ウノの居住区
すごく今更ですが、ある意味この物語の中核的な部分の話題です。
「さて、久々に部屋の整理をするか」
なんて言うウノの声が響くのは、自分の居住区だ。
ここはほぼ正方形に近いので正確とは言い難いが、広さは城下町にいた頃、冒険者の仕事として一度だけ入ったことがある高級ホテルの大ホールぐらいだろうか。
普通に訓練場レベルだ。
高さもそれなりで、シュテルンが全力で飛ぶには少々物足りないモノの、周遊する分には不自由はない。
左右には小部屋――それでも相当に広い――があり、片方はトイレにしようと考えている。
何にしろ、そんなだだっ広い空間に、ウノとシュテルンはいた。
他に、ウィル・オー・ウィスプと合体して明るい光を放つスライムが数体、壁や天井に張り付いており、部屋の明るさは通路よりもずっとある。
部屋の中央には、村の廃屋で手に入れて修理したソファやテーブルがポツンと置かれている。
ただ、周囲に何もないので、かなり寂しい印象を受ける。
この辺りもどうにかしたいなと思う、ウノであった。
「ううっ、私に手があればお手伝い出来るのですが」
ウノの肩の上で、鷹のシュテルンが項垂れる。
「まあいいって。シュテルンは狩りや見張りで充分役に立ってるだろ」
「恐縮です」
「ま、整理といっても家具のちゃんとした配置や、道具の置いてくだけだし。いつも通りいつも通り」
というか、他にすることが思いつかないのだ。
家具も増やしたいのだが、こればかりはウノ個人の力ではなかなか難しい。
テノエマ村には家具職人はいないらしいし、入手するには外貨が必要、さらにここまで運搬しなければならない。
「それにしても随分と、この部屋も良くなってきましたね」
そう、悩みは多いが、住む分にはずいぶんと楽になってきている。
あとはこの、どんよりと澱んだ空気を何とか出来さえすればといった具合だ。
それさえ解決すれば、すぐにでもここを寝床にするウノであった。
今はまだ……ここに来てから結構経つにも関わらず、ゴブリン達との雑魚寝暮らしを過ごしているのだ。
「少なくとも、貧民街の頃に比べれば広さは間違いなく改善されてる。アレはアレで、機能的ではあったんだけどな」
「……お言葉ですが、あらゆるモノが手の届く範囲にある寝床というのは、世間一般では『恐ろしく狭い』に該当すると思うのです、主様」
「まあ、逆にここはちょっと広すぎるぐらいだよな」
「かえって戸惑ってしまいますね」
それもまた、悩みの種だ。
ただ、住むのに不適格かどうかという問題になると、「狭いよりは広いに越したことはない」というシンプルな答えが既に頭の中にあるので、これは贅沢な悩みと言うべきだろう。
「にゃあ、今から別の部屋に変えるかにゃ? 空き部屋なら中層には有り余ってるのにゃ」
比喩抜きで瞬間移動でもしてきたのだろう。
唐突に、バステトが出現し、会話に参戦してきた……が、この神にはよくある事なので、ウノもシュテルンも特に驚く事なく、話を続けた。
「いや、ここでいいよ。上層へも、楽に行けるし」
そうは言っても、『参道』を通ってグルッと回り込む必要はあるのだが。
個人的には『南』の壁の一部をぶち抜けば、すぐ目の前が上層に向かう階段なのだが、それには抵抗がある。
壁を壊すのが嫌なのではなく、地下なので迂闊に穴を空けると強度に不安があるからだ。
土木や鍛冶に強い種族、山妖精でもいれば話は違うのだろうが、いないモノはしょうがない。
そうした些細な不満はあるが、それでも近いことは近い。
「余所の世界風に言えば、駅チカなのにゃ。コンビニまで歩いて三〇秒とも言うのにゃ」
「ごめん、意味が分からん」
「むしろ分かられたら大変だにゃあ……んー、でもお店が近いと、生活は楽にゃ?」
つまり、エキチカとかコンビニというのは店なのか?
そんな事を考え、ウノは首を傾げる。
「そりゃそうだけど、こんなダンジョンに店構える物好きなんていないだろ」
「それは……」
「どうかにゃあ?」
ウノとしてはごく当たり前の事を言ったつもりなのに、何故かシュテルンとバステト、二人が小さく唸った。
「え、何でこの二人が同じ反応すんの?」
「部屋は有り余っています。おまけにここは一本筋から外れている形になりますが、いわゆる下層の神殿への『参道』も目の前です。……主様の許可次第で、お店が並びますよ? 通路幅が一〇メルトほどありますから、露店や屋台なら余裕で可能です。大部屋なら資材さえあれば、それなりの建物だって可能です」
「土産物屋にゃあ。神様が直接祝福したお守りとか、超売れるのにゃ」
「神の赤ワインも、一日五本限定程度ならいけるでしょう。黒山羊の串焼きや、トウモロコシも出来上がれば売り物になるのではないでしょうか。もちろん場所代は頂きます」
「待って君達、このダンジョンはどういう方向に進んでいるんだ」
やけに具体的な商品名やらが出てきて、ウノは冷や汗を流しながら二人を制止した。
「もちろん、主様が快適に暮らすための生活空間です。その為のダンジョンの購入だったはずです」
「シュテルンは、忘れていないで何よりだ」
その割には妙に乗り気に見えたが。
「当然です。ただ、空間を持て余しているのもまた事実。有効活用出来るに越した事はないと、私は思います」
キラリン☆ と眼鏡を光らせる、やり手秘書風のシュテルンである。
「まあ、そりゃそうなんだけど、とりあえずまずはこの部屋の事を考えようぜ」
ダンジョン全体の構想なんて話は、上層ですればいい。
今は、ここに部屋の間取りと家財道具の整理を考えに来ているのだ。
「ここはリビングにゃー。パーティーでも開けそうな広さだけどにゃ」
「若干広いとは、俺も思う……いや、かなり、だな」
この空間のど真ん中で寛げるかというと、それはちょっとないなとウノも否定してしまう。
「いきなり持て余しているのにゃ。しょうがないにゃあ、ウチキがアドバイスをしてあげるのにゃ。仕切りを作ればいいのにゃよ」
「仕切り?」
「パーティーションにゃ。まあ、薄くて持ち上げられるレベルの壁とでも言えばいいのかにゃあ」
「つまり、この大きな部屋をさらに細かく分割するという訳ですか」
「細かく分割しても、貴族のお部屋クラスなのにゃ。中央にリビングを据えるとして、九つぐらいには楽に分けられるのにゃ。マルバツゲーム的区切りにゃ。ブース形式にするのも悪くないのにゃあ」
「言われてみれば、それでも確かに広いな」
試しに頭の中で、床に線を引いてみた。
リビング一つ取っても、大きめの酒場ほどのスペースがある。
充分贅沢な使い方だ。
「後は目的別に、部屋を分ければいいにゃ。奥に寝室は確定だと思うにゃ?」
シュテルンとバステトが乗りに乗っています。
部屋の広さとか伝わりづらかったらすみません、テレビに出てくる高級ホテルのパーティー会場とかイメージして下さい。大体あれぐらい。
この内容のまま、続きます。