花開く
「それじゃ、薬を配るんで」
ウノの言葉に、畑の前に集まった農夫達の反応は薄かった。
もちろんそれはノマルも同様で、隣にいた仲間の農夫と目配せをする。
つまり。
(おい、いかないのか?)
(お前こそ)
である。
ノマル達が逡巡しているのを見ても、ウノは肩を竦めるだけだった。
「……まあ、こういう反応は予想してた。そもそも、効果の程もどれほどのモノか怪しいと思う人も大勢いるだろうから、先に知り合ったナリーの爺様達にやってもらおうって事にしてるんだ。効果の程を確かめて、これならいいと思ったら使って欲しい。あ、でも村長からも説明があったと思うけど……先に人は集めてあるよな?」
「人?」
ノマルは、隣の農夫と顔を見合わせた。
「……いや、それはちゃんと村長、言ってたぞ。あの獣人が言うように、薬を使う人はなるべく人を集めた方がいいって。理由は言っても信じないだろうし見た方が早いだろうって、説明は省かれてたけど。ウチは一応、家族がすぐに動けるようには話しておいたぞ?」
「そうか」
どうやら聞き流していたらしい。
あとで、家族に話を通しに行こうと思うノマルだった。
一方、手に椀を持ったナリー爺さん達が、農夫達の間を割って畑の前に進んだ。
どうやら椀の中に、粉末状の『薬』があるようだ。
「それじゃ、始めるぞい。用意はいいか、お前ら」
「分かっとるわい」
「んだんだ」
そして並んだ三人が椀の『薬』を鷲づかみにすると、一斉に振りかぶった。
「そらっ、収穫をはじめい!!」
『薬』が風に乗り、畑へと降りかかっていき――実った。
全部、畑一面に黄金の麦が実っていた。
萎れていた作物が、完全な形で甦り、それどころか収穫可能な域に育っていた。
一瞬で。
「っ!?」
「はああぁぁっ!?」
ノマル達は、何が起こったのか理解が出来なかった。
いや、作物が実ったというのは分かった。
ただ、過程が色々と省かれすぎていて、頭が追いつかなかったのだ。
「こりゃあ……驚いた」
「俺も、度肝を抜かれたよ……」
隣の農夫と共に、ノマルはようやく声が出せた。
ナリーの爺さん達が、こちらを振り返った。
「まあ、こんなもんじゃ。ただ、この『薬』は貴重で今回一回限りじゃと言うておった。今年は農作物に良うない疫病が広まっとるから、先に収穫しちまおうって事だ。まあ、特別だって事だな」
……村長からは、『不作を何とかする』としか、ノマルは聞いていなかった。
というか、まさか『不作なので一瞬で育てて収穫しよう』なんて解決法なんて、想像出来る奴がいたら、そいつは頭がどうかしているだろう。
それもあるが、どうしてもノマルとしては、言いたい事があった。
「こ、こんな『薬』があったら、俺達働かなくて、済むんじゃないか?」
周りの何人かが頷いている。
どうやら、気持ちは同じのようだ。
「おう、ノマルのガキか。そう、そういう堕落があっても困るしよ、何より俺達が真っ当に種を植えて育てなきゃ、いいモンが生まれねえってのは変わらねえらしい」
ナリーは、手に持った椀を前に突き出した。
中はすっかり空だ。
ただ、その空椀に対して、ナリーはふん、と鼻を鳴らした。
「コイツは単に、ちょっと早めに作物を実らせただけだ。それともお前さんは何かね、何にもないところにこの薬を撒いて、ニョキニョキ生えてきた正体不明の作物を食えるか? 無理だろ?」
「ま、まあ、そりゃあ……」
ナリーに問い詰められ、ノマルも怯んでしまう。
さすがにそんな、よく分からないものを食べる気にはなれそうになかった。
この『薬』をすごいと思ったのは、やはり『自分達の作物が手っ取り早く育つから』なのだろう。
『薬』を撒いたら作物が育つから、ではない。
ノマルも、危うく履き違える所だった。
「こういうのは今回一回こっきりだが、そっちにいるダンジョンの家主」
ナリーはノマルの後ろを指差した。
振り返ると、いきなり名指しされ一斉に農夫の注目を浴びたせいだろう、ウノが後ずさっていた。
「ウノってのの話だと、ダンジョンの方では、『作物が疫病に強くなる薬』ってのも考えてるらしい。そこんとこはどうなるかまだまだ先は見えねえが、とにかく今年の作物は今日、それも今から収穫だ。言ってたはずだぞ、人を集めとけってな!」
うおおおお、と農夫達が叫び声を上げた。
そしてウノに殺到し、椀に掬った『薬』を受け取っていく。
これ一杯で、大体畑一つ分を実らせるらしい。
受け取った農夫達は、急ぎ足で自分の畑へと走って行く。
ノマルも『薬』の入った椀を手に、自分の畑に急いでいた。
「こりゃヤバい。ウチの連中総出でやらなきゃ、手が回りそうにないな」
そんな事を呟きながら駆けていると、少し先の岩に腰掛けて休んでいる、見知った顔がいた。
行商人のロイだ。
「……よう」
ノマルは足を止め、息を整えた。
「ああ、どうも、急いでいるみたいですけど……?」
ロイはノマルを見上げ、微笑んだ。
「急いではいるんだが、もしかして今、暇か?」
「そうですねえ。ひとまずここだとあまり稼げなさそうなので、森の方に行ってみようと考えています」
「そうか、暇か。……なら、ウチの仕事を手伝ってくれないか? 多分、ウチの人間だけじゃ、手が回りそうにない」
「んん、ご飯ぐらいは食わせて下さいよ?」
ロイは少し悩み、そんな事を言った。
という事は、手伝ってくれるという事だ。
「いいよ。その程度……って普段は言わないんだけど、今回は正に特別だ。たっぷり食わせてやるからキリキリ働いてくれ」
そんな交渉をしている二人の後ろから、軽く息を切らせたナリーが追いついてきた。
「おおい、言い忘れとった話があったんだわ! 今日の昼と夜な、ダンジョンの連中が飯用意してくれたから、お前らも食いに行くとええ。場所は村の広場じゃ」
「ああ、あの馬車の荷物はそれですか……」
ロイが小さく呟いたのが、ノマルには聞こえた。
そういえば、ウノが連れていた馬車と、コボルトに何やら指示を与えていたようだったが、つまりそれが飯の用意だったのだろう。
「儂は食いに行くぞ。他の者にも、話しといてくれ」
そんな事を言い、ナリーは元の場所へ戻っていった。
「どうする?」
「……興味は、ありますね。僕は行ってみようと思います」
「そうか」
乗り気のロイに対し、ノマルはどうするかなと悩んだ。
……亜人やらモンスターが食ってる飯って、俺達が食えるのだろうか。
まあ、行くだけ行ってみて、食べられそうなモノがあるなら、試してみるか。
そんな風に、軽く考えるのだった。