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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
84/140

変わる環境、変わる状況

「ふぅ……」


 ダンジョン中層の居住区に戻ったウノは、ベッドに倒れ込んだ。


「お疲れ様です、主様。本日で一区切りですね」

「ああ……本当に疲れたけど、面白かった。久々に仕事って感じだったよな」


 止まり木に留まったシュテルンに応えながら、ゴロリと仰向けに転がる。

 この日、ダンジョンの大改造がようやく、一つの終わりを見せたのだ。

 家具が揃いきっていない点や、下層への経由通路、いわゆる『参道』の整備などまだ足りない部分はあれど、初期の不満点はほぼ払拭されたと言ってもいい。

 神や精霊の力もあるが、何より住人やダンジョン周辺に居を構え始めた信者達の力が大きかった。


「そうですね。仕事に対して、その成果が目に見える形で表れるのは、とてもよい事だと思います」

「うん……ふふふ」


 ウノの視線が、隣部屋に通じる扉に向けられる。

 ここも元は開きっ放しだったが、扉が取り付けられたのだ。

 もちろん出入り口に当たる部分もそうだし、その隣の扉は上層への近道(ショートカット)となっている。

 ほんの数十歩で、上り階段へ通じる部屋へと繋がっているのだ。

 いや、それよりも今は隣の部屋だ。

 自然、ウノの口はにやけてしまう。


「笑う理由は、分かります」

「分かるか、シュテルン」

「無論。その視線が完全に物語っていますから。お風呂ですね」

「そう、しかも温泉……!!」


 湿気対策、排水も万全となった個室風呂である。

 この辺りはやはり、土小人(ノーム)の力が大きい。


「さらにトイレに、部屋全体に冷暖房完備。食料庫に地下室。……屋根裏部屋は正直必要なのかどうか、不明ですが」

「うん、思わず調子に乗って増築したけど、まあ貴重品専門の物置だ。隠し部屋の一種だし」


 ウノは天井を見上げる。

 単純に、洞窟の窪みに見えるそこが、屋根裏部屋への入り口となっている。

 梯子すらなく、ウノの跳躍力で登る事が前提となっていた。


「しかも下層直通の階段通路付き。屋上から地下へ行くっていうのも、変な感じだけどな」


 ウノはベッドから身体を起こした。


「とりあえずひとっ風呂浴びるか」

「はい」




 居住区の『東』側の部屋は通路の途中にトイレ、そして奥の小部屋が浴室となっている。

 小部屋と言っても、相当に広いが。

 風呂場としては大浴場といっても過言ではなかった。

 そしてその風呂を、ウノとシュテルンが占有していた。

 いや、正確には精霊達が漂っているので、占有とは言い難いか。

 下級だけではなく、水乙女や火蜥蜴の姿も見受けられた。

 また、カビや湿気の対策に、通風口以と排水口外にも、スライムやミストも常駐している。

 ……何か色々いるが、それでも、ウノ達の個人風呂であった。


「なあ、シュテルン、風乙女(シルフ)水乙女(ウンディーネ)にも名前をつけてやるべきかなあ」

「気持ちは分かりますが、ポコポコ出現する精霊に全部名前をつけていては、キリがないと思います」

「んー……」


 それもそうではある。

 ここ以外にも、下層の温泉にもいるし、中庭になると最早数える気すらなくなる数である。

 中を泳ぐ水乙女が「なにー?」と、こちらを見て不思議そうに小首を傾げていた。


「まあ、ウチの部屋を世話してくれる連中ぐらいは、ありじゃないか?」

「主様が望まれるならば」


 プカプカと湯船に浮かびながら、シュテルンは否定しない。

 というか意見はするが、基本的にウノには反対する事はまずないのだが。

 なので、ウノは上位精霊達にも名前をつけてやる事にした。

 部屋のパーティーションを作ってくれたノームには『ドマ』。

 水回り全体を担当してくれているウンディーネには『シンク』。

 調理時の火の取り扱いや部屋の温度調整を主に受け持つサラマンダーには『コンロ』。

 空調関係を任せるシルフには『ソーフー』。

 同時に彼らは、ウノが生活魔術の触媒を作る際の、各属性も提供してくれる。

 まだ姿は現していないが、光や闇の上位精霊も近い内に出現するだろうと、バステトは言っていた。


「これからも世話になるぞ」

「にゃあ、任せろにゃ~」


 頭にタオルを置いて、湯船に肩まで浸かる幼女神が返事した。


「貴方には言っていません、神よ!!」

「っていうか何で自然に入ってきてるんだよ!? いつの間に!?」

「にゃあ、このお風呂が男女別とは聞いていないにゃ?」

「そういう問題じゃねえ!?」


 まあ、どうせいつものように転移してきたのだろうが、それにしたってウノの私室である。

 せめて一言ぐらい、尋ねてから来ても良いだろうに。


「ふ、このダンジョンはウチキそのモノ。故にウノっちのモノもウチキのモノにゃ」

「……貧民街にもいましたね、こんなすごい理屈のガキ大将」

「ああ……」


 そしてこの手の輩は大体、こちらの論理が通用しないのである。


「にゃー……下の温泉も賑やかでいいんにゃけど、そればっかりだとちょっとなのにゃ。たまには静かにお風呂入りたいのにゃ」


 湯の水を足で掻き回しながら、バステトは言う。


「じゃあ、夜に入ればよかったんじゃないか? 参拝は昼間限定って事にしただろうに」


 いつでも参拝出来る、となると警備面での負担が大きい。

 なので、そのような取り決めも、先日決まったのだった。


「にゃあにゃあ、分かってないにゃあ。環境の違うお風呂なのが重要なのにゃ」

「露天風呂な分、あっちの方が贅沢だと思いますが」

「にゃー……それ、城下町オーシンの一般市民にこのお風呂見せながら言ってみろにゃ。石ころ投げつけられるにゃ」

「……まあ、ちょっとしたレベルの宿でも、この風呂はないよなあ」


 この浴室一つで、城下町の家一つが入ってもおかしくない広さだ。

 ここも充分、贅沢な環境なのだった。




 風呂から上がったウノは、髪をタオルで拭きながら、小型の箱から陶器を二つ出した。

 蓋を開き、カップに注ぐ。

 サラマンダーの『コンロ』が近づき、カップに冷気を与える。

『火』属性は正確には『熱』であり、熱さだけではなく冷たさにも干渉出来るのだという。

 バステトによれば凍るレベルとなると『氷』属性となるのだが、飲み物を冷やしたり食べ物を保存する分には、サラマンダーで充分らしい。


「風呂上がりには、やっぱりフルーツ牛乳にゃ。……コーヒー牛乳にはまだ、材料が足りないけど、必ず作ってみせるのにゃ」

「この炭酸(シュワシュワ)も、旨いよな」


 フルーツは村で仕入れたモノ、牛乳は現在も中庭で草を食べている謎の黒山羊産である。

 また炭酸水は、風乙女(ソーフー)が水に気体を込めた。

 柑橘系の果物の汁を混ぜているので、微かに酸味と甘味がある。


「まだまだそれにも、改善の余地があるのにゃ。もっと美味しくするのにゃ」


 こと食べ物には妥協しない、バステトの頼りになる言葉であった。

 シュテルンは普通の水を、という事で深皿を用意して、そこに冷水を注いだ。

 ウノとバステトも、リビングのソファに向かい合う形で座る。


「今度また村に行くのにゃ。約束してた灰を配るのにゃ」

「そうだな。ナリーの爺様達の村人への根回しも済んだ頃だろうし、丁度いい」


 まだよく知らない村の人達とも接するチャンスだ。

 何だかんだで、異種族が集まりつつあるので、それを脅威に思う人だっているかもしれない。

 テノエマ村とは、友好的な関係を築いておきたいと、ウノは思う。


「そしてそれが終われば、お祭りにゃ」

「は? 祭?」

「にゃあ、言葉通り、神々(ウチキら)を祀るのにゃ。ウチキらの力がさらにパワーアップするのにゃあ」

「これ以上に、厄介な存在になるのですね」

「相変わらずてるんは、すごい毒を吐くにゃあ!?」


 まあ、村でも収穫祭なんてのもあるらしいし、悪くはないかなとウノは思う。


「真面目な話をすると、ウチキではなく状況が厄介になるのにゃ。噂が噂を呼んで、洞窟前に住居を構える連中も増えてきている事は知ってるにゃ? モンスターだけでなく、城下町で行き場を失った異種族や貧民街の住人もにゃ」

「そりゃまあ、家の前の事だからな」


 初期は仮設テントだったが、今では木製の家もチラホラと建ち始めている。

 周辺の森も少しずつ開拓され、段々と受け入れ人数にも広がりを見せつつあった。

 ただ、そうなってくるとウノ達でも把握出来ない人も増えてくる訳で……。


「悪さはしてないと思うけど。少なくとも今のところはさ」

「その辺は、風紀委員長(アルテミス)が取り仕切ってるにゃ。(しもべ)犬頭(コボルト)達も、ウノっちが使えた『犬のお巡りさん』が発動するのにゃ。治安もバッチリなのにゃよ。でも、問題はここの話じゃないのにゃ」


 珍しく、バステトの声に真剣さが籠もった。


「このダンジョンが発展して、豊かになったにゃ。その噂は、城下町まで届いているという事は……にゃ」


 さすがに、ウノもバステトの言いたい事が分かった。


「領主からの干渉があるって事か」


 貧民街が取り壊された時の事を思い出す。

 アレの再来が、再びここで起こる可能性。

 もしくは、数百年前に騎士団によって滅ぼされた異種族コロニーの再現。

 どちらも、あり得る話なのだ。


「でもダンジョンは、冒険者ギルドの管理だぞ?」

「ダンジョンはにゃ? でも、ダンジョンの『外』は、違うのにゃ」


 そうか、とウノは気付いた。

 名目は、異種族が集まり何かを企んでいる様子がある。

 なので、領主権限で調査を行う。

 調査を行った結果、やはりここを危険と判断し、『村』の撤去を開始する。

 ……連鎖的に膨らんだ想像を、ウノは否定出来なかった。


「つまり、いくらでも言い様はあるという事ですか」

「そういう事にゃ。故に、ウチキらは力をつける必要があるのにゃ。力は何も軍事力や権力だけじゃないにゃ」

「このダンジョンの力は、信仰の力って事か」

「にゃあ、さすがウノっち、やっぱり話が早くて助かるにゃあ。ウチキらも、ここでの生活は気に入ってるのにゃ。全力で支援するのにゃ」


 避けては通れない道。

 いつかは起こるかもしれないとウノも漠然と思っていた危難は、予想以上に早く訪れそうだった……。

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