草木の神とそのしもべ
ダンジョン下層の神殿では、ここ最近、人気が途絶えた事がない。
大抵、グリューネやゼリューンヌィ、もしくはコボルトかオークの神官や信者がいる。
彼らはダンジョン中層、下層にほど近い一角に居住区を設け、何となく交代で下層に常駐するようになったのだ。
基本ウノは、自分達以外が住む事には反対している――許すとキリがないからである――のだが、このダンジョン内の作業に関わる者は例外として認めていた。
入り口の警備を務めるゼリューンヌィ達やユリン、ラファルがまさしくそれであるし、下層の世話をしてくれる者達を排除するほど、ウノも狭量ではない。
なお、手機織機で旗を作成しているコボルト達は、仲間と一緒に暮らす事を希望し、外のテントからの通いである。
そしてこの日、新たなダンジョンの住人が加わる事となった。
ダンジョン下層にある巨大な台形祭壇の上部『本祭壇』。
イーリスは、自宅から持ち出せた数少ない家財の一つ、タナマフタルの神像をそこに捧げ、祈りの言葉を紡いだ。
……しばらくすると天井から緩やかに光の柱が降り立ち、やがてその光が収まると、そこには小さな鉢植えが残っていた。
鉢植えには、土からちょこんと上半身を生やした、白く可憐な花の精がいた。
大きさは鉢植え込みで、三〇セントメルト程だろうか。
頭の部分が花弁となっており、さながら冠のようになっている。
パッと見た感じ、人で言えば五、六歳ぐらいの幼い娘のようだ。
「こんにちは! 貴方がわたしを顕現させてくれたんですね。ありがとうございます!」
明るい笑みを浮かべ、花の精は祈りを込めていたイーリスにお辞儀をする。
それに対し、顔を上げたイーリスもまた笑顔だった。
「いえ、私はただ祈りを捧げただけですから。こちらこそ、お会い出来て光栄です、タナマフタル様」
ニコニコ。
静謐な祭壇にも関わらず、何だかこの二者の間だけ陽光が照らしているような明るさがあった。
この祭壇に同席しているのは、ウノとバステトだ。
いつもウノと一緒にいるシュテルンは、食事を獲るため、今は森に出ている。
「タネ・マフタは草木の神にゃ。ただ、ウチキらと違ってああいう形で顕現しちゃったから、自力で歩けないにゃあ」
その代わり、最初からある程度人型だけどにゃ、とバステトは付け加える。
「イーリスさん、運んでもらえますか?」
タナマフタル――タネ・マフタが小さな両手を、イーリスに伸ばした。
「喜んで」
イーリスもそれに応え、タネ・マフタの鉢植えを持ち上げると、胸元に抱え込んだ。
「ウノさん、中庭にこの方を植えたいと思うのですが、よろしいですか?」
「もちろん。でも雨が降ったらどうするんだ?」
「樹にとって雨は恵みですよ。むしろ望むところです」
「私も特に気にする事はありませんが、やはり書物の保存や薬の調合を考えますと、家屋は欲しいですね」
「ああ、約束通り丘の家は解体して持ってくる……けど、しばらくは中層の適当な部屋か、上層で俺達と暮らすかって所かな。まあ、神様と一緒がいいなら、仮設のテントも用意出来るけど」
「では、テントで。タナマフタル様の傍で暮らしたいと思います」
「分かった。ゼリュ――ウチの者に頼んでおこう。今日中には出来ると思う」
「ありがとうございます。それでは、中庭に案内してもらえますか?」
ウノは頷き、イーリスたちを中庭へ連れて行く事にした。
「これは……」
イーリスは、胸元のタネ・マフタと共に、荒涼とした中庭を見渡した。
今はまだ、ほんの少しだけ雑草が生えただけの、ただただ何もない荒地である。
「どうだ? 本当に何にもないけど、何とかなりそうか?」
イーリスは一度、タネ・マフタの鉢植えを下に降ろすと、自身も地面に手を当てた。
「そうですね、緑の気が乏しいですが、ないという訳ではないようですし……一応地中には水の気もありますね。手を入れれば、よい庭園になると思いますよ」
イーリスは、アルラウネという種しての能力なのか、草木や水の気を探る事が出来るらしい。
それによれば、見込みはあるようだ。
ウノとしては最初からやる気ではあったが、植物の専門家からの保証がもらえると、やはりホッとしてしまう。
「わたしも悪くない場所だと思いますよ。イーリスさん、わたしを植える場所を決めましょう。日の当たる場所がよいですね」
「じゃあ、中央付近でしょうか。全体が見渡せますよ」
「はい」
タネ・マフタをその僕が再び抱え、そんな事を話しながら、中庭の中央へと歩き始める。
どんどん進む一人と一柱に、ウノとバステトもついて行くだけだ。
すると、タネ・マフタはウノを見て、何かを求めるように両手を伸ばしてきた。
「あと家畜を飼うそうですが、牛がよいですよ。牛です。美味しいお肉が食べられるようになりますよ」
まさかの家畜推しであった。
キラキラと、大きな目を輝かせている。
「……なあ神様よ。イーリスが抱えてる神様って、草木の神様なんだよな?」
ウノの指摘に、頬から一筋汗を垂らしながら、バステトは目を逸らした。
「……異なる世界では、ニュージーランドっていう、畜産が盛んな国の神様なのにゃ。多分、美味しい牛乳とかチーズも食べられるようになるのにゃ」
そこでふと、バステトが足を止めた。
そして何かを思い出したように、両手を叩いた。
「牛と言えば、イシュタルにゃあ」
「そういえば、そうですね」
「じゃあ、呼んでみるにゃ。元々家畜担当の予定だし、ちょうどよいのにゃ」
ペチコン、とバステトが再び手を叩いた。
すると、何かの肉を咥えたイシュタルが、突如出現した。
「ちょ、何なのよ。こっちは下僕達と食事中だってのに」
どうやらバステトが、ダンジョンの入り口付近で信者と親睦を深めていたイシュタルを、空間転移させたようだ。
だが、雌ライオンの抗議などガン無視して、バステトとタネ・マフタは自分達の思いつきを説明した。
イシュタルの持っている牛は『天の雄牛』と呼ばれるぐらいなので、とても美味しいと思う。なので、ここで飼わないかという内容だ。
みんなでバーベキューだ!
「どうでしょうか、イシュタル。駄目ですか?」
「駄目に決まってるでしょ!? 天の雄牛を食べるとか、どんだけ贅沢な食生活を送る気なのよ、ここの連中!? 父さんにぶっ殺されちゃうわよ!!」
メチャクチャ焦るイシュタルであった。
どうやら父親のペットらしい。
それはさすがにまずいだろうなあと、ウノも思う。
はぁ……とイシュタルは疲れたようなため息をついた。
「一応、ここの森ではカッパーオックスって言う、雄牛のモンスターが何頭かいるっぽいから、それで我慢して」
「分かりました。ん、この辺りがよいですね」
特に残念な様子もなく、タネ・マフタはイーリスの足を止めさせた。
話している間に、ウノ達は中庭の中央近くに到着していた。
ウノが腰の十手で地面を浅く掘り、そこにイーリスが鉢植えごとその地面にタネ・マフタを入れる。鉢植えはタネ・マフタの身体の一部のようで、地面に入れればそのまま彼女が分解するのだという。
そして、地面にタネ・マフタが生えた状態になり、彼女は両手を地面にまばらに生えていた雑草に当てた。
その直後。
ズワッ……!!」
タネ・マフタを中心に、半径二メルトほどの地面に、一斉に雑草が生えた。
「うお……っ!?」
思わず、ウノは飛び上がった。
「まあ、今はこの程度が精一杯ですね。イーリスさん、ここを緑でいっぱいにするため、頑張りましょう!」
「お任せ下さい、タナマフタル様。緑があればそれを増やせるという事は……ちょっと森の中で幾種類か採取した方がよさそうですね。ウノさん、護衛をお願い出来ますか?」
「ん、ウチにはそれなりに腕がよくなってきてるのもいるし、オーク連中も使えると思う。でも、何となくラファルが一番いいような気もするな」
本当に何となくだが、ウノには、元気に駆け回る仔狼と逆にあまり動かなそうなイーリスの相性は、とてもよさそうな予感がした。
「ちなみにターニャ、分かってると思うけど現世では全力は出せないにゃ。ウチキもこの姿がリミットだにゃ」
「分かっていますよ。わたし達が本気を出せば大変なことになってしまいますし」
「そうにゃー。ターニャがガチ成長したら、この中庭の日当たりが、よくなくなっちゃうのにゃ」
「……どういう事だよ?」
何だか物騒な事を話している神々に、ウノは割り込んでみた。
「仮にも神の樹にゃ。神としての力を十全に発揮したら、この中庭どころか森を覆うレベルの巨木になるのにゃ」
「それは……えらい事だな」
ウノと目が合い、タネ・マフタはニッコリとやはり明るい笑顔を浮かべる。
こうしてみると、普通の(?)花の精だが、やはり神の一柱なのだ。
ともあれ、こうして新たなダンジョンの住人が、一人と一柱増えたのだった。
「さて、次はナリーの爺さん達だな」
「にゃあ」
ウノとバステトは中庭の斜面の一角に視線をやった。
そこでは、何人かの老人とグリューネが、適当な大きな石を椅子に、話をしていた。
神様ちゃんぽんにも程があるという気もしますが、最早今更です。