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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Inspection――検証
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中層:埃と湿気にまみれたメインダンジョン

 上層からの隠し階段を下ると、生ぬるく停滞した空気がウノ達を包んだ。

 当然ながら真っ暗闇であり、松明がなければ鼻をつままれても分からないだろう。

 その松明の範囲も、上より若干狭く感じられるのは、雰囲気(くうき)のせいだろうか。


「……見事に、空気が澱んでるな」

「うえよりしめっぽい……」


 ウノは顔をしかめつつ、ちょっと考える。


「だけど、これは悪くないな」

「湿っぽいのがですか?」


 肩の上のシュテルンが、不思議そうに鳴く。


「違う違う。湿っぽいって事は水気があるって事だろ? という事は、少なくとも何らかの水源は期待出来るって事だ。最悪ただ水はけが悪いだけって線もあるけど、それならそれで雨水を溜める方法を考えればいい」

「なるほど、さすが主様」

「おーおやぶん、すごい。むずかしいこと、いってる」

「そんな褒められるような……って俺大親分かよ!?」

「き、きんぐ?」

「ランクが数段上がった!?」


 ふむ、とシュテルンが生真面目に唸った。


「それもありですね」

「ねえよ!?」


 ウノは、灯りが照らす範囲を見渡す。

 通路幅は上よりさらに広く一〇メルトほど、高さも六メルトぐらいになっている。

 煉瓦で舗装された床や補強された壁、天井の梁等、かなり人の手が入っているようだ。

 また壁面には等間隔でランタンを設置する窪みがあるが、ランタン自体はもう誰かが持ち去ったのだろう、存在しない。

 故に、ウノの持つカンテラ以外の光源は、存在しなかった。


「くらい……」


 少し心細そうに、グリューネはウノに身を寄せた。


「まあ地下だし、入り口が開きっぱなしの上と違って光も差さないからな」

「おーおやぶんのひがきえると、たいへん」

「まあ、俺は夜目が利く方だし、最悪お前の仲間の臭いを辿って上に戻れるけどな」


 ひぅっと、グリューネが息を飲む。


「ボク、もどれない……」

「この真っ暗闇の中で彷徨い続けるのか。大変だな……ってこら、しがみつくな」


 ズボンの右ふくらはぎ部分に両腕でしがみつかれては、大変歩きにくい。

 ウノは軽く振って引き離そうとしたが、グリューネも必死だ。


「そうです。こんな所で好感度をあげるとはあざといですよ」

「そういう発想が出てくるお前が一番あざといよ!?」


 そもそも、猪の骨の仮面を被ったゴブリンにしがみつかれて喜ぶ趣味は、ウノにはない。


「しかし、ここに灯りを点すとなると、かなり大変そうですね。燃料を集めるだけで一苦労でしょう。くっ……私に手があればお手伝いも出来るのに」


 悔しそうにするシュテルンには、手は存在しない。

 鉤爪ならあるのだが、木の枝を拾うのには適していないだろう。

 クチバシで咥えるにも限界がある。


「いや、そこまで悩まなくていいから」

「マッサージをしたり、手料理を振る舞ったり、セーターを編んだりも出来るのに……!」

「オーケー、そろそろその辺にしておいてくれ。地味に重くなってきてる」


 劣化した石柱が崩落したモノだろう、瓦礫の上にウノは腰を下ろした。

 グリューネに灯りを預け、冒険者ギルドで買い取った地図を広げる。

 大雑把な造りは中央と上下左右に大部屋があり、それらが通路で結ばれている。

 大体、正方形に近い形だ。

 各通路でいくつか枝分かれしており、中部屋や小部屋に通じている。


「上へ通じる階段は、右大部屋と下大部屋の間で枝分かれした通路の辺り……右大部屋の方が近いか。ザッと見て、二〇〇メルト四方ってところかな」

「……?」

「グリューネが、ダーッと思いっきり走って、息切れするぐらいの距離だ。まっすぐ進むと左に曲がれるから、同じようにダーッと走って、それを四回繰り返したら、ここに戻ってこれる」


 距離の単位が分からないらしいグリューネに、説明する。


「えっと、うえよりずっとひろい……?」

「通路もな。多分小部屋まで回ったら、半日以上掛かるだろ。いや、それで済めばいい方か」


 部屋数は全部で三〇ほどあった。

 家として利用するには、無駄に過ぎる数である。


「家が大きいのはいい事です」

「大きすぎても困るだろ。掃除するだけで一手間どころか一〇手間ぐらい掛かる。上の部屋一つだけでも、俺達の前の住処の何倍もあったぞ、あれ」

「確かに、手洗いやキッチンが離れすぎていても不便ですね」

「だからまあ、階段近くの一部屋を利用しようと思う……というか、下り階段まで地味に遠いな。いや、ダンジョンだから当たり前か」


 直線にすれば、それほどの距離はない。

 ただ、今ある通路を進むと、曲がり曲がって最短でもやはり二〇〇メルトは掛かりそうなのだ。


「入ってすぐ次の階層では、ダンジョンの意義を問われてしまいますしね」

「こんなひろいの、だれがつくった?」

「お、いい疑問だ。ギルドの報告書によると、ここは昔、邪教徒達の隠れ家だったらしい。詳細は分からないけど、結構な資産家まで関わっていて、この中層を整えて仮の生活の場にしていたって話だ」


 首都の図書館や博物館辺りなら、もうちょっと詳しい資料も残っているかも知れないと、冒険者ギルドの受付嬢は言っていた。

 ただ、手元にないのだから、これ以上は説明のしようがない。

 一方、グリューネは聞き慣れない単語に、首を傾げていた。


「……ちゅーそー?」

「真ん中の層って事だ。上が上層。そして下には下層がある。全三層のダンジョンなんだな、ここは」


 上層は、ほぼ天然の洞窟であり、部屋は三つ。

 一本道で、まず迷いようがない。

 ウノ達が今いる中層は人の手の入った、いわゆる本格的なダンジョンだ。

 とはいえたった一層、規模にしてもウノ達には広いが、世の中、十数層、いやいや一〇〇層をも超えるダンジョンだってあり、周辺に弱いモンスターしかいないここが、初心者向けと呼ばれるのは当然と言えた。

 なお、隠し扉が閉じられていたのは、冒険者ギルドが派遣した冒険者達が、定期的に上層のモンスターを駆除し、同時にモンスターが下へ潜らないようにと封鎖したからである。

 そして、まだ未確認の下層は邪神の祭壇と呼ばれており、その一部屋しかない。

 だから、この中層が実質唯一まともな迷宮と言っても過言ではない。

 邪神崇拝者達は、その存在に気づいた当時、この領地を治めていた領主の騎士団に攻め込まれ、ここを最終防衛ラインとして戦ったという。

 この中層は、彼らの生活の場であり、同時に戦いの舞台でもあった。


「だから、この層は特に人の手が入っている。梁もあるし、壁もレンガで補強されてるだろ」

「床も、人の足で踏みならされているから平坦なのですね」


 肩の上で、シュテルンが短く鳴く。


「お前は別に歩いてないけどな」

「主様の肩の上が、私にとって世界で最も落ち着く場所なのです。故に、荒れた場所とそうでない場所での揺れの違いも、分かります」

「……ねちょねちょ」


 グリューネの呟き通り、足場には粘り気があった。

 妙に足が引っかかる場所と、逆に滑りやすい場所があり、歩くのに難儀してしまう。

 普通に歩くだけでこれなのだ。

 もしも戦闘があったらと、ウノは少しゾッとする。


「堆積した埃と苔だな。水気を少し含んでるから、粘りがあるんだ。……洞窟の換気って、どうすりゃいいんだろうな」

「壁に穴を開ければよいのでは?」

「うかつにそんな真似をしたら、ダンジョン崩落の危機じゃないかなぁ、それ……」


 ウノは、せめて足下の粘りだけでも何とかしたいと思った。


「たからばこっ!?」


 不意に、グリューネが叫んだ。

 指差した先には、大ぶりの箱が倒れていた。


「違います。あれは、箪笥と呼ぶ家具です」

「たんす?」

「衣装を詰め込む箱ですね。ただ、見事に中身がぶちまけられていますが」


 ウノは使い物になるかどうか確かめ、すぐに諦めた。

 湿気を吸って相当脆くなっているし、これは無理だ。


「……無事だったモノは、みんな冒険者に運び出されて売り払われただろうなあ。あ、そこ気をつけろよ」

「う?」

「落とし穴ですよ」


 ピタッと足を止めたグリューネに、シュテルンが指摘する。

 数メルト先の通路に、ポッカリと穴が空いていた。

 これも戦いの名残なのだろう。

 のぞき込んでみると、逆さになった槍が何本も生えていた。

 槍先は錆びていたが、それはそれで刺されば痛そうだ。


「他にも罠の名残はあるけど……まあ、大体解除されて使い物にならないな」

「とびらも、こわされてる」

「色々、修繕が必要そうだ」


 小部屋、中部屋には、ところどころに暖炉や棚の残骸らしきモノが残っていた。

 演劇場みたいに広い大部屋にはそういったモノはなかったが、確かにこの広さは生活には不向きだ。おそらく、集会や訓練に使用されていたのだろう。

 雑談しながらなので気が紛れたお陰か、しばらくして三人は幅の広い下り階段の前に到達した。

 十人ぐらいは並んで下れそうだ。


「さっきの壁をぶち抜く話だけど、地図で言えばここから右斜め下に数枚破れば、上へ向かう階段になるんだよ」

「いがいに、ちかい?」

「ショートカットすればな。多分、直線距離だと三分もかからない」

「一つの家で、歩いて三分というのも、どこの貴族様のお屋敷ですかという感じですが。そう考えると、贅沢な買い物をしましたね」

「大幅なリフォームが必要だけどな。さて、いよいよ下層だ。……今のところ、下に用事なんて特にないんだけど、そこだけ何にも手をつけないって訳にもいかないだろうしなぁ」


 下層への階段に足を踏み入れながら、ウノは中層の問題をまとめてみる。


 まずは暗さ。

 上層の夜もおそらくそうだろうが、中層は昼でもこれだ。

 光源が必要だ……一応、灯り用の設備はあるにしても、油がなければどうにもならない。


 それに、地面に堆積した重い埃。

 つまり、大掃除が必要となる。

 壊れて使い物にならなくなった家具類も、廃棄しなければならないだろう。


 さらに、廃棄された家具や解除された罠の数々の運び出し。

 まあ、これは人手があればいいだけの話……なのだが、数と大きさと重さを考えると、ウノとゴブリン達だけでは長期戦になる事は否めない。


 そして最大の問題は、やはり広すぎることだ。

 何とも贅沢な悩みではあるが、上層にモンスターの方が潜り込んでくる可能性が高いことを考えると、やはり住む場所はこの層が最も適している。

 いや、下層はまだ確認していないが……地図通りの場所ならば、おそらくシュテルンの言う所である『屋根付きの野宿』になってしまう線が強い。

 大部屋ですら広すぎるのだ。

 中部屋のどこかを住処に決めよう。

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