下層02:神の降臨
「ここは主様の家なのですから、思うようになされてはどうでしょうか」
「そうだな。じゃあ構わないぞ。立派な祭壇だし、神様だって喜ぶだろ」
「うん!」
そしてウノ達は、祭壇の階段を上り始めた。
とても古い時代のモノとは思えない、見事な造りだ。
石の大きさもほぼ同じ……いや、完全に同じなのか? どんな技術で切り出したのか、そして運搬方法の謎も残る。
「この石……よく積めたな。相当大がかりな工事だったと思うんだけど」
邪神の信仰なんて表沙汰に出来ないようなモノ、誰かに知れたら普通にアウトだろう。
密かに建設を行わなければならない。
けれど、資材を運ぶだけでも手間が掛かりそうなこの建造物、どうやって造り上げたのか。
なんて事を考えながら、ウノは足を動かし続ける。
シュテルンは少しでも主の負担を軽くするべく、一足先に頂上へ飛んでいった。
「階段を上るのも一苦労だな……」
「……ぜぇ……かみさまのまつるばしょ……はぁ……たどりにくくて、とうぜん……」
体力のあるウノはともかく、ゴブリンシャーマンであるグリューネは、息も絶え絶えだ。
やがて、二人は頂上にたどり着いた。
そこは、何本もの石柱に囲まれていた。
周りには、大きな石片が散らばっている。
中央には大きな石造りの丸いテーブルがあり、そこにシュテルンは留まっていた。
ここが祭壇の中心……強いて言うなら、本祭壇とでも呼ぶべきだろうか。
「お疲れ様です」
「こういう時は、翼が欲しいと俺も思うよ」
シュテルンが、クワッと鳴いた。
「それはっ! プロポーズですかっ!?」
「違うわっ!」
「けっこん?」
「しません! というか……これは神像か?」
グリューネに突っ込み、ウノは足下に散らばる破片をいくつか拾い上げた。
よく見ると、それぞれが精巧に彫られたモノだ。
「正確には、だったモノ、でしょうね」
シュテルンの言う通り、もはや原型も分からない。
ただ、毛のような文様から、どうも何らかの動物がモチーフだったのではないかと、ウノは推測する。
「戦いの際に、砕かれたのか」
ここまで完全に壊されていては、修復は難しそうだ。
一方、グリューネは丸テーブルに興味を示していた。
「かみさま、どこおく?」
「ど真ん中以外ならいいんじゃないか? そこはここの神様の場所だっただろうし、違う神様置くと祟られそうだ」
「じゃあ、ここおく」
テーブルの端に、グリューネはゴブリンの神セントートルの神像を置いた。
ふと思いついて、ウノはテーブルの縁に力を加えた。
思った通り、テーブルはやや重い感触をウノの手に返しながら、回転した。
ただ、どうしてこんな構造にしたのかまでは、ウノには分からない。
ともあれ、グリューネは神様を祭壇に納めることが出来て、満足したようだ。
「あとで、みんなもよぶ。いい?」
「そりゃ構わないけど、俺がまたここに来る時になるぞ。……中層で迷子になられても困るし」
「わかった」
家主の意向に、グリューネはあっさりと従った。
「それにしても、いい眺めだな」
ウノは、本祭壇から下層全体を見渡した。
「やっぱり、ひろい」
「階段とは反対側は、どうも崩落されたような感じですね」
あの向こうには大きな川がある……。
「へえ、っていう事は湿気の原因はその辺りかな」
今は枯れているが、かつて上の層には井戸もあった。
近くに川もあるが、水を汲む手間が省けていた。
しっかり調べるとよい……。
「意外にいい場所じゃないか……って何だこの声っ!?」
「まさか、かみさま!?」
「それこそ、まさかでしょうと言いたい所ですが、主様も下僕もテーブルを見て下さい」
「おいシュテルン、下僕ってグリューネの事か」
突っ込みながらも、ウノはテーブルを振り返った。
なるほど、シュテルンの言う通りテーブルが発光し、天井に向けて神々しい光の柱が出来ていた。
そして、その光の中に小さな影があった。
――我、この地に顕現せり……。
「か、かみさま。かみさまだ」
グリューネは手を合わせて跪いた。
「主様、まさか本当に神なのですか?」
「分からん。でも、ただ事じゃないし、一応俺も跪いとく」
「私は跪く足がありませんので、このままで」
言いながらも、シュテルンはウノの左肩で臨戦態勢を取る。
それはそれでいい。
しかしこれは尋常ではない。
もはや資源は何もない、枯れたダンジョンだったのではなかったのか。
――我が名はセンテオトル……。
ぱあぁ……っと、グリューネの目が輝くのが、ウノにも分かった。
猪骨の面の奥なのだが。
しかし、台詞には続きがあった。
「だと思った? 残念っ、ただの猫にゃっ!!」
柱の光が弱まり、そこには万歳と前足を上げ、二本足で立つ黒猫がいた。
……どう見ても胡散臭い猫だった。
多分、さっきから時々、変な雑音を上げていたのも、コイツだ。
「やれ、シュテルン」
「はい、主様」
ウノの肩から勢いよく飛び出したシュテルンが、黒猫に襲いかかった。
「にゃにゃにゃにゃあーーーーーっ!?」
黒猫は、祭壇から叩き落とされた。
「ひ、酷いにゃ……来客に対する、ちょっとしたお茶目だったのにゃ……」
残念ながら、黒猫は落下する途中で大石にしがみついたらしい。
ぜえはあと息を切らせながら、頂上の本祭壇に戻ってきて、テーブルに横たわる。
シュテルンはというと、しれっとした顔でウノの左肩に戻っていた。
「お前のような胡散臭い猫がいるか! 見ろ、グリューネメッチャ落ち込んでるじゃないか!」
「かみさま、ちがった……」
グリューネは、跪いたままガクッと項垂れていた。
さすがに黒猫も良心が痛むのか、すまなそうな鳴き声を上げた。
「うにゃあ、それは悪いことをしたにゃ。人違いならぬ神違いにゃ。まあ、正体を明かすと、ここの神なのにゃー」
ここの神、と言うことは。
「邪神……!?」
ウノは腰を落とし、いつでも戦える姿勢を取った。
神である事に、疑う理由はない。
あの光の柱は、確かに常識を越えた力を放っていた。
使い方は、悪趣味極まりない悪戯であったが。