増える住人達
ウノは『第一部屋』で、緑色をしたゴブリン数匹と面談を行っていた。
先日新しく、洞窟の前に仮設テントを建てたゴブリン達ではない。
さらに新しく、やってきたゴブリン達だ。
安全な生活を求め、同族がまとまって暮らしているらしい、この洞窟へとやってきたのだという。
ウノは、深いため息をついた。
「えー、他の奴らにも言ったけど、ダンジョンの中に住まわせる事は出来ない。キリがないからな。
だが、ダンジョンの前は別に俺の所有物じゃないから、好きにすればいい。
近所づきあい的なアドバイスをさせてもらえば、なるべく揉め事のないようにしてもらいたい。
それと違う神を信仰している相手でも、その信仰は尊重する事。
その二点を理解してくれたなら、下層の神殿で神を拝むのは自由にしていい。ただ、警備についているゼリュ……ゴブリン達には顔通しをして、通行証をもらってくれ。それがアイツらの仕事なんでね」
ウノに言えるのは、それだけだ。
別にウノは、彼らの長ではない。
……にも関わらず、ゴブリン達はウノの前に跪いていた。
「ごぶっ……! ごぶぅ……」
ゴブリン達は、両手を頭の上で合わせ、しきりに何かを叫んでいた。
「かんしゃするって言ってる」
同席したグリューネに、ゴブリン達の言葉を通訳してもらう。
他に第一部屋にいるのは、大スライムのブタマンに乗った黒猫耳幼女神のバステト、岩テーブルに留まったシュテルンである。
「……別に、俺に感謝する筋合いのモノでもないんだけどなあ」
「そもそも、ウノっちはNAISEIするつもりとか、全然ないもんにゃあ。さあ、戸籍情報をまた更新する必要があるにゃ!」
スチャッと縁なし眼鏡を整えるバステト。
どこで作ったのかスーツ姿であるが、容姿が容姿なので子供が背伸びをしているようにしか見えない。
まあ、本人は気に入っているのだから、いいのだろう。
「神様は、生き生きしてるな」
「にゃあ、人が増えるのはよい事にゃ。ウチキ達神は、信仰心こそ最大の糧なのにゃ」
「すると、今日からおかずの魚を減らしていいって事か」
冗談半分にウノが言うと、バステトは本気で慌ててブタマンの上で手足をばたつかせた。
「な、ななな、何でそういう事になるかにゃ!? 頑張ってるんにゃから、逆にもっと増やすべきにゃ!」
「うん、まあ食い物の恨みは本当に祟られそうだからな。ノルマ以上の魚が捕れた時は、前向きに考えよう」
「やったにゃ……って、その台詞は大体当てにならない時に使う台詞にゃあ!!」
ゴブリン達との面談が終わり、ウノ達は洞窟を出た。
洞窟前の仮設テントのは、一つ一つが大きく、ゴブリンやコボルトは家族単位で暮らしている。
オークは巨体なので、大体一つにつき一匹である。
ゴブリン達が支柱となる柱を運び、コボルト達は幕となる獣の皮をなめし、オークが設営をする。
そのノウハウも出来つつあるのか、テントを一つを作るのに一時間も掛からなくなっていた。
その数は、現在一〇。
さすがに、洞窟前が開けていると言っても、少々手狭になりつつあった。
ふとウノは、テントの端でモンスター達が固まっているのに気がついた。
狩ったモンスターを解体でもしているのかと思ったら、違った。
コボルトやオーク達の人垣の中に、シートを敷いて並べた商品の説明を行っている商人の姿があったのだ。
「……行商人まで来てるし。っていうか、言葉通じないのにどうやって売る気なんだ?」
「良いではないですか。お陰で、村まで行く手間が省けました。ダウジングツールは売っていますでしょうか」
ウノに先行し、シュテルンが羽ばたいた。
「すげえよな。パッと見、モンスターのプチ集落だぞ。どれだけ商魂逞しいのさ」
「まあ、そこは確かに、普通は躊躇しますよね」
行商人は、ダウジングツールもちゃんと持ち込んでいた。
振り子を用いるタイプで、今はウノの手の中で糸にぶら下がったそれがブラブラと揺れていた。
ウノ達の向かう先は中庭で、その為に今は中層を進んでいた。
洞窟内は相変わらず光るスライム達のお陰で明るく、歩くのにもはや何の不自由もない。
進む先で手を振ってきたのは、野伏姿のマ・ジェフだ。
「うーす、ウノっちてるん」
「繋げんなよ何その新種のモンスターみたいな名前!?」
「胡散臭い貴族のような名前でもありますね」
む、とマ・ジェフは顎に指を当て、感心したように首を傾げた。
「ああ、ウノッチテルン……どうして貴族の名前ってあんなに長いんだろうな」
そのまま何となく、ウノと並んで歩き始める。
「いや、どうでもいいよそんな事。それより今日はどうしたのさ」
「ああ、行商人達と神父の護衛。実に楽な仕事だったよ。っても帰りもあるからまだ半分なんだけどさ」
なるほど、表にいた行商人も、それなりに準備はしていた訳だ。
……いや、元はテノエマ村に行商に来て、目の前の男がここを推したという可能性もあるのかもしれない。
だとすれば、まあ、ありがたい話ではある。
それとは別に、もう一つ気になる名前があった。
「プレスト神父も来てんの?」
「今、下層の神殿で神様に拝謁中。神託で話出来るのに、熱心だよな」
マ・ジェフは苦笑いを浮かべながら、肩を竦めた。
キョトンとシュテルンが、目を瞬かせた。
「……逆に尋ねますが、貴方は神託が使えるからとこちらから、己の神に連絡をしますか?」
「そんな恐れ多い事しないよ!? ……って、あー、そういう事か」
神父の意図を悟り、マ・ジェフは額に手を当てた。
「ま、こっちから神を呼び出すとか恐れ多いよな」
「にゃあ? ウチキはいつでもオッケーにゃ?」
「例外はいるけど」
どこからともなく出現したバステトに、ウノは敢えて突っ込まない。
突っ込まないったら突っ込まないのだ。
「へえ、敬われない神もいるものにゃあ」
「で、あれは今、何してるところ?」
ウノ達の進行方向を、マ・ジェフは指差した。
進む先の小部屋では、オークやコボルトがツルハシやスコップで、地面を掘削していた。
「井戸のあった場所の掘り返し。そこには間違いなく、水源があったはずだろうし、中層で水が使えれば便利だろ?」
最終的にはウノが許可をしたのだが、このダンジョンでの奉仕は神への信仰に繋がると彼らは考えているらしく、自主的に作業を申し出てきたのだ。
しかも実際、その解釈は間違っていない。
ダンジョンがキレイになり、便利になれば、そこに住んでいる神も喜ぶのだから。
「まあ、風通しの問題はまだ未解決なんだけどな」
水を使える環境にすれば、また湿気に悩まされる事になるだろう。
今はミストのお陰で大分解消されてきたが、根本的な解決には到っていなかった。
「風かー。昔、邪教徒って呼ばれてた連中は、湿気はどうしてたんだ? ユーリン知ってんでしょ?」
「ああ、単純な答えを聞いた。『我慢してた』だってさ」
「それはまた、何とも根性のある話だなあ……」
マ・ジェフが遠い目をした。
井戸があった時代というのは三〇〇年前、すなわちユリンが生きていた時代だ。
……ところで何故、バステトとマ・ジェフはユリンの名前を伸ばすのだろうか、ウノにはちょっと謎だった。
「……で、ウノっちは、井戸があるのに水脈探しすんの?」
マ・ジェフはウノが手の中でもてあそんでいる、ペンデュラムに目をつけた。
「これまで通路が水没してた中庭に行けるようになったんだよ。で、荒地だし、草とか農作物を植えようって話になってさ」
「水があれば、土地は潤います。そうですよね、主様」
「それはそれは興味深い。特に何の役にも立てそうにないけど、面白そうだからそこまで同行しよう」
どうやらマ・ジェフは当分暇らしい。
特に断る理由もないので、ウノは別の事を考えた。
「いいけど、ハイタンはどうしたんだ?」
「ゴブリン達に稽古つけてる。みんな、結構腕上がってんじゃん」
「……まー、毎日ユリンと手合わせやってるからな。ウチの裏ボスとやり合ってたら、そりゃ嫌でも強くなるって」
ユリンは今のところ、このダンジョンの中ではトップクラスの強さを誇る。
可変機構を使わなくても、彼女は正統派の騎士剣の使い手だ。
ウノでも勝率は五分五分と言ったところで、彼女についたあだ名が『裏ボス』であった。
「それにしても、ほんのちょっとの間にまた、賑やかになったなあ」
「現在進行形でな……どこまで増えるのか、ちょっと怖いぞ」
井戸を掘るオークやコボルト以外にも、時々モンスター達とすれ違った。
大抵は、何らかの荷を運んだり、空の台車を押していたりしている。
そんな中、向こうから焦った様子で駆けてくる人影があった。
プレスト神父だ。
「あれ、どうしたの神父。トイレか?」
「違います、マ・ジェフさん! すぐに村に戻らないといけなくなりました!」
「お、おう……?」
切羽詰まって迫る神父に、マ・ジェフが気圧される。
これは何やら、本当に尋常ではない事が村で起こったらしい。
「丘の魔女が、押し込み強盗に遭って刺されたんです!!」
「はぁっ!?」
マ・ジェフと一緒にウノも叫んでいた。
前回書き忘れてましたが中庭の形と広さは、イメージ的には国立競技場とかそんな感じです。
客席部分が段々畑っぽくなる訳です。