イーリスの今後について
ハッスは、城下町オーシンの裁判所へと送られる事となった。
理由の第一は、この村で沙汰を下す人物が肉親、つまりフローンスであり、甘すぎても駄目だし厳しすぎても駄目な処分を下す事が困難だったからだ。
もう一つの理由として、事が強盗事件と村で扱うには大きすぎた。
しかも、イーリスでなければ間違いなく死んでおり、それを抜きにしても放火未遂である。
ここまでの事件となると村ではなく、やはりもっと大きく公平な『裁判所』でハッスの処分を決定してもらうのが妥当だろうというのがフローンスの判断であり、村の幹部達も異議を唱えなかった。
「でまあ、城下町の方から事件の詳細を知るために、調査官が派遣されてくると思うんだ。その前に、こっちで簡単に調書を取っておかないか? こういう事は、事件が起こってから早い方がいい」
「詳しいですね、ウノさん」
プレスト神父の疑問に、シュテルンが胸を張った。
「何しろ主様は、オーシンでは衛兵の手伝いもしていましたから」
「そんな威張って言うほどの事じゃない」
そもそも、本職ではないのだ。
「いや、大した物ですよ。そういう事なら、私としてはウノさんにお任せしたい。村長はどう思います?」
プレスト神父が尋ねると、若干気落ちしていたフローンス村長もウノを見て頷いた。
「そうだな、手伝いと言っても少なくとも現場にはいたのだろう? この村でこんな事件――自分の息子が起こしたと思うと情けない限りだが――は初めての事なのだ。ならば、少しでも慣れている者に任せたい」
「今後の糧に、私も同席させて頂きます」
プレスト神父が主張し、これには村長も苦笑いを浮かべた。
「そう何度も事件が起きても困るがな」
「確かに」
小高い丘の上にあるイーリスの家に着いたウノ達は、家の中を覗き込んだ。
「しかしこりゃまた、随分と派手にやったもんだなあ」
床には薬草や液体が散乱し、ベッドも本棚も荒れ放題。
実験用のフラスコやビーカーも破壊され、カーテンもビリビリに破かれていた。
巻物が入っていた樽も倒れてはいたが、おそらくハッスが持ち出したのだろう、中身はない。
「手当たり次第といった感じですね」
「金目のモノを探していたんだろうな。だけど……失礼だけど、そんなモノあるのか、イーリス?」
イーリスの暮らしは、基本的には質素なモノだ。
栄養分を口にすることは出来るが、基本的に植物系モンスターであるアルラウネは太陽の光と水さえあれば、飢え死にすることはない。
ウノはメモを取りながら、ここは必要最低限のモノは揃っているものの、贅沢な品などはまったくないように思えた。
「そうですね、稼いだお金の大半は、稀少な植物や鉱石の取り寄せで消えています。だから、それらが高価と言えば高価です。盗んで行ったのも、そう言ったモノがほとんどでしたね」
「ハッスには目利きの才能があったのか」
「いえ、単純に適当な薬草より、見覚えのないモノの方が珍しいから選んだんじゃないかと」
「なるほど、そういう解釈も筋が通るな」
床には、短刀も落ちていた。
これがハッスがイーリスに振るった凶器なのだろう。
「実際に刺された被害者に聞くのもどうかと思うけど、最初から殺す目的だったのかね?」
「私の主観で避ければそうですね……本来は脅し目的だったのだと思います。ただ、私が抵抗を示したので、やむを得ず……といった所じゃないでしょうか」
「賊を庇っています?」
イーリスの物言いに、シュテルンが疑問を挟んだ。
けれどイーリスは怒るでもなく、微笑みを浮かべたまま、ただ首を振った。
「それは違いますよ、シュテルンさん。ただ、見て感じたモノを話しているだけです。こういう事で嘘をつくと、事実がねじ曲がりますからね」
虚偽の証言は、大抵事件に矛盾を生む。
そうなると、捜査は大抵、無駄にややこしく面倒くさいことになるのだ。
そういう意味では、イーリスの意見は正しい。
「抵抗したというけど、危ないとは思わなかったのか?」
「持ち出そうとしたモノの中には、使いようによってはヒトを死に至らしめたり、病を起こす薬も含まれていたんです。ウチのモノで人が傷つけられたら、たまりませんから」
だから、短刀を突きつけられても、イーリスは家の中のモノを持ち出さないよう抵抗を示した。
予想以上の抵抗だったからか勢い余ってかは分からないが、とにかくハッスは彼女を刺してしまった。
「放火についてはどう思う?」
「証拠の隠滅ですよね。こう言っては何ですが、私の生死はどうでもよかったんだと思います」
「中に、イーリスがいたのに?」
「私がいないと思っていたのかもしれませんよ。私の気配って、生き物は感じ取りにくいみたいなんです」
「そういえば、主様も最初、ここを訪れる時に戸惑っていましたね」
「あー、そういう……」
結局の所、どういうつもりで放火しようとしたのかは、ハッス本人にしか分からない。
が、それでも必要な事なので、ウノはメモにペンを走らせ続ける。
それを書き終え、ウノはペンの尻でこめかみを掻いた。
「ま、とにかく後は取られたモノが何かのリストアップだな。現場は出来るだけ手つかずがいいんだけど……」
「それだと、私の生活が困ってしまいますね。他に行き場もありませんし」
どうしましょう、とイーリスは頬の手を当て、ため息をついた。
なので、ウノは思いついたことを提案してみることにした。
「なら、ウチに来るか」
「はい?」
「いや、元々アンタには協力を求めようとしてたんだよ」
目を瞬かせるイーリスに、ウノはダンジョンの状況を説明した。
中庭を発見したモノの、あったのは盆地状になった荒地。
周囲の斜面は段々畑にするとして、地面には緑を植えたいと思っている。
「はあ、中庭造りですか」
「うん、土と植物の専門家ってなると、俺の知ってる限りではアンタが一番でさ。手伝ってもらえると助かるんだが、どうだろう」
他にも、旨味はある。
薬草の類は誰かが森に狩りに行く際に採取してもらえばいいし、中には広いのでそれらの栽培も可能だ。
これまで以上に、イーリスの魔女としての仕事は捗るだろう。
村の雑貨屋に卸す場合には、冒険者を派遣してもらえばいい。
その辺りの連絡も、神とコンタクトが取れるプレスト神父がいるなら、難しくはないのだ。
「興味深いですね」
「ちなみにこの家を解体して、向こうに持っていく事も出来る。もちろん、事件の後片付けが終わってからになるけれど」
「……主様、破格すぎませんか?」
イーリスが考え込んでいる間に、シュテルンがウノの耳元で囁いてきた。
あまりの景気の良さに、さしものシュテルンも不安になってきたようだ。
「だけど、彼女にはそれだけの価値がある。段々畑は、ウチの生命線になるかもしれないんだぞ」
「……確かに、何故かどんどん人口が増えていますからね」
最悪、森で狩るモンスターだけでは足りなくなるかもしれない。
だけど、それでは困る。
森の動植物を狩り尽くしたら、残った荒野でウノはどうやって暮らせばいいのだ。
なので、周辺に住むモンスター達に関しては、生産職にも手をつけて欲しいと思っている。
例を挙げれば、機織り機で織物を作ってもらったり、畑の作物でワインを作るために葡萄を選んだりしているのは、そういう狙いもあるのだ。
それにしても、とウノは思う。
「さっき、ハッスが怒鳴ってたけど、いつの間にかウチは村を作ってる事になってるし。そんなつもり、俺にはまったくないんだぞ?」
「そこは、主様の超カリスマに人々が引きつけられているので、しょうがない所ではあります」
「ねえよそんなカリスマ!?」
ウノとシュテルンがいつものやりとりをしていると、イーリスはようやく考えがまとまったらしく、顔を上げた。
「お話は分かりました。何にしろ、今日寝る部屋にも困る身ですから、お世話になろうと思います」
「では、連絡は私が、恐れ多い事ながらカムフィス様と行わせて頂きましょう」
プレスト神父が提案し、もちろんウノに断る理由はなかった。
「助かる。あ、そうだ、畑と言えばもう一人、助言が欲しい人がいるんだよな」
「というと?」
「ナリーの爺さんだよ、シュテルン。ほら、死んだ老馬の処分依頼してた。何か困った事があれば言いに来いって言ってただろう? せっかくだから現地で助言をもらえたらいいと思わないか?」