中庭開放に向けての方針
通路を潜り抜けた先にあったのは、荒地だった。
大小の石が転がる乾いた大地に、まばらに雑草が散らばっている。
「こりゃあ、また……」
「何にもありませんね、主様」
コメントに困るウノ達だった。
ウノ達の背後は緩やかにせり上がった斜面になっており、この斜面は周囲を大きく一周している。
登る事は出来そうだが、かなり体力を使いそうだ。
何となくウノの頭に浮かんだのは、休火山の火口だった。
……いや、それだといつか噴火しそうで怖いが。
平地の部分は相当に広く、ダンジョンの下層と同等かそれ以上ではないだろうか。
テノエマ村ならそのままスッポリ収まりそうだ。
「シュテルン、空から見てくれ。全体を確認したい」
「承知しました」
ウノの肩から、シュテルンが飛び立ち、あっという間に高度を取った。
「ここは、かつての中庭だにゃあ。今と同じ、特に何もない場所だったけど、もうちょっと緑はあったにゃあ」
つまり三〇〇年の間、誰も手をつけなかった結果、ただでさえ殺風景だった場所が完全に寂れたという事か。
「ふん、こうまで殺風景だとお茶会も開けないわね」
小さな雌ライオンのイシュタルが、鼻を鳴らす。
ついてきた他の面々も、途方に暮れているようだ。
いや、仔狼のラファル、トラップスパイダーのハツネや鎖キャタピラーのタンクなどは既に飛び出し、興味深げに駆け回っているが。
やがて、空からシュテルンが戻ってきた。
軽く羽ばたき、ウノの肩に再び落ち着く。
「主様、やはりここはどうやら盆地のようになっているようです。端的に言えば、森の西にある絶壁の向こう側ですね。モンスターはいません。ただし、空を飛べるタイプのモノについては、保証しかねますが……主様?」
「よし、いいぞ」
「はい?」
何にも無い荒地というのは、ウノにとっては好都合だった。
それはつまり何にでもする事が出来るという事なのだから。
「センテオトル。これまでの懸念材要だった、畑の敷地が見つかったじゃないか。それに、家畜も育てられるぞ」
「にゃー、言われてみればお誂え向きだにゃあ」
バステトが感心しながら、大スライムのブタマンの上で転がる。
洞窟の前には、多少広いスペースがあるモノの、今はオークやコボルト達の仮設テントがあるし、それを抜きにしても家畜を養うには少々手狭だ。
それは、畑に関しても同じ事が言えた。
自分の活躍の場が限られていた事に地味に不満があったらしく、ゴブリン達の神であるセンテオトルも乗り気のようだ。
「スペースを有効活用する為に、段々畑にするのはどうかな? 作るのは大変だけど、平地は貴重だと思うんだっ!」
斜面は絶壁だが、岩ではなくやや堅めの土のようで、畑の土台を作る事は可能のようだ。
そう考えれば、広大な畑を作れる……が、もちろんその分、土台作りに時間が掛かるという意味でもある。
「強い土系の魔術を使える奴がいれば、楽なんだけどにゃあ」
ブタマンの上にうつぶせに寝転がり、バステトは足をパタパタさせる。
「生活魔術じゃ足りないか」
「全然駄目だにゃ。効率を考えると、ツルハシと鍬を使った方がずっと手っ取り早いにゃ。それより段々畑って意味、分かってるにゃ?」
「要するに斜面を階段みたいにして、そこに畑を作るって事だろ? いいんじゃないか?」
「あっさりしてるにゃあ」
「斜面を利用するなんて、俺には思いつかなかったからな。それでセンテオトル、トウモロコシは作るのは確定として、他に何か作る予定はあるのか?」
「他にも色々出せるよ?」
おや、とウノは思った。
ウノとしては、他の作物は村で種なり苗なりを買うつもりでいたのだ。
しかしトウモロコシの神であるセンテオトルは、他のモノも出せるという。
「というと?」
「葡萄にキウイにメロンとか」
センテオトルの挙げた作物に、何故かバステトがブタマンから滑り落ちた。
「……い、いやちょっと待つにゃ。そのラインナップは……」
「あとヨモツヘグリとかっ」
「絶対やめるにゃ!?」
「勘弁してよ!?」
「有害物質じゃないですか!!」
「それは、ちょっとどないやろなぁ」
センテオトル以外の神が、全員突っ込んだ。
「え、ヤバいのか?」
「あの世の食い物にゃ。食ったら向こう側の住人になっちゃうのにゃ」
あの世というのは死者の国という事だろう。
そちらの住人という事は即ち……アンデッドになるという事なのだろうか。
不老不死の術や黒魔術に傾倒している人間なら、もしかすると欲しがるかもしれないが、あまりにニッチな需要である。
と思ったら、ウノの隣で一人、興味を示した人物がいた。
ユリンである。
「それはそれで、興味がありますな。マイナスにマイナスが掛け合わさって、私など甦れるかもしれませぬ」
「あー……まあ、ユーリンは食べられるかもしれないけどにゃあ」
今でこそ、男物の作業着を身に纏った長身の美女という姿だが、本体は幽体だ。
彼女なら、ヨモツヘグリとやらを食べても、平気かもしれない。
「じゃあ、一本だけ作っとこう。トウモロコシは確定として、もう一種類ぐらいかな。あんまり多いと土が雑になるし」
ならば、とウノは提案する。
「葡萄だな」「葡萄にゃあ」「葡萄でしょ」「葡萄ですね」「葡萄やねえ」
ウノとほぼ同時に、神々も同じ事を口にしていた。
「全員一致しましたね」
シュテルンが一言、まとめた。
ヴェールやグリューネは、神々との会話に入るなど恐れ多いと最初から参加を固辞していたし、ユリンも肩を竦めてコメントを控えていた。
何にしろ、反対意見は出てこない。
「そのまま食べてもよし、ワインにしてもよしにゃ。ワインはいいモノが出来れば、貴族も目をつけるのにゃ」
つまり、いいモノが出来れば高く売れるのである。
「畑の方針は決まったわね。それで平地は家畜を放牧でいいの?」
長い尻尾を揺らしながら、イシュタルが問う。
「ああ、半分は。残りはそのままの意味の中庭にしたい。憩いの場的な意味で」
中途半端ですが、一旦ここで切り。
続きは短いですが、お昼に更新とさせて頂きます。
森を出てすぐにある絶壁に関しては、『会議は続く』にあります。
アレの向こう側。
なお、センテオトルのラインナップは、やはり某消臭剤の派生です。というかニチアサSHT。