下層01:神殿のある生活空間
長く続いた幅広の階段を下りきった先は、多数の鍾乳石の生えた広大なドーム状空間だった。
不思議と空気は中層より澄んでいて、緩やかに光の精霊が漂っている。
それでも薄暗くはあるが、これなら松明は必要ないだろう。
そしてこの空間で最も目を引くのは、高さ二〇メルトほどのそびえ立つ台形の祭壇だ。
と言うことは、冒険者ギルドの受付嬢ピエタが言っていた『神殿』とは、この下層そのモノなのだろう。
「おおぉ……っ!?」
「これはすごいですね」
「ふわぁ……おっきい」
まだかなりの距離があるのに、その祭壇は圧倒的な存在感を放っていた。
白い長方形の大石が幾層にも規則正しく積まれ、中央には階段が作られている。
階段の角度は緩やかだが、それはつまりこの祭壇がより大きいことを示していた。
頂上部分はここからだとよく見えないが、何やら柱っぽいモノが見え、平らな場所である事は分かる。
そこが、祭壇の『本体』である事も、初見であるにも関わらず分かってしまう。
それほどまでに、見事な祭壇だった。
「……これ、金が取れるレベルなんじゃないか?」
「何故、冒険者ギルドはそうしなかったのでしょう。ここまで探索はされたのすよね?」
「現実的に見れば、危険だったからだろうな。なんだかんだでここはモンスターの出現する森の中だし、ここまでの道を拓くだけで金が掛かるだろう? 後は案外、下手に関わると祟られるとか思ったんじゃないかな」
冒険者ギルドによれば、ここは邪教崇拝者達の集会場であり、つまりここが邪神の祀られていた場所だ。
冒険者から見れば、触らぬ神に祟りなし。
学者も興味を示しただろうが、それだって調べ尽くせば、持ち帰れるモノだけ持ち帰って終わりだ。こんな巨大な祭壇は持って帰れないだろうし、破壊するのは学者の仕事ではない。
じゃあ誰が壊すんだとなると、わざわざ手を上げる人間もいないだろう。
信心深い聖職者が名乗り出たかも知れないが、土木工事を請け負う側は異神の破壊を拒否しただろう。何気に職人は信心深い。
故に放置された……といった所か。
「もったいないといえばもったいないですが、逆にだからこそ、ここが私達のモノになったとも言えますね」
「ああ。しかしこれは、どうにもならないな。ここまで大きいと、コツコツと修繕するよりこのまま飾っておいた方が味があるかもしれない。オブジェとしちゃあスケールが大きすぎるが」
「この層は広いですから、あの祭壇があったところでさして邪魔にはなりません。充分に飛べます」
「走れもする。それにしたって何に利用したもんだろうな、ここは」
何しろ、二〇メルトある祭壇がすっぽり入る空間だ。
面積が尋常ではない。
……信者が入るとして、何万人単位で収容可能、というレベルだ。
「てんじょうもたかい」
「これは、私でも一手間ですね」
ウノも見上げてみると、祭壇の三倍ぐらいの高さだろうか……となると、六〇メルト程という事になる。
ふと気になったのは、祭壇に到るまでの正面の舗装路。
その左右には等間隔に竿が立てられているという点だ。
「……何だこれ?」
「洗濯用の物干しでしょうか」
「いや、神殿の真ん前で、多分それはない」
が、シュテルンの言葉はで閃いた。
「干すというか垂らすって意味では、あながち間違いじゃないかもな。これ、垂れ旗用の竿だ」
「たればた?」
「まあ、そのまま垂らすタイプの旗だな。大体細長い感じの」
「でも、はた、ない」
グリューネの疑問はもっともだ。
「多分、ここを調べていたっていう博物館の研究者が持って行ったんじゃないかな」
他にも気になる点はあった。
ウノが視線を上に向けると、天井にはスッと一本、ラインが入っていた。
いや、違う。
「あの切れ目、一体何だ?」
そう、あれは切れ目だ。
誰かが傷つけたのか? どうやって?
それとも、まったく違う理由で切れ目が入っているのか。
「あそこが開く、とか」
「ははは、いやまさか」
シュテルンの声の響きは冗談か本気か、分からない時があった。
「しかし、日光を取り入れるのには都合がよさそうです」
「どこかにスイッチでもあるのかな」
言われてみれば、シュテルンの指摘はもっともだ。
中層から下層まで、相当な距離を下ってきた。
それはつまり、あの天井の上が中層ではなく、どこかの森か山という線も充分にあり得るのだ。
実際に、あそこは開くのかもしれない。
ただ、開閉スイッチがあったとして、それを探すのもかなり大変そうだった。
……さて、ここをどう活かすべきか。
「祭壇だし、実際神様を祀ってみるとか?」
「?」
「冗談だって。邪神信仰とか、公爵に捕まって即処刑だろ」
この地を治めるコバルディア公爵は、亜人や異種族を危険視している事で有名だ。
ここが単に破棄された邪神の祭壇、というだけなら今までのように放置されるだろうが、実際に祀るとなると話が変わる。
おそらく公爵が手持ちの騎士団を派遣し、ウノ達はかつての信者達のように殺されてしまうだろう。
……無難に、ある程度掃除をして、後は空いている場所を倉庫代わりに利用させてもらうのがいいかな?
何てウノが考えていると、くい、とグリューネが裾を引っ張ってきた。
「ごぶりんのかみ、まつりたい」
「え?」
「ボク、しゃーまん。かみさま、しんこうしてる。みんなもしてる」
「……というか、ゴブリンに神様っているの?」
「いる。これがせんとーとるさま。たべもののかみ」
そう言ってグリューネは、懐から植物で編んだと思しき緑色の人形を取り出した。
基本は緑色だが、冠に当たる部分だけ黄色い藁か何かで形作られている。
「ゴクリ……美味しそうですね」
「たべちゃだめ!」
シュテルンの舌なめずりに、グリューネはパッとウノの後ろに隠れた。
「俺は別に構わないけど……祭壇って使い回し利くんだろうか」
ゴブリンの神を信仰する家。
……さすがに亜人嫌いの公爵でも、騎士団を派遣しそうにない。
というか、そこまで自分達も暇ではないとか、騎士団自身が反対しそうだ。
下層一つで、大体東京ドーム一つ分ぐらいの広さと思って頂ければ。
まあ、一度も行った事ないんですけどね、東京ドーム。