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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
80/140

下層の水源を掘ってみたら

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 正月も変わらず更新です。

「ここもチェック、と」


 下層神殿の『南』端。

 ウノは、その地面に短い竿を突き立てた。

 棒の先には布が巻かれており、簡易的な旗となっていた。

 この下には水源があるという印であり、そのことは数日前に、ダンジョンの住人や出入りする者達にも伝えてあった。

 もちろん、勝手に掘る事は許可していない。

 ……まあ、中層に井戸が出来たので、そんな物好きもいないだろうが。


「最後はあそこか」


 ウノは残る竿を肩に担ぎ、祭壇を右に回り込んで、『北』にある崩落跡へと向かう。

 今日も祭壇には、様々な種族が参拝に訪れていた。

 その中には人間や獣人、蜥蜴人(リザードマン)といった、城下町オーシンの貧民街を追われた人々も混じり始めていた。

 ウノとしては悪さをしないのなら、特に言う事はない。

 手には供物なのか、肉や野菜、果物を持った者も多い。

 ……獣神や龍神が顕現するのも、時間の問題だろう。

 なんて考えながら歩いていると、土砂と瓦礫に塞がれた行き止まりに到着した。

 これらの土砂を取り除くべく、ゴブリンやコボルトが何匹も動き回っている。


 ザクリ。


 地面に布を巻いた竿を突き刺すと、スイとシュテルンがウノの肩の上に留まった。


「主様、あそこは取り除いてしまって、よいのですか?」


 シュテルンの心配は、自身の居住区でしたものと同じだろう。

 すなわち、水がここまで流れ込んでこないかどうかだ。


「他はともかく、ここは元々開いていた場所をふさいだ形だ。元に戻すのなら、問題ないんじゃないか?」

「そうですか。ですが、作業をしている者達が、怪我をしないように注意はしておいた方がよいですね」

「分かった。崩落事故とかちょっとシャレにならないからな。……しかし、こんな場所に水源があるのか」

「それは当然にゃ。この向こうは川になってるのにゃ」


 相変わらずどこから現れるのか、バステトは不意に出現しては会話に参加した。


「……そう言えば、神様が顕現する前に、そんな事をあやしげな口調で囁いてたな」

「あやしげとはご挨拶にゃ!?」

「ああ、私も憶えてますよ。グリューネをぬか喜びさせた時ですね」

「そ、そんな事もあったかにゃあ」


 バステトの目が泳ぐ。


「これは懐かしい話をされていますな」


 後ろから声が掛かり、振り返ると普段着のユリンが会釈する。

 今日は、入り口の警備は休みなのだろう。


「ここから、我が君と連れ合いも船で逃げたのですよ。そしてその後ここをふさぎ、追っ手を振り切ったのですな」

「つまり、ここを修復しなくちゃならないのは、お前の上司のせいか」


 上司というか、この場合は姫君とその連れ合いだろう。

 もちろんウノも本気で言っている訳ではなく、ユリンも肩を竦めた。


「そう言われると、その通りですな。ですが、謝りませんぞ」

「別に謝って欲しいとは思ってないけどな。大昔の話だし」

「いやいや、そういう意味ではないのですが」

「うん?」


 ただでさえ細い目をいよいよ糸のようにして、ユリンは笑う。


「いずれ、分かると思いますよ。……いや、割と近い内でしょうかな」

「何か意味深だなあ」

「にゃあ。答えると、将来的に問題が発生する可能性があるのにゃ」


 どうやらバステトは、何か知っているらしい。


「いや、この場合は将来ではなくですな……」

「おおっとストップにゃ」


 言葉を続けようとするユリンを、バステトの小さな手が制した。


「そうですな。何にしろ、お楽しみは先にとっておいて頂きたい」


 クックック、とユリンとバステトが揃って、ウノを見る。

 一体、何なのだというのか。


「むう……気になるが、追求しても答えてくれそうにないし、とりあえず仕事を終わらせよう」

「主様、もう終わっていますよ。水源の確認は先ほどので最後だったのでは?」

「っと、そうだった。この土砂をどけたら川……って事はあれ? これってもしかして水源とかの話じゃなくて、普通に溜まっていた水が流れ込んできて、吹っ飛ばされるんじゃないか?」

「ああ、その可能性はありますな。特に今、調子に乗りまくっているゴブリンの彼とか大変危険そうです」


 調子に乗っているゴブリンと聞いて、ウノは嫌な予感がした。

 そして視線を土砂の上に向けると案の定、鼻歌などを歌いながらツルハシを振るっているのは、本来手先の器用さがウリのヴェールであった。


「止めろシュテルン! あれは絶対やらかすパターンだ!!」

「はい!!」


 勢いよく、シュテルンがウノの肩から飛び出す。


「ごぶ?」


 飛翔する高速物体に、ヴェールがキョトンとし――ツルハシが足下の土砂に突き刺さった。

 直後、ツルハシと土砂の隙間から、小さな水が噴き出した。

 それも一瞬の事。


「遅かったです、主様……!!」


 水の奔流は止まらず、糸のようだったそれがどんどんと大きくなっていく。

 それに伴い、土砂やウノ達の足下の地面も揺れ始める。


「全員撤退……っていうかヴェールは手遅れっぽい!?」


 ウノ達の脇を、ゴブリンやコボルトが慌てふためき、逃げていく。

 要領のいいモノは、高台となる祭壇へと登ろうとしていた。

 土砂のあちこちから水が噴き出していき、ウノの足下まで水は流れ始めていた。

 そしてヴェールはと言うと。


「ごぶっ、ごぼ、あつっ、熱い! やけっ、からだ焼けるごぶーーーーー!!」


 おそらく真下から吹き出したのだろう噴水に巻き上げられ、空中でのたうち回っていた。

 いや、それよりも気になる事をヴェールが言っていた。

 ……熱い?


「ん……こりゃあ、(ぬる)いな」


 ウノが足下の水を掬うと、確かに水は少々温かい。


「水が熱を持っているようですね。というか、これは湯です」


 周囲の温度が上がり、湯気が上がり始めるのをシュテルンは眺めていた。

 ふぅむ、とユリンが唸る。


「どうやら、川とは別に温泉を掘り当てたようですな」

「温泉! 胸熱な単語だにゃ!!」


 いつの間にか、ユリンの背中によじ登っていたバステトが叫ぶ。

 すると、次々と神が出現した。


「温泉!?」「温泉ですって!?」「今、温泉と言いましたか!?」「温泉やて!?」「お、温泉が出たのですか!?」


 センテオトル、イシュタル、アルテミス、タネ・マフタ、カミムスビ。

 勢揃いで、大興奮であった。


「ちょっ、神様達、どれだけ温泉好きなの!?」

「そんなツッコミをする時間すらもったいないにゃ。さあウノっち、皆に脱衣場と男女別にする仕切りを作らせるのにゃ。別に混浴でも構わないけど、そういうのを気にする子達も多いのにゃ」

「これは、最優先事項よ! 皆も入れば、温泉の魅力が分かるはずだわ!」

「ええ、お風呂とはひと味違いますから」

「イ、イシュタルとアルテミスが意気投合するだと……!?」


 ウノは戦慄した。




 土砂は、水流に負けたのかボロボロと崩れ、やがて頂上付近から青い空が見え始めていた。

 このまま湯の勢いが続けば、土砂の撤去も楽になるだろう。

 地面を流れる水はせいぜい足首程度まで、それ以上は外側に地面が傾いでいるのだろう、下層神殿の方には流れてきそうになかった。


「ううむ、ファインプレイーにゃ。褒美として、ヴェールには優先的に入る権利を与えるのにゃ」

「一番風呂ではないのですかな?」

「……既に入っちゃってる奴らがいるから、それは残念ながら無理なのにゃ」


 バステトの視線を追うと、神々達は自分達で掘ったのか、とっくに湯の深い部分に浸かっていた。

 ちなみにバステトは、ユリンに首根っこを捕まれて、仲間内には入れないでいた。

 別にユリンが意地悪なのではなく、一応人型なのだから、服を着たまま湯に飛び込むのはマナー違反であろうという、判断である。

 他の神々は獣だったり植物だったりで、問題はない。


「しかしこれはよい呼び物なのにゃ。神殿と温泉がセットとか、千客万来間違いなしなのにゃ」


 ウノは、額を押さえた。


「ますます、このダンジョンが、すごい方向に向かって行っているような気がする」

「ですが、ひとまずお風呂の心配はなくなりましたよ、主様」

「そうだな、そこは喜ぶべき所だ」


 いつでも、風呂には入れるのである。

 これは、城下町でもなかなか出来ない事だ。

 銭湯もあるにはあるが、それなりに値段が張るので、貧しい者は主に濡らした布で身体を拭くのが基本であった。


「……なあ、シュテルン」

「何でしょうか、主様」

「俺達の居住区の水源も、温泉だったらいいと思わないか? 何となく、ここの湯と同じような気配だったんだ」

「それは……素晴らしいでしょうね……!!」

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