精霊の乱舞
……ウノが眠りから覚めると、目の前には少女の顔があった。
ウノの顔を観察するように、彼女は頭だけベッドに預け、それを横に傾けている。
全体的に青白い、あどけない顔をした娘だ。
服すら着ていないが、不思議といやらしい感じはしない。
が、ウノはそれどころではなかった。
「うおおぉぉっ!?」
思わず叫びながら起き上がり、壁に背を貼り付けた。
いつもならもう少し微睡んでいる所だったが、そんな状況ではない。
「主様!?」
「シュテルン!?」
ウノの叫び声を聞きつけ、シュテルンが文字通り飛んできた。
ここはウノの居住区であり、シュテルンの止まり木もここ、寝室に存在するのだが、部屋に扉がないので造るまでは警備をすると、彼女は出入り口の前で寝泊まりをしているのだ。
シュテルンはウノと、不思議そうに首を傾げている青白い少女を見て、クワッと鳴いた。
「これは……浮気現場!!」
「違うわっ!? っていうかお前もコイツの侵入に気がつかなかったのか……」
シュテルンが警備をしている上で、この謎の少女がこの場にいるという事は、シュテルンの警備がおそろしくザルなのか、それとも少女が凄まじい潜入術の使い手なのかのどちらかになる。
シュテルンの主を守るという使命感は強く、手を抜くなどあり得ない。
なのでウノは、普通に後者を選んでいた。
この少女は一体……と思っていると、彼女は微笑み、「バイバイ」と手を振りながら地面に沈み込んだ。
「って消えた!?」
「おのれ、間女……主様を誘惑するなんて、許すまじ」
「いや、だから誘惑もされてないし、そもそもどうやってここまで侵入してきたのかサッパリなんだが」
いや、そうじゃないなとウノは思い直す。
地面に沈み込んだのだから、壁も天井も無意味だろう。
出入り口で待機していたシュテルンが気付かないのも、当然だ。
そしてあの青白い肌は、思い返してみると透き通っていた。
アンデッド系ではなく……つい最近増えた、新たな住人(?)達と同じ色合いだった。
そう、温泉の湯煙の中を漂っていた、精霊達と同種の色だ。
「アレは……もしかして、精霊か?」
しかし、このダンジョンに漂う精霊と言えば、ウィル・オー・ウィスプ達と同じような、不定形の気体に近かったはず。
あんな少女のような精霊は存在……いや、する。
「水の上位精霊……? おおい、神様よ!」
ウノは、天井に向かって叫んだ。
すると光の柱と共に、幼猫神バステトが大スライム・ブタマンに乗って出現した。
「呼ばれて現れにゃんにゃかにゃん! どうしたのかにゃ、ウノっち。添い寝のお願いかにゃ? ウチキはお高い女なのにゃ」
無邪気なバステトに、スウッとシュテルンが目を細めた。
「そのふざけた台詞をそれ以上続けるなら、頭に穴を開けてやります」
もう、殺し屋みたいな目つきである。
「にゃあっ!? 呼び出しておいて、ご挨拶過ぎるにゃあ!!」
「……ふざけた挨拶をする方にも、問題があると思うけどな。それよりも、俺の寝床に精霊が現れたっぽい」
「にゃ?」
ウノは、先ほどあった事を話した。
この居住区にも慣れるようにと、ウノとシュテルンは何日か前からここで寝泊まりを行っていた。
まだ、若干の湿気りはあるモノの、それでも貧民街の頃の寝床に比べればずっと快適だ。
……と思っていたら、あんな事件である。
さすがに、寝顔を見知らぬ少女が観察しているとか軽くホラーなので、ある意味ではこのダンジョンを誰よりも知り尽くしているバステトに、相談してみたのだ。
「精霊ならそこらじゅうにいるのにゃ……」
バステトが視線を宙に彷徨わせる。
おそらく頭の中でダンジョンの『マップ』を展開し、精霊の存在を探っているのだろう。
と思っていたら、不意にバステトの口がポカンと開いた。
「にゃー、あーあー……こりゃまたえらい事になっちゃってるのにゃあ」
「おい」
何か今、不吉な事を口にされたような気がして、思わずウノは声を発していた。
このダンジョンに、何が起こっているというのか。
「ウノっちも出来る筈なのにゃ。マップ展開、生命体検索条件は精霊、上位なのにゃ。特に中庭にゃ」
バステトに言われ、ウノも頭に『マップ』を起動させる。
そして中庭に集中して精霊を探ってみると……。
わんさかいた。
すごい数。
「……げえっ」
ウノは、思わず呻いていた。
中庭は、すっかり様変わりしていた。
不毛の荒野のような土地は跡形もなく、大地は緑が敷き詰められ、所々に木が生え始めている。
中央から向こうには柵があり、その向こうは牧場になるはずだ。
段々畑はまだ未完成もいい所だが、それでもここは自然に恵まれた場所にしか見えない。
ちなみに昨日までは、『ある程度まばらに緑がある開拓途中の土地』だったのだが。
そして何より、あちこちに精霊が舞っている。
羽を生やした火蜥蜴達がウノの傍をすれ違うと、朝の冷気に暖かい空気が混じる。
風乙女達が緩やかな風を巻き起こし、ウノの寝顔を眺めていた少女によく似た水乙女らは地面に霧状の水を注いでいく。
地面のあちこちから土小人が出現し、そのたびに緑が増えていた。
呆気にとられたウノとシュテルンに、植物の鉢植えを持ったアルラウネの女性が近づいてきた。
イーリスと、草木の神であるタネ・マフタだ。
「あら、おはようございます、ウノさん」
「おはよう、イーリス、タネ・マフタ……ええと、その、何というか……これは、一体?」
「精霊さん達が、植物を育てるのを手伝ってくれているんです!」
そんな事を、タネ・マフタが元気よく答えた。
ちょっと短いですが、ここで一区切り(というかタイムアップ)。
お昼にやっぱり短い続き……かもしくはこの中庭エピソードの最後までを掲載します。すまぬ……!