その力は偉大なり
今回ほぼ、会話と説明がメインとなります。
オークが性転換したという話に、ウノとシュテルンは絶句していた。
大階段の踊り場で、バステトの説明は続いた。
「まあ、神だから、力を持てればそれぐらいはチョロいのにゃ。もちろんオーク達も合意しての事なのにゃ。これで、余所の種族を襲わずに済むし、万々歳なのにゃよ」
「ま、まあ、本人達が納得してるなら、俺がとやかく言う筋合いの話じゃないけどさ」
確かに、他種族が襲われないで済むのは、よい事だろう。
それに雄のオークも凜々しくなり、あれならばアリ、と思う異種族もいるかもしれない。
ちなみに、ウノにそのケはない。
「性別転換の他に、時間停止モノや催眠モノ、常識改変、透明化も、イシュタルの力が増せば出来るようになる筈にゃ」
「……すごいけど、何かロクでもない所を由来してないか?」
何の根拠もウノにはなく、単なる直感である。
「ちなみに、妊娠や異種族間の交合に関しては、そもそも強めるだけでいいから楽だって言ってたにゃ」
一方で、一度の妊娠で生まれる数は減るのだという。
これは種が強くなる事により、一度に複数の子を産む必要がなくなるからだという。
神殿の前では、既に幾つものオークカップルが誕生していた。
「……何か、複雑な心境だ」
「ええ、まったくです」
ウノの肩の上で、シュテルンも頷く。
あれ、両方とも数十分前は雄だったんだよなあ。
「アルテミスはある意味、真っ当な進化にゃ。信者は皆、狩猟の助けを得られるのにゃ。そのキノコは食べられるのか、狩った獲物の血抜きや解体の仕方。ある程度までの周辺の獣の気配等々」
「……本当に、真っ当だな、ズルいっちゃズルいけど」
しかし、加護と呼ばれるレベルならば、これぐらいは当然か。
ウノにしたって、バステトの信者となる事で、頭の中にダンジョンのマップを得られたりしている訳だし。
「ちなみにアルテミスに認められたモノには、数秒間刺すだけで素材を解体出来ちゃうナイフと、見かけより大量の道具を収納出来るアイテムポーチが進呈されるのにゃ」
「全然真っ当じゃねえ!?」
前言撤回、恐ろしくズルっ子であった。
何というか、人を駄目にしちゃいそうなアイテムである。
「だけど、欲しくないかにゃ?」
「いやそりゃ、そんな便利アイテム、欲しいけどさ」
ウノとしては、特にポーチが魅力的だ。
ちょっと村に行く時にも、荷物が軽減されるだろうし。
「信者達も皆、奮起してるのにゃ。具体的な報酬を提示するとか、さすが優等生にゃ」
神殿前で、早速狩猟の準備を整えるコボルト達。
時間的にもう遅いので、明日にした方がいいとウノは思う。
「センテオトルの場合は、トウモロコシの派生にゃ。スープとかパン出せちゃうにゃ」
「おお。ゴブリン達は嬉しいだろうな」
さすがは食べ物の神だけの事はある。
「ポップコーンやスナック菓子もあるのにゃよ。もちろんゼロから出すよりも収穫したトウモロコシがあった方が、センテオトルの負担も減るのにゃ。そういう説明もちゃんとしてるから、ゴブリン達はもっと頑張るのにゃ」
となると、中庭の畑で働くゴブリンの姿も増えるだろう。
「ちなみに、参拝客向けの商品としてどれがいいか、会議が必要だと思うのにゃ」
バステトがエア眼鏡をクイと持ち上げ、ウノの身体は軽く傾いた。
「いきなりビジネスライクな話になったな、おい」
「だけど、重要にゃ。しかもセンテオトルブランドともなると、下手なモノを出すと評価が下がっちゃうのにゃ。マーケティングが必要にゃあ」
「まーけてぃんぐとは?」
シュテルンが問うが、それはウノも聞きたい所だった。
「にゃ、まだその概念はなかったのにゃ。市場調査にゃ。巷では、どういうモノが好まれるか調べるのにゃよ」
「そういうモノですか」
でもまあ、頼んでもないし別に欲しくもない商品販売しても、売れないだろうしな。
そこまで考え、ふとウノは気付いた。
……温泉まである時点で今更だけど、参拝者向けの商売を本気で始めるのか、このダンジョン。
バステトは、下層の高い天井を見上げた。
「タネ・マフタは中庭に仙木を生やしたにゃ。美味しい果実が食べられるのにゃ」
当然、その樹の姿をここからは見る事は出来ないが、バステトが言うのなら間違いないだろう。
何にしろ、草木の神に相応しい力と言える。
「それもまた、真っ当だな」
「破邪の実なのにゃ。ぶつけたら魔性の者は退くにゃ。このダンジョンだとユリンに効果は抜群だなのにゃ」
「なんかこう言う時いつも、彼女がダシにされているような気がしますね」
シュテルンの感想に、ウノも内心同意した。
「それだけ、強さの基準として強力だって事にゃ。ちなみに果実はそのまま食べてもよし、ジュースにしてもよしで、万病の薬や若返ったり寿命が延びたりもするのにゃ。本当に、すごいのにゃ?」
果実の味はともかく、その効果は俗人の欲望を強烈に刺激するモノだった。
貴族王族、魔術師などが求めて止まないモノではないか。
「……盗人が現れないか、すごい心配なんだけど」
「やれるモノならやってみるといいのにゃ」
「おいおい」
珍しく素っ気ないバステトに、むしろウノのツッコミのキレも今一つだ。
ただ、バステトの目もまた、珍しく笑っていなかった。
「言っておくけど、食い物の恨みは恐ろしいにゃ? しかもガチの神の食べ物盗むとか……この地を追放されるぐらいでまだ温情があるレベルにゃ?」
「おおおおう……」
久々に神らしい威圧を受け、ウノは軽く怯んだ。
……食べ物が関わると、バステトはマジになるらしい。
何にしろ今のところは信者が筆頭のイーリス他、人間の信者も少し入ったがまだまだ少ない。
これからという所だろう。
「最後にカミムスビにゃけど、祈ればあの子とお話が出来るのにゃ」
この地における最大宗教の神にしては、ささやかな力だった。
「そりゃあれか、困った時の神頼みか」
「んー、あんまり大した事はしないのにゃ。例えばスープ作ってて、大根買うの忘れた事に気付くにゃ」
「そこでその例えが適切かどうか、猛烈に突っ込みたくて仕方ありません。何故大根」
シュテルンのツッコミも気持ちは分かる。
ウノだって思うのだ。
何故、スープ作り。何故大根。
「細かい事はいいのにゃ。そこでカミムスビにお願いするのにゃ。『どうすればいい』にゃ?」
バステトは一拍おいて、ピッと指を立てた。
「答えは『野菜を売ってる店に行くんや』なのにゃ」
「……当たり前すぎる」
そんな答えをドヤ顔で言われても、ウノとしては反応に困る。
神頼みにも、なってはいないではないか。
しかしバステトは平然としたモノだ。
「そうにゃ? でも時間は夜で、開いている店はないにゃ。どうすればいいにゃ。答えは『諦めて別の野菜入れたらどない?』なのにゃ」
「助けてねえ!?」
これが、これが、創造神の力……!!
他の神よりも、遙かに微妙な加護ではないか。
「いや、これすごい奇跡にゃ?」
ところが、バステトの解釈は違うらしい。
「どこがだよ」
「……こんなしょうもない質問に、神がちゃんと答えてるのにゃ? これは一例で、どんな下らない内容でも、カミムスビは応えるのにゃ。いつでも、どこでも、祈ればにゃ」
「…………」
いつでも、どこでも、祈れば。
その言葉に、ウノの背筋をゾクリと何かが走った。
「戦場で孤立無援の絶体絶命になった時、誰かに虐められて親にも相談できない時、下手っぴいな演奏しか出来ないバイオリン弾きが聴衆を求めてる時、祈ればカミムスビは応えるのにゃよ? 具体的な行動は他にしにゃいけど、話し相手や相談相手や聴衆にはなるのにゃ。正直、ウチキでも無理にゃ、それ」
それはつまり、信じる者を必ず神が見ているという証。
他の誰が認めずとも、己と信じる神だけは味方であるという、何よりの答えだ。
カミムスビを信仰するモノは、絶対に『孤独』になる事がないのだ。
ウノは、シュテルンと顔を見合わせた。
「それは……信者、増えますね」
「増えるよなぁ……」
「しかも幼女にゃ」
「割と最後台無しにしやがったな!?」
そんなすさまじい加護を持つ幼女神達は、今も本祭壇から、麓の信者達に愛想を振りまいているのだった。