからも聞いてみよう。
「カムフィス様はそういうのを、お許しになられるのでしょうか、つまり、他の神とこう言っては聞こえは悪いですが、一緒くたに祀られるというのは……?」
ロイの問いに、オーエンは面白そうな笑みを返した。
何故だろう、ロイよりもずっと年下の筈なのに、年長者に穏やかに諫められているような気分を受けてしまう。
「そうですね……あなた達の崇める神は、争いを好まれますか?」
「いや、そんな!? そんな事、ありませんよ」
「ですね。なら他の神がいたとして、それらを退けようとするでしょうか。要するにそういう事です」
何だか、はぐらかされたような気がした。
なのでロイはしぶとく食らいつく。
「カムフィス様は平和を愛されますが、他の神がそうとは限らないのでは?」
自分でもややムキになっているような気もするが、これは信仰を問われる問題だ。
ロイとしては、妥協出来ない話なのだ。
けれど、オーエンの微笑みを崩す事は、まるで出来ずにいた。
「そういう神とは、一緒に祀ったりしませんよ。ダンジョンで祀られている神は、豊穣の神、愛の神、草木の神といった神々です。こことの違いは、複数の神が一度に祀られているという点と、モンスター達もまたそれぞれの神を崇めているという事ですね」
「モンスターも……」
ロイは、今更のように当たり前の事に思い至る。
神を祀るならば、当然信者がいる。
かのダンジョンの住人は亜人とモンスターだ。
ならば、異神を祀っているのは、モンスターなのは自明の理ではないか。
「そう、他の神とはモンスター達の祀る神です。だけど、争いはしません。喧嘩はしますけど。主に晩ご飯のおかず争奪戦とか」
「なっ!? あ、あれは先にハンバーグを食べ終えたイシュタルが――」
何故か、後ろに控えていた熊耳幼女のアルが動揺するが、オーエンは完全にそれを無視した。
「とにかく、安心してお参りしてくれて結構です、いう話です」
「うーん……でも、ここに教会があるのに、わざわざ向こうの神殿に行く必要があるのかしら?」
「そう、そこですね。実にもっともな疑問です」
品のいい老婦人の問いに、オーエンは頷いた。
そして直後――彼女の気配が変わった。
それが一瞬何なのか、ロイには分からなかった。
「……っ!?」
頭が真っ白になり、直後ロイは頭を伏せて、自然と両手を組んでいた。
そして親指同士を交差する、カムフィス教の印を作る。
壇上からは声が響いていた。
「ここでも、ちゃんと神に祈りは届いてますが、向こうでは神がダイレクトにお返事が出来るんよ」
最初に意識に上がったのは、馬鹿な、だった。
次に、信じられなかった。
かつてロイは、この仕事を任じられた時に、カムフィス教の総本山で教皇に出会った事があった。
その時にもプレッシャーは感じたが、これはその時の比ではない。
「あ……ぁ……」
この、直視する事すら憚れる圧倒的な威。
神威。
間違いない。
今、この壇上にいるオーエンと名乗る幼女――いや、この御方は。
「わたしの正体は、分かってもらえたと思う。自分で名乗るのも何かフェアやない気がしたんで、黙っとったんよ。その点はごめんな」
「め、滅相もございません!!」
教会にいた全員が、創造神カムフィスに対して全力で首を振っていた。
オーエンという偽名の由来は、分かる人には分かる、名無しの権兵衛です。
しかしこの子が本性を現すと、強制的に無双が発動してしまいますね。
さすがにしつこいので、次(あるのですよ、これが)はもう少し簡略化します。