神々は進化する
ある夜の事。
「っ……!?」
グラリ、と世界が振動する感覚に、寝床に就いていたウノは慌てて飛び起きた。
それは断続的に何度も発生し、思わずたたらを踏んでしまう。
「主様、地震です! 急ぎ、ダンジョンの外へ!」
当然、シュテルンも慌てて、外への脱出を促すが、ウノは首を振った。
確かに揺れている感覚はあるが、天井からは埃一つ落ちてこない。
「違う、これは神威だ! 揺れているのは、ダンジョンじゃない! 神の放つ圧力に、俺達が反応してるんだよ! おい、神様どうなってる!!」
ウノが天井に向かって叫ぶと、すぐにバステトから暢気な神託が届いてきた。
――にゃあー、崩落の危険はないにゃ。グリューネたんとか他の神官にも、各神から連絡が言ってるのにゃ。
どうやら最初から、予定されていた異変だったらしい。
ただ、ウノとシュテルンはその予定とやらは知らない。
だから、慌てたのだ。
「……そうか、俺には連絡一つもなかったけど、そりゃどうしてだろうな。まさかうっかり忘れてたとかじゃないよな?」
ビクッと、バステトの気配が動揺したような気がした。
――にゃ、にゃああ、ほら、忙しくて。
「忘れてたな?」
――にゃー、すまんにゃ! 今日辺りに皆が進化するって伝えるの忘れてたのにゃあ!
バステトはどうやら下層の全体を俯瞰出来る、大階段の踊り場にいるようだ。
そこで今頃、土下座しているだろう。
「よし、多少悪あがきはしたが、素直に謝った事は評価しよう」
――ホッ。
「次の夜の見張り番、一回交代な」
――にゃあっ!? 軽いのか重いのか微妙な罰なのにゃあ!!
「とにかく今から俺達も、下層に行く。というか深夜に何やってんだか」
コートハンガーに引っかけてある上着を取り、歩きながら羽織る。
その肩の上に、シュテルンが留まった。
「……ここは、毎日とは言いませんが、数日おきに何かしら起きますね」
「家主……いや、家の守り神に似たんだろうな」
中層から下層へと通じる大階段の中程にある、踊り場。
どうやら下層にはスモークっぽいモノが巻かれているようで、様子が少々分かりづらい。
目を凝らすと、下層全体を埋め尽くす……とまではいかないまでも、結構な数の異種族、人間が集まり、祭壇に祈りを捧げていた。
祭壇からは光の柱が五つ立ち、色は赤、青、黄色、緑、ピンクであった。
信者達のどよめきが、踊り場にいるウノ達にまで伝わってくる。
そして祭壇頂上の本祭壇から、声が轟いた。
「猛りと魅惑、二つの心! 愛の神イシュタル」
赤い光に照らされ、獅子の耳と尾を持った少女が姿を現す。
年齢はバステトと同じ、五、六歳ぐらい。
挑戦的な吊り目に浅い褐色の肌、ウェーブがかった黄金の神が特徴的だ。
「か、輝く月、瞬く矢! 狩猟の神アルテミス……」
青い光の下、熊の耳が飛び出た金髪のポニーテールの少女だ。
普段は凜とした雰囲気なのだろうが、今はとても恥ずかしそうにしている。
手には弓、背には矢筒を背負っている。
「飢えず栄えよ! 食の神センテオトル」
黄色の光の中で、いかにも元気のいい男の子のような少女が威勢よく名乗りを上げた。
頭には黄金の冠を被り、葉のような緑色の衣の後ろから、リスの尻尾が見え隠れしていた。
ゴブリンの神だが、肌は緑ではなく黄色といった感じである。
「大らかに支える大樹の如く。草木の神タネ・マフタです」
緑色の光の柱の下にいるのは、アルラウネのイーリスによく似た、緑色の肌の少女だ。
頭には花冠……いや、髪も衣服も全て白い花弁で出来ているようだ。
イーリスと並べば、年の離れた姉妹に見えるだろう。
「造りて結ぶぅ、創造神カミムスビ!」
最後に、朗々と謳うように名乗ったのは、桃色の光を浴びている長い黒髪の少女だ。
頭には太い木の枝のような角、手足には赤い鱗がまばらに生えている。
その姿に、信者の中では人間以外にリザードマン達まで、これまで以上に熱心に拝んでいた。
「神々たる我ら、今ここに顕現せり――!!」
名乗りが終わって各々ポーズを取ると、彼女達の後ろから爆発音が発生した。
「よし、上出来にゃ!」
「何が上出来だ、この猫神は」
ウノの足下すぐの所で、グッとバステトが拳を握りしめていた。
ちょっとイラッときたので、その後頭部を軽くはたく。
「にゃあっ!? 神の頭をはたくとは罰当たりなのにゃあ!」
「変な演出を入れるからだ。さすがに突っ込まざるを得ないだろ」
ウノはあのおかしな爆発音とかの主犯がバステトであると、完全に決めてかかっていた。
しかも、完全に合っていた。
「さしずめ、媛神戦隊ローリンジャーといった所にゃ。ネーミングには改良の余地ありなのにゃ」
「その辺りは割とどうでもいいけど……しかしまさか全員、人間体になってるのか。えらい事だな」
小動物形態ならまだしも、幼女では人さらいに拐かされるかもしれない。
……まあ、神を掠う罰当たりなど、後に死ぬよりつらい目に遭いそうではあるが。
それはともかく、全員が人間になれた。……一部、非人間的なパーツがあるとしても、早い進化である。
「思った以上に、早かったですね」
シュテルンの問いに、バステトが顔を上げた。
「信者の数がウチキの時とは比べ物にならなかったのと、温泉の発見から繋がる一連の大改造がポイント大だったのにゃ。これで皆もますます、活動出来るようになるのにゃあ」
「神様の時は、ゼリュ達が喋れるようになったりしてたけど、今回はどういう事になるんだ」
「にゃー、コボルト達も喋れるようになるのにゃけど……すごく分かりやすいのがアイツらにゃ」
ウノが指し示したのは、イシュタルに組んだ手を捧げている、雌のオークだった。
「……え?」
「見たにゃ?」
「見たけど……え? どういう事?」
ウノは思わず二度見した。
やはり、女性のオークだ。
若干背は高く筋肉質ではあるモノの、出るところは出、括れているところは括れている。
なお、オークは大抵の種族を孕ませる事が出来るが、種族としてはほぼ雄しか出ないとされる。
「主様、あれはオークの雌ですね?」
「にわかには信じがたいが、そうらしい。しかも雄は雄で、何だか格好良くなってるっぽい……?」
やや丸みを帯びた顔や体格が少し引き締まり、その分硬い目の毛があちこちに生え始めていた。
逆さまに長い牙が一組生え、その様は……。
「豚と言うより猪っぽくなっていますね」
「そうか、猪がモデルか。道理で何か見覚えがあると思った。しかし、どこから呼んだんだ、あの雌オーク」
「呼んでないにゃ。イシュタルが、集まったオークの半分を雌にしちゃっただけにゃ」
ウノの抱いた疑問に、バステトが予想外の答えを語った。
カミムスビが桃なのは、桃が日本神話にも出てくる食べ物だからです。
正直悪のりしたと思うし反省もしているが、削除はしません。
というか、あの戦隊にもっといい名前を……!