ここほれワンワン
部屋の間取りというか、基本的にはこの部屋一つだ。
これを区切るとしてまずはリビング、寝室、そして……。
「そうだな、一つは魔術部屋も欲しい……!」
「工房にゃ?」
「そう、それ! 巻物とかあやしげな材料とか壺とか置いてあるの!」
具体的に巻物に何が書いてあるかとか、あやしげな材料って元は何でそもそも何に使うかなんて事は考えない。
とりあえず、まずは形である。
そんな妄想を抱くウノを、バステトはジト目で見、シュテルンは相変わらずであった。
「……てるん、お前の主は魔術が関わると、途端にポンコツ具合が増すのにゃ」
「それもまた、主様の良いところです」
「てるんは、ウノっちが絡むと全力でポンコツなのにゃ」
ウノは妄想を打ち切り、現実に戻った。
他にも必要な部屋は、一応あるにはある。
「ダイニングルームも欲しい。今は上で食べてるけど、何か人が増えたら状況が変わるかもしれないしな」
「まあ、あっていいんじゃないかにゃ。夜食作りとか捗るのにゃ」
何故夜食に縛るのかはいまいち不明だが、小腹が空いた時に適当に何か作れる、というのは悪くない。
それから、とウノは肩に乗るシュテルンを見た。
「シュテルンは、私室は必要か?」
「いえ、無用です。ただそうですね、止まり木と食事用の器の場所があれば。それと恥ずかしながらトイレでしょうか」
「分かった」
確かにそれは、シュテルンと暮らすのならば必要だろう。
キリリとシュテルンは顔を引き締めた。
「新婚家庭を作っている気分です!!」
「ノーコメント」
長年の付き合いから、ウノは完全にスルーした。
「ちなみにペットもいるにゃー」
「ああうん、マルモチは可愛いなあ」
「にゅむう」
足下に寄ってきたスライムは、撫でると小さく鳴いた。
「これまた全力するーされたのにゃ!?」
「俺は幼女をペットにする趣味はねえよ!?」
まるで自分が極悪人みたいな評判が、生じそうであった。
「そもそもペットとしての立ち位置も、私は手放す気はありません」
「てるん、超欲張りなのにゃ!! ウノっち四天王第一の僕、強欲のシュテルンなのにゃ!!」
「おい、他の三人が気になるけど、聞いてもロクでもない事になりそうだから聞かないぞ」
しかもシュテルンはスピードファイターであり、初っ端にやられるかませのパワー系ではないのである。
雑談を切り上げ、ウノは部屋の事に意識を戻した。
「それにしたって、部屋の種類って意外に思いつかないモノだな」
何せ貧民街にいた頃は、寝床だけといってもよい家だったのだ。
他にどんな部屋が必要かなんて、まるで想像も出来なかった。
「物置は用意しといた方がよいにゃ。クローゼットは寝室かにゃあ」
「仕事部屋……主様の本業は、現在冒険者なのですよね。では、装備品などを置ける場所があった方が良いのではないでしょうか」
「……よくもまあ二人とも、そんなスラスラと思いつくな。というか俺の頭が悪いのか?」
言われてみれば、どちらも欲しい部屋だ。
ウノが己の頭の出来に悩んでいると、シュテルンが首を横に振った。
「主様は欲が少なすぎです。部屋なんて有り余るほどなのですから、もっと無駄遣いをしてもよいのですよ。そう、例えば食料庫とか」
「俺とシュテルンだけじゃ、しれてるだろ」
別に、それはダイニングで充分じゃないかとウノは思う。
「それでもです。何となく牛の丸焼きを食べたくなった時、食料庫から取り出せれば便利ではないですか」
「例えが極端すぎる!?」
何となく牛の丸焼きを食べたいなどと思う日が、いつか来るのだろうか。
「にゃー、後はウノっち用の浴室とトイレは必須だと思うにゃ」
浴室に関しては、最悪上層の瓶型風呂でも充分ではある。
その一方で、ここに風呂があるならわざわざ上層に行く必要もなくなり、それはそれで欲しいかなとウノは悩んだ。
何にしろ、トイレについては、先に構想があった。
「左右の小部屋の片方はトイレにしようと思ってる……けど、浴室もそっちでいいかな」
ウノは小部屋の様子を確かめようと、『東』の小部屋に向かった。
歩きながら、ふと鼻に妙な感覚が伝わってきた。
「衛生という概念を考えると、どちらでも正解のような気がしますね……主様?」
シュテルンも、ウノの様子に気がついたようだ。
だが、ウノは構わず感覚に身を委ね、『東』の小部屋に足を踏み入れていた。
小部屋は、今ウノ達がいる部屋よりも若干小さい……が、それでもトイレに使うには、広すぎた。
逆にプレッシャーで、出るモノも出なくなってしまうかもしれない。
……ウノはしゃがみ込み、小さく鼻を鳴らした。
「何か、地面から水の臭いがする」
「さすがです、主様。その嗅覚は、地中の水すら探し当ててしまうのですね」
「……いや、俺自身何が何だかよく分からないんだけど、急に分かるようになったというか」
少なくとも前に訪れた時は、こんな事はなかった。
何故、分かるようになったのか、ウノにもよく分からないのだ。
代わりに答えたのはバステトだった。
「それは『犬の灰』の副次的な効果だにゃあ。かの伝承に登場する犬は、地面から宝を探し当てるのにゃ」
「つまり、灰を浴びた俺は、その犬と同じ力を得ているって事か?」
ウノの疑問に、バステトはコテンと首を傾げた。
「浴びる以前に作る時から関わってるにゃ。まあどっちかというと、伝承が法則と化しているのかにゃ。つまり『犬種は、地中の宝を探り当てる力を持つ。ただし、時々ゴミ』『犬の灰は花を咲かせる』とかにゃ」
「待って下さい。今、時々ゴミとか言いましたか」
「そういう事もあるのにゃ。まあ、何にしろ人間ダウジングみたいなもんにゃ」
「……せっかく道具買ったのになあ」
ウノは残念に思いながら、天井を見上げた。
ダウジング用のペンデュラムや杖は、上層のゴブリン達に預けているのだ。
「まあ、いいや。大体この辺かな」
ストレートに掘るつもりはない。
魔力を腕から通して、抉るように深くまで貫く予定だ。
水源があるのならば、ここに浴室も作れるかもしれない。
「待って下さい、主様」
しかし、そんなウノの考えは、シュテルンに止められた。
「ん、どうしたシュテルン」
「ちょっと想像してみて下さい。ここで、地面から本当に水が出た場合……部屋が水浸しになります」
「にゃっ!?」
「しまった、それは盲点だった!!」
シュテルンの超正論に、バステトは飛び上がり、ウノも不覚と己の額を叩いた。
「最低でも、排水に関して何らかの準備が出来てからの方が良いかと思います。ダンジョン内の井戸とは、訳が違いますから」
ダンジョン内の井戸は、かつてここに住んでいた者が使っていたモノだ。
ならば下にもし水源が残っていたとして、井戸が溢れるほど元気には湧いてこないだろう。
何故なら、過去の住人が井戸を『この深さなら大丈夫』と断じて、作ったのだ。
逆に溢れたら、おかしいなとかつての住人達は思うに違いない。
何にしろ、今、ここで地面を掘って水を流すのはよくないというのが、シュテルンの主張だ。
「んー、そうか、残念だけどそいつは保留だな」
ウノもそれを聞き入れ、ここの改造を諦めた。
全員揃って小部屋を出て、ウノの私室に戻った。
『東』に風呂は断念したが、ずっとではない。
排水問題が解決すれば、手を入れられるのだ。
「何にしろ、大体の形に関しては固まったか」
ウノはまとめに入ろうとした……ところで、バステトが真面目な顔で手を上げた。
「そういえば肝心な事を言い忘れてたにゃ」
「……なんだよ」
こういう時のバステトは読み辛い。
本当に深刻な状況が何かあるのか、単にふざけているのか。
今回はどっちなのか。
「ウチキの場合、トイレはアレを使うか、それとも砂を用意してもらうか、悩むところにゃ」
本人的には重要だが、ウノ的には後者だった。
「それはどうでもいいよ! っていうかお前もマジでこの部屋に住む気かよ!?」
「にゃあにゃあ。下層の神殿ではお仕事モードなのにゃ。ダラリとした空間がウチキも欲しい……そうにゃ、コタツが欲しいにゃ!! みかんもにゃ!!」
「俺の部屋が神に侵食される!?」
一柱盛り上がるバステトに、ウノは絶叫したのだった。