悪意の塊
久しぶりのキャラが登場です。
とにかく急いだ方がいいという事で、ウノがゲンツキホースのカーブを呼び、プレスト神父を乗せて村まで運んだ。
治療出来る人間もいた方がいいだろうと、やや窮屈ではあるが後ろにグリューネも乗せている。
マ・ジェフ達は、後で追いつくという。
魔女のイーリスは丘の家ではなく、教会に運ばれたらしいので、そちらに飛び込んだ。
教会の前は騒然としており、野次馬達を村の門番が押しとどめている。
ウノがカーブを止めると、プレスト神父は飛び降りて、教会内に駆け込んだ。
それに、ウノとシュテルン、グリューネも続く。
「魔女は! イーリスさんはご無事ですか!?」
「大丈夫ですよ~」
「え?」
教会の長椅子が四つ組まれて、臨時のベッドとなっていた。
そして村の女性達に囲まれながら、アルラウネの魔女イーリスは上半身を起こして手を振っていた。
服は以前の緩やかなワンピースではなく、教会の簡素な貫頭衣だ。
「刺されたと聞きましたが……?」
「はい、この辺りを短刀でブッスリと」
イーリスは、左の胸の辺りを指差した。
「心臓じゃないですか!?」
「ええ、本当に危ないところでしたね。私が人間だったら死んでいました」
なるほど、と呆気にとられる神父の後ろでウノは納得した。
植物系モンスターは基本的に打撃、刺突のような攻撃には強く、最も効果的なのは斬撃だ。
それ以上に効くのは、火炎系の攻撃だが。
「そうか、アルラウネだったからこそだな。念のため、ウチで作ってる生命の水飲んどくか? 植物なら効果も分かりやすいと思うんだけど」
緊急事態という事で、カムフィスに頼み探索用の試験管に詰めてもらったモノだ。
「いただき……」
イーリスはそれをウノから受け取ると、コクリと飲み干した。
それまで微笑みを絶やさなかったイーリスが、いきなり真顔になった。
まさか生命の水ではなく、妙な薬品と間違えたのでは?
そんな顔で、プレスト神父が見つめてきたので、ウノは慌てて首を振った。
「ど、どうした?」
「喉を通った瞬間に、山の奥深くを流れる清流を感じました。太陽の光を取り込みかすかな熱を帯びつつも、心地のよい冷たさが全身を駆け巡ります。これは……何と言う事でしょう。染み渡る……いえ、むしろ溶けていく感覚。水の成分全てがとてつもない力となっています……!」
これぞ至上……! とばかりに、イーリスが試験管を捧げ持つ。
「……トリップしちまった」
――グルメ漫画にゃあ。精神世界的には半裸でヘヴン状態なのにゃ。
そんなバステトの神託が、頭に響いてきた。
「意味はよく分からないけどまあ、神の水だから天国で間違っちゃいないんだろうな」
「さすがは、カムフィス様……!」
さもありなん、とプレスト神父もしきりに頷いている。
「ボ、ボクもちりょうする!」
ここまで来た手前、仕事はするとグリューネがイーリスの前に立つ。
猪骨の面を被ったゴブリンに、周囲の女性陣が驚くが、舌っ足らずな口調に子供かと安堵したようだ。
祝詞を唱え、グリューネがイーリスに回復魔術を施す。
……まあ、ダメージはほとんどないようだけど、刺された傷はあるだろうから、無駄ではないのだろう。
「ああ、ありがとうございます。回復魔術の使い手なのですね」
「ごぶ……緑色だけど、ボク達とちがう?」
「そうですねえ。でも、似たもの同士、仲良くなれるといいですねえ」
スイと手を伸ばし、イーリスは杖を持つグリューネの手と自分のそれを重ねた。
戸惑うグリューネに構わず、仲良しと握手をする。
「とりあえず、命は無事なんだな? って聞くのも、変な気分なんだけど」
「はい、問題ありません。お手数とご心配をお掛けしました」
頭を下げるイーリスに、プレスト神父は首を振った。
「とんでもない。貴方は被害者なのですから、謝る必要なんてないんですよ」
「むしろ賊の方が謝るべきだ。犯人は分かるか?」
ウノの問いに、グリューネの手を握ったままイーリスは答える。
「犯人は分かりませんけど、居場所は分かりますよ」
「潜伏している場所が分かるのか」
「いえ、潜伏はしていません。捕縛してあります」
「……え?」
今度はさすがに、プレスト神父だけではなくウノも呆気にとられた。
犯人は村はずれの畑の中にいた。
両手両足胴に首。
それらに麦が巻き付き、完全に身動きを取れなくしていた。
イーリスの家から奪い取った高価そうな鉱石や薬の類は、周辺に散らばっていた。
事件が起こってから数時間が経過していたにも関わらず、犯人は元気であったらしい。
拘束していた麦を、村の屈強な男達が鎌で刈り、犯人は村の広場に連行された。
村人達は広場に集まり、犯人を取り囲んだ。
これでもう、逃げる事は不可能だ。
「畜生、離せ! 離せよ!!」
騒然とした広場の中心で、ロープで拘束されている賊の正体は、元自警団団長のハッスだった。
彼は更正のため、取り巻き共々隣町の大農場に送られていたはずだが、どうやら脱走したらしい。
そして、手っ取り早く行動の資金を得るため、村からやや離れた場所にあるイーリスの家に押し込み強盗に入ったのだという。
刺したはいいもののイーリスは死なないし、それに怯えて逃げたら今度は雑草やら麦やらが伸びてきて襲ってくるわで、最終的には捕まった……という流れであった。
そのハッスは、髪を振り乱し、どんよりとした目をイーリスに向けていた。
「テメエ、よくもハメやがったなこの化物!! なんで心臓ぶっ刺して生きてんだよ!!」
「殺意の証明」
ウノが呟く。
「せっかく人間様がテメエの作ったモノを有効活用してやろうってんだから、大人しく渡しゃあよかったんだよ! それを亜人が生意気に抵抗なんてしやがって!!」
「不法侵入と強盗ですね」
肩に留まったシュテルンが、ウノに続いた。
「お前らもお前らだこの馬鹿共!! 何でこんな緑色の化物を村に置いてるんだよ! 畜生、家ごとさっさと焼いちまえばよかったんだ!」
「殺害予告かな」
「でなければ、脅迫でしょうか」
「あと放火未遂もトッピングでつくな」
村人達に八つ当たり気味にわめくハッス。
その発言の一つ一つが、彼の罪状を物語っていた。
ちなみに荒らされたイーリスの家の周囲には油が撒かれていた。
イーリスの家を襲った後、証拠隠滅を計ろうとしたのだろう。
聞こえていたのが、ハッスがウノの方を向いた。
「テメエ犬っころ!! 何澄ました顔で人間様の中に混じってやがる!! 聞いてるぞ、村なんて作りやがって! みんな騙されるな! コイツら亜人共は今は大人しくしちゃあいるが、いずれこの村を滅ぼしに森から出てくるぞ! 今の内にぶち殺すんだ、早く!!」
わめき散らすハッスに、頭のはげ上がった小柄な老人が近づいた。
……かと思うと、その顔を思いっきりぶん殴った。
「がっ……!?」
殴ったのは、この村の村長フローンスだった。
騒然としていた広場が、しんと静まりかえる。
「……もう、それ以上、口を開くな」
「親父……」
鼻血を垂らしながら、ハッスは呆然と父親を見上げていた。
だが、フローンスは彼を一瞥すると、屈強な男達に命じた。
「ウチの地下室に連れて行け。しばらくは、そこで大人しくしてもらう」
ハッスもそれ以上暴れる事はなく、そのまま男達に連行されていった。
もちろんここで終わりはしません。
その後のハッスの沙汰については、次のお話で。