下層の水源を掘ってみたら
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
正月も変わらず更新です。
「ここもチェック、と」
下層神殿の『南』端。
ウノは、その地面に短い竿を突き立てた。
棒の先には布が巻かれており、簡易的な旗となっていた。
この下には水源があるという印であり、そのことは数日前に、ダンジョンの住人や出入りする者達にも伝えてあった。
もちろん、勝手に掘る事は許可していない。
……まあ、中層に井戸が出来たので、そんな物好きもいないだろうが。
「最後はあそこか」
ウノは残る竿を肩に担ぎ、祭壇を右に回り込んで、『北』にある崩落跡へと向かう。
今日も祭壇には、様々な種族が参拝に訪れていた。
その中には人間や獣人、蜥蜴人といった、城下町オーシンの貧民街を追われた人々も混じり始めていた。
ウノとしては悪さをしないのなら、特に言う事はない。
手には供物なのか、肉や野菜、果物を持った者も多い。
……獣神や龍神が顕現するのも、時間の問題だろう。
なんて考えながら歩いていると、土砂と瓦礫に塞がれた行き止まりに到着した。
これらの土砂を取り除くべく、ゴブリンやコボルトが何匹も動き回っている。
ザクリ。
地面に布を巻いた竿を突き刺すと、スイとシュテルンがウノの肩の上に留まった。
「主様、あそこは取り除いてしまって、よいのですか?」
シュテルンの心配は、自身の居住区でしたものと同じだろう。
すなわち、水がここまで流れ込んでこないかどうかだ。
「他はともかく、ここは元々開いていた場所をふさいだ形だ。元に戻すのなら、問題ないんじゃないか?」
「そうですか。ですが、作業をしている者達が、怪我をしないように注意はしておいた方がよいですね」
「分かった。崩落事故とかちょっとシャレにならないからな。……しかし、こんな場所に水源があるのか」
「それは当然にゃ。この向こうは川になってるのにゃ」
相変わらずどこから現れるのか、バステトは不意に出現しては会話に参加した。
「……そう言えば、神様が顕現する前に、そんな事をあやしげな口調で囁いてたな」
「あやしげとはご挨拶にゃ!?」
「ああ、私も憶えてますよ。グリューネをぬか喜びさせた時ですね」
「そ、そんな事もあったかにゃあ」
バステトの目が泳ぐ。
「これは懐かしい話をされていますな」
後ろから声が掛かり、振り返ると普段着のユリンが会釈する。
今日は、入り口の警備は休みなのだろう。
「ここから、我が君と連れ合いも船で逃げたのですよ。そしてその後ここをふさぎ、追っ手を振り切ったのですな」
「つまり、ここを修復しなくちゃならないのは、お前の上司のせいか」
上司というか、この場合は姫君とその連れ合いだろう。
もちろんウノも本気で言っている訳ではなく、ユリンも肩を竦めた。
「そう言われると、その通りですな。ですが、謝りませんぞ」
「別に謝って欲しいとは思ってないけどな。大昔の話だし」
「いやいや、そういう意味ではないのですが」
「うん?」
ただでさえ細い目をいよいよ糸のようにして、ユリンは笑う。
「いずれ、分かると思いますよ。……いや、割と近い内でしょうかな」
「何か意味深だなあ」
「にゃあ。答えると、将来的に問題が発生する可能性があるのにゃ」
どうやらバステトは、何か知っているらしい。
「いや、この場合は将来ではなくですな……」
「おおっとストップにゃ」
言葉を続けようとするユリンを、バステトの小さな手が制した。
「そうですな。何にしろ、お楽しみは先にとっておいて頂きたい」
クックック、とユリンとバステトが揃って、ウノを見る。
一体、何なのだというのか。
「むう……気になるが、追求しても答えてくれそうにないし、とりあえず仕事を終わらせよう」
「主様、もう終わっていますよ。水源の確認は先ほどので最後だったのでは?」
「っと、そうだった。この土砂をどけたら川……って事はあれ? これってもしかして水源とかの話じゃなくて、普通に溜まっていた水が流れ込んできて、吹っ飛ばされるんじゃないか?」
「ああ、その可能性はありますな。特に今、調子に乗りまくっているゴブリンの彼とか大変危険そうです」
調子に乗っているゴブリンと聞いて、ウノは嫌な予感がした。
そして視線を土砂の上に向けると案の定、鼻歌などを歌いながらツルハシを振るっているのは、本来手先の器用さがウリのヴェールであった。
「止めろシュテルン! あれは絶対やらかすパターンだ!!」
「はい!!」
勢いよく、シュテルンがウノの肩から飛び出す。
「ごぶ?」
飛翔する高速物体に、ヴェールがキョトンとし――ツルハシが足下の土砂に突き刺さった。
直後、ツルハシと土砂の隙間から、小さな水が噴き出した。
それも一瞬の事。
「遅かったです、主様……!!」
水の奔流は止まらず、糸のようだったそれがどんどんと大きくなっていく。
それに伴い、土砂やウノ達の足下の地面も揺れ始める。
「全員撤退……っていうかヴェールは手遅れっぽい!?」
ウノ達の脇を、ゴブリンやコボルトが慌てふためき、逃げていく。
要領のいいモノは、高台となる祭壇へと登ろうとしていた。
土砂のあちこちから水が噴き出していき、ウノの足下まで水は流れ始めていた。
そしてヴェールはと言うと。
「ごぶっ、ごぼ、あつっ、熱い! やけっ、からだ焼けるごぶーーーーー!!」
おそらく真下から吹き出したのだろう噴水に巻き上げられ、空中でのたうち回っていた。
いや、それよりも気になる事をヴェールが言っていた。
……熱い?
「ん……こりゃあ、温いな」
ウノが足下の水を掬うと、確かに水は少々温かい。
「水が熱を持っているようですね。というか、これは湯です」
周囲の温度が上がり、湯気が上がり始めるのをシュテルンは眺めていた。
ふぅむ、とユリンが唸る。
「どうやら、川とは別に温泉を掘り当てたようですな」
「温泉! 胸熱な単語だにゃ!!」
いつの間にか、ユリンの背中によじ登っていたバステトが叫ぶ。
すると、次々と神が出現した。
「温泉!?」「温泉ですって!?」「今、温泉と言いましたか!?」「温泉やて!?」「お、温泉が出たのですか!?」
センテオトル、イシュタル、アルテミス、タネ・マフタ、カミムスビ。
勢揃いで、大興奮であった。
「ちょっ、神様達、どれだけ温泉好きなの!?」
「そんなツッコミをする時間すらもったいないにゃ。さあウノっち、皆に脱衣場と男女別にする仕切りを作らせるのにゃ。別に混浴でも構わないけど、そういうのを気にする子達も多いのにゃ」
「これは、最優先事項よ! 皆も入れば、温泉の魅力が分かるはずだわ!」
「ええ、お風呂とはひと味違いますから」
「イ、イシュタルとアルテミスが意気投合するだと……!?」
ウノは戦慄した。
土砂は、水流に負けたのかボロボロと崩れ、やがて頂上付近から青い空が見え始めていた。
このまま湯の勢いが続けば、土砂の撤去も楽になるだろう。
地面を流れる水はせいぜい足首程度まで、それ以上は外側に地面が傾いでいるのだろう、下層神殿の方には流れてきそうになかった。
「ううむ、ファインプレイーにゃ。褒美として、ヴェールには優先的に入る権利を与えるのにゃ」
「一番風呂ではないのですかな?」
「……既に入っちゃってる奴らがいるから、それは残念ながら無理なのにゃ」
バステトの視線を追うと、神々達は自分達で掘ったのか、とっくに湯の深い部分に浸かっていた。
ちなみにバステトは、ユリンに首根っこを捕まれて、仲間内には入れないでいた。
別にユリンが意地悪なのではなく、一応人型なのだから、服を着たまま湯に飛び込むのはマナー違反であろうという、判断である。
他の神々は獣だったり植物だったりで、問題はない。
「しかしこれはよい呼び物なのにゃ。神殿と温泉がセットとか、千客万来間違いなしなのにゃ」
ウノは、額を押さえた。
「ますます、このダンジョンが、すごい方向に向かって行っているような気がする」
「ですが、ひとまずお風呂の心配はなくなりましたよ、主様」
「そうだな、そこは喜ぶべき所だ」
いつでも、風呂には入れるのである。
これは、城下町でもなかなか出来ない事だ。
銭湯もあるにはあるが、それなりに値段が張るので、貧しい者は主に濡らした布で身体を拭くのが基本であった。
「……なあ、シュテルン」
「何でしょうか、主様」
「俺達の居住区の水源も、温泉だったらいいと思わないか? 何となく、ここの湯と同じような気配だったんだ」
「それは……素晴らしいでしょうね……!!」