教会への誘い
「別に恩を売っときたい訳じゃなくて、アンタ達と接する機会が欲しくてさ。アレ、マジで今回だけの特別だからな。材料が足りないってのも大きいんだけど」
「正直、助かったよ。不作になると冬が本気で厳しい。一日一食が基本になるし」
農家は毎年、年貢を納める。
全体的に不作の時期にはある程度の融通は利かせてもらえるが、それでも少ない取れ高から削られ、自分達の食べられる量は必然的に減ってしまう。
本当に死活問題なのだ。
「あの薬があったら、農作業本当に楽なんだけどなあ」
それは、ノマルの偽らざる本音だった。
あの薬があれば年貢、いや、一生食べるのに困らなくなる。
しかし、ウノは首を振った。
「アレは人間を駄目にする薬だ。諦めてくれ」
「そりゃ違いない」
欲しいのは本音だが、実際にあったら困るというのもまたノマルが思う所であった。
あの薬があるならば、そもそも農家が必要なくなってしまう。
ノマル達は用なしではないか。
それからノマルはウノと、ダンジョンで取れる作物について話をした。
『中庭』と呼ばれる場所で、トウモロコシと葡萄を作っているという。
技術顧問として、ナリーの爺さん達がたびたび訪れ、主に力の強いオーク達に指導を行っているらしい。
今回、肉料理に黒山羊が使われたが、他にも牛や豚――のモンスター――を育てているが、これはまだ数が少ないので、提供は出来なかった。
まあ、あの肉も充分に旨かったけどなとノマルは思う。
そしてこちらの農家に、モンスターを派遣したいという話も出た。
時々現れる野犬対策に仔狼やコボルト、新しい照明に光るスライムなどがウノ達は出せる。
一方でノマル達は、ダンジョンの方で主に畑造りを行う。
その辺りはノマルの一存では決められないので、村長を頭に農夫達で集まっての相談になるだろうという事で、話は落ち着いた。
ウノとしては、そういう話し合いしてくれるようになるだけでも進歩だと、安堵していた。
「それから話は変わるけど、ウチには教会はないけど神殿があってさ。神様祀ってるんだよ」
それに反応したのは、ノマルの隣でそれまで黙って二人の話を聞いていた、ロイだった。
「異教の神ですか」
「異教の神も祀るけど、カミムスビ……カムフィスも祀ってるな。別に鞍替えしろって話じゃないんだ。ただ、他の神様は作物を育てるのを助けてくれたりするのもいるから、よければお参りに来てくれると助かる」
「それは、神に対する冒涜では?」
ロイの口調は、一瞬ノマルが怯むほど鋭かった。
もしかすると、かなり信仰心が強いのだろうか。
一方でウノはまったく、動じた様子がなかった。
「どこが冒涜なんだ?」
「この世界の母でもある創造神カムフィスを崇めておきながら、その一方で違う神にも祈りを捧げるというのは、節操がないというか不実というか……僕は抵抗がありますね」
もしかするとどころか、ロイはどうやらガチガチのカムフィス教徒のようだ。
ノマルも一応カムフィスを信仰しているし、日々の祈りだって捧げてはいるが、そこまでのめり込んではいない。
というか、祈っている暇があれば手を動かすべきだと、ノマルは考えている。
神だって、自分に祈って己の仕事が疎かになったでは、よろしくないだろう。
……実際に口に出すとうるさく言う人もいるので、余り大っぴらに言っちゃ駄目ですよとプレスト神父は苦笑していたが。
「いやあ、別に他の神祈っても構へんのとちゃうかなあ」
不意にそんな声がし、見るとウノの後ろにいつの間にか小さな女の子がいた。
給仕をしていた子の一人で蜥蜴人……いや、確かプレスト神父が時折話す聖書にも登場する、龍人とかいう種類だったか?
長い黒髪の間からは太い木の枝のような角が生え、手足には赤い鱗が生えていた。太い尻尾も生えている。
普通の村娘のような服装だが、何だか妙に貫禄があるように見えた。
「っ!? 聞いてたのか?」
ウノが軽く脇に避けると、少女はまるでロイに立ち向かうように前に進み出た。
「聞こえたんよ。というかこういうのは、論より証拠とちゃう? 一回、神殿に来てみれば分かると思うんやけど」
「そうそう気軽に行ける場所でもないだろうに。弱いとは言え、野生のモンスターだって出るんだぞ? 村と森の間に道でも拓けと……」
不意に、ウノは言葉を切った。
そして、水平にした掌の下に、垂直に立てた掌を乗せるという奇妙なポーズを取った。
「ちょっとタイム」
そしてウノは、少女を抱え込むとしゃがみ込み、内緒話を始めた。
「……拓くか、道?」
「また、時間が掛かりそうな工事やねえ」
「拓くだけならそうでもないだろ。これまでの道を、もう少しだけ広くするだけなんだから」
「……ちなみに、わたしの知り合いに、岐の神いう道の神がおるんやけど。あとアルテミスの異母兄弟にもヘルメスいう同じ種類の神いてる」
「……マジで? 後で要相談案件だな」
内容は大体、ノマル達にも聞こえているのだが、『なかま』の辺りのイントネーションが何だか、妙な印象を受けた。
それよりもロイの様子が気になった。
少女が現れてから、何だかお化けでも見たような視線を向けたかと思うと、目をこすったり、カムフィス教の印を切ったり、「いや、しかし……このような場所に……?」と呟いたりと、ものすごく挙動不審になっている。
やがてウノ達の話し合いが終わったのか、立ち上がってこちらに振り向いた。
「話が逸れた。ただ、心の準備も無しにこっちに来るのは、一般の人にはまだきついだろうな」
「それは、そうだな。俺達は今のところ、日々の暮らしで割といっぱいいっぱいだ」
さっきのモンスター派遣や技術供与の話はもちろん、村の会議で行うがそれはそれである。
どうやって、ダンジョンまで行くかも、話の内容に組み込む必要があるだろう。
なので、向こうの神殿を訪れるというのは、当分先の話になるだろう。
ウノの話では温泉も出たというので、ノマルとしては俄然、興味はそそられているのだが。
「だから、ウチではこういう神様がいますよって話を、この後教会で行う予定だ。ちゃんと神父の許可も取ってある」
「そんな!?」
何から何まで準備してからこっちに来たんだなあと感心するノマルの隣で、ロイが悲鳴じみた声を上げていた。
ノマルは少し、いやかなり驚いたが、ウノは平然としていた。
「ん?」
「あ、いや……そ、そんな事、いいんですか? カムフィス教の教会で、異神の話など……」
「ん、ええんちゃう?」
「いやだから、どうして貴女さm……いや、君が答えているんですか!?」
ほとんど泣きそうな声で、ロイが少女に突っ込んだ。
いやそこはノマルも思ったけど、何でそこまで必死なのか、ちょっとロイについていくのが辛くなってきた。
「ここでそれは、説明し辛いなぁ。ああ、その話をするのがこの子ともう一はし……一人でな。まあ……ウチの神殿関係者なんだよ」
「嘘でも間違ってもないけど、また微妙な紹介やねえ」
「……本当の事言ったら、一般人は確実に怒るだろ」
「それもそやけど」
何だかまたよく分からないやりとりを、ウノと少女は始めた。
「それも、森の連中が怪しくないって事の説明の一環か」
「そういう事さ。まあそっちも、よければ参加してくれ。ちょっとお目にかかれないモノが拝めると思うぞ」
何故か、ウノは虚ろな笑いを浮かべていた。
目は口ほどにものを言うというか、「どうなっても知らねーぞ」的な目つきをしているウノであった。
第三者視点ですが、もう一話消費しそうです。
登場人物の一人があからさまにあやしい事に、読者の方々も分かってくれるはず……!