全員でのダンジョン大改造
中庭の急激な変化について、イーリスの話をまとめるとこうだ。
最初は、温泉に漂い始めた精霊達にお願いして、中庭の手入れを手伝ってもらう事にしたのだという。
彼らは快く引き受けてくれたものの、どうやら中庭の住み心地は思いの外よかったらしく、ここに居着いてしまった。
それだけではなく、仲間も呼び始めたようで、この地にどんどんと精霊が集い始めた。
地水火風の精霊の力に呼応し、植物たちもまた活性化する。
気がつけば、緑はこれまでの数倍の速度で成長を早め、さらに精霊達は自分達がよりよく暮らせるように環境を最適化していった。
それが、今の自然溢れる中庭への変化なのだという。
「それで、気がついたら上位精霊も何体か出現してまして……もしかすると、下位精霊が合体しているのかもしれませんね」
「その辺はまあ、いいんだけど」
ウノは足下に近づいてきた土小人を見た。
三角の帽子を被った小人が、草をつつくとシュルルと茎が伸び、花が開く。
……中庭のあちこちが、色とりどりの花で彩られつつあった。
おまけに、空を舞う下位上位と問わない精霊達だ。
「すごい勢いで植物が育っていますね、主様」
「……えらいファンタジーな空間になっちまって」
ウノもシュテルンと共に、呆気にとられるしかない。
「適当なところで、落ち着いてもらおうとは思っています。土の栄養バランスもありますからね」
急激な成長は土の中の栄養を著しく消耗するので、長期的に見るとよくはないのだとイーリスが説明をしてくれた。
畑担当のセンテオトルの話だと、植物を高い効果で育てる『犬の灰』の効果も加わりこのままだと数日で、作物の収穫が可能になってしまいそうなのだという。
「落ち着く事に是非はにゃいけど、トウモロコシと葡萄の収穫一発目だけは、お願いしたいにゃあ。味見なのにゃ味見」
食欲の権化、バステトはぷよぷよとした大スライム・ブタマンの上に寝転がったまま、上下に身体を揺らした。
「それは俺も同感。珍しく神様と意見が一致したな」
「トウモロコシは美味しいのにゃあ。茹でても焼いてもいいし、野菜をくるむ皮にも出来るし、スープも旨いのにゃ」
「まあ、そういう訳でよろしく頼む」
「分かりました。マスターの要請とあれば、こちらも頑張ります」
タネ・マフタの快い返事と共に、イーリスも微笑む。
「それはともかくとして、ここの精霊って……何か、俺、食い物系のいい匂いでもしてるのか?」
気がつけば、ウノの周囲には上位精霊が集まっていた。
風乙女や水乙女達が何体も興味深そうにウノの顔を覗き込んだり、腕を絡んでこようとし、シュテルンが目を細めていた。
他にも背中を火蜥蜴が這い上がろうとしているし、左の足の甲を椅子代わりにして、土小人が昼寝を取ろうとしていた。
「にゃあ、多分ウノっちの妖精の匂いに、仲間と思ってるのにゃ。精霊と妖精は従兄弟みたいなモノなのにゃ。ウノっちの寝込みを襲った子も、おそらくそれなのにゃ」
まあ、いいけどさあ。
そんな感想を抱きながらウノは、頭を掻いた。
そして、あるアイデアを思いついた。
これが出来れば、一気にダンジョンを快適な空間に変える事が出来るだろう。
「じゃあ……命令するつもりはないけど、お願いは出来るかな?」
何ー? と首を傾げる風乙女達に、ウノは不敵な笑みを浮かべた。
ダンジョンの大改造が始まった。
中層のあちこちから壁を砕く音や釘を叩く音が響き、スライム灯に照らされた通路を人間も含めた様々な異種族がひっきりなしに移動する。
トントン。
土小人が壁を叩く。
それをウノは少し離れた場所から確認し、リユセに指示を送った。
「よし、リユセ、チェックだ」
「ごぶ」
リユセが跳躍し、愛用の長剣で×印をつける。
ここの壁は、砕いていいという目印だ。
その向こうは外に繋がっていると、事前に風乙女が教えてくれていた。
壁を砕いて駄目な場所だと、ノームは首を振る。
ダンジョンの強度に深刻な問題が生じるのだ。
自然そのモノの具現化でもある土の専門家、ノームだからこそ分かる事だ。
一方別のノームは、竿の月立った場所で肩を竦めていた。
言葉は分からないが、何となく身振り手振りでウノはそれを判断する。
「この水脈は深いから、掘るのはきつい? よし、旗は保留の黄色に変更。シルフ、次の風の通り道を案内してくれ」
なお、旗の色は青が『掘ってよし』、赤は『掘るな』だ。
赤旗の下にも水脈はあるが、ノームと水乙女によれば勢いが強すぎて通路が水浸しになるのだという。
ウノ達がそんな作業をしていると、通路の向こうから精霊達を引き連れた野伏姿の冒険者、マ・ジェフが手を振って近づいてきた。
「ウノっちー、こっちの担当終わったぜー。次どこよー?」
「早いな、マ・ジェフ。とりあえずノルマは終わったから、ヴェールや鍛冶屋の親父さんを手伝って欲しい。ウチ、器用な人間は少ないから、あの手の物作りには向いてないんだよ」
「あいよう」
ヴェールの担当は、主に門扉の作成だ。
いくら風通しを良くすると言っても、開けっ放しでは冬はきついし、警備面でも問題が生じる。
なので木の扉はヴェール達、手の器用なモンスター達が作成していた。
鉄の門の場合は鍛冶屋のシュミットが開けた穴の大きさを測る作業を行い、実際の作成は村の方で行う事になっている。
「な、なあ、ところでウノっちさ」
まだ用事があるのか、マ・ジェフがウノを呼び止める。
その視線の先は、中を泳ぐように移動する可愛らしい風乙女だ。
……大体、何が言いたいのか、ウノも分かった。
「……本人の意志による。一緒に行ってもいいって言ったなら、連れて行っていいんじゃないか?」
「マジで!? ひゃっほう!!」
「でも、しっかり働いてくれよ? 報酬の素材だってちゃんと渡してるんだからさ」
「当然当然任せろよーし燃えてきたあ!!」
狂喜乱舞するマ・ジェフの作業効率がこれまでより、さらに上がったのは言うまでもない。
ウノ達から離れてはいるものの、やはり同じ中層の一角。
ここでは、既に壁を破壊が始まっていた。
ウノとの連絡役として、シュテルンが監督を行っている。
(シュテルン、そっちはどうだ)
「順調です。近い内に二つ目が開通予定です。いい感じに皆、力比べといった具合で競い合ってますね。これならば思ったよりも早く、終わりそうです」
ウノからの念話に応えつつ、シュテルンは作業をしているゼリューンヌィ達に視線を向ける。
ツルハシや先端の尖ったハンマーを振るい、特に活躍著しいのはやはり、ホブゴブリンのゼリューンヌィ、ゴブリンのアクダル、そして冒険者のハイタンの三名であろう。
力に秀でているオーク達も控えており、交代して掘削作業を行っていた。
また、ゴブリン、コボルト達も木材を運んできていた。
(ノームの保証付きとはいえ、梁での補強はしっかりな)
「承知してます」
もちろんこのような大がかりな土木作業がたった一日で終わるはずもなく、何日かに分けての仕事だ。
それでも、通常のそれよりもよほど短い期間で、終わらせる事が出来そうだった。
下層の祭壇裏、温泉前にはゴブリンシャーマンのグリューネと、初老の神父プレストが並んで立っていた。
そして彼らの前には、土や泥や埃にまみれたモンスターや冒険者達が列を作っている。
「つかれたヒト、回復する。みんな来る」
二人の仕事は、労働で疲弊した彼らの体力を回復させる事だ。
作業をする人間をよく回るようにし、作業効率も上げるため、ウノの要請で二人はこの仕事を担当する事になったのだ。
もちろん他の種族のシャーマン職や、回復術を使える冒険者も交代要員として待機しており、さらに生命の水も大盤振る舞いとなっている。
また、希望者の温泉入浴も歓迎だ。
ただし人数が多いので、その辺りは順番待ちとなっていた。
「こうして、異教の徒と並んで仕事をするのは、何だか不思議な気分ですねえ」
「ごぶ……疲れたヒト、いやす。どの神も同じ」
「確かにその通りです。神とあなた達の住処に祝福あれ!」
プレストが癒しの光を放ち、疲れたコボルトを癒やす。
コボルトの身体に活力が漲り、元気のいい足取りで温泉へと向かっていく。
列は途切れる事なく、二人は魔力の続く限り、彼らを癒やし続けるのだった。
ユリンは地中を漂っていた。
本来の幽体状態だ。
これなら壁だろうと床だろうと、透過が出来る。
彼女の目の前では、ドヴェルクモグラ達が地中を掘削していた。
ウノの使い魔『シャベル』とその仲間達だ。
「家主様、水路の方も順調ですぞ」
シャベル達の掘る地面からノームが出現すると、シャベル達も動きを止めた。
そしてノームが進行方向を変えるよう示すと、再びシャベル達はそちらに向かって穴を掘り進めていく。
(助かる。ノームとシャベルの誘導、引き続き頼む。どこも重要だけど、水回りは特に、な)
「はは、大役ですなあ。任されましたぞ」
ユリンとドヴェルクモグラ達の仕事は、水路の作成。
この長い穴は、ダンジョンの通路に沿っており、全てが完成すれば給水と排水の手間が、大きく軽減されるのだ。
――にゃああ、すごい勢いでマップが変わっていってるのにゃ。えらい事なのにゃあ。
「まあ、大改造だからなあ。……どうやら、給水排水用の水路も上手く出来てきているみたいだな」
リユセと共に、掘削予定の壁に印をつけていきながら、ウノは本祭壇に控えているバステトの神託を受け取った。
――使えるモノなら神すら使う。ある意味、恐ろしいヒトやでここのマスター……。
――創造神を下水処理に使う奴なんて、多分世界広しといえどウノっちぐらいにゃあ。
バステト経由なのだろう、創造神であるカミムスビの声もウノに届いてきた。
カミムスビの仕事は、ノーム達や小型の異種族達の手で作成している下水の処理場で、汚れた水を『浄化』する事だ。
その一方。
――処理場の土はこちらに回して下さいね。しっかり有効活用します。
――あ、ボクの方にもね! 畑の肥料にしちゃうから。
――その前に耕さないとでしょ。マスターの使い魔達だけじゃ手が回らないわ。という訳で下僕達、キリキリ働きなさい!
中庭で、植物の育成や耕作を担当している、タネ・マフタ、センテオトル、イシュタルが糞尿の処理について主張していた。
アルラウネのイーリスも、ここの担当だ。
――皆、お疲れ様です。こちらの狩りも順調なので、晩ご飯は期待していて下さい。
全員がダンジョン内で働いていては、肉を獲るモノがいない。
なのでそこは、狩猟の女神であるアルテミスが、仔狼のラファルやコボルト達と共に森に出ていた。
かくして皆、それぞれの仕事をこなし、ダンジョンの改造は着々と進むのだった。
13時、再更新完了。
マ・ジェフの下りから続きを追加しました。