中庭へ到る道
シャータンタン、シャータンタン、シャータンタン……。
木製の手機織機に座ったヴェールが手と足を動かすごとに、リズミカルな音と共に織物が少しずつ形となっていく。
「すげえ、目の前で見てるのに、何が起こってるのかサッパリ分からん……」
ヴェールの手足と連動する手機織機が、ウノには恐ろしく複雑な機械に見えた。
ここはダンジョン中層の、小さな一室。
一応は、様々な作業を行うために開放した場所だが、今のところは手機織機一式に、材料を並べた棚、床に並べられた手機織機二号機の部品だけと少々寂しい。
利用者はヴェールを筆頭とした、手先の器用な者達だ。
今は、ヴェールの作業を、コボルトの女衆二匹が熱心に見ていた。
「ごぶ、やってみればけっこうわかるごぶ」
「いや、そもそもサイズが合わないし。今は、コボルト達に教えるのが先だろ」
ヴェールが動きを止め、手機織機から下りる。
村の廃屋で手に入れた壊れた手機織機は、修理をする際にゴブリン向けに小型化されていた。
まあ、直すのも使うのもヴェールだったので、それに関しては文句のつけようがない。
「ごぶぅ……おまえたちも、みてるだけじゃわからないごぶ。やってみるごぶ」
「わ、わふ」
複雑そうな機械に、コボルト達もやはり尻込みしているようだ。
だが、ヴェールは怒らない。
余裕たっぷりに、コボルトの背中を押していた。
「しっぱいしてもおこらないから、あんしんするごぶ」
その光景に、いつものようにウノの肩に留まっているシュテルンが、ボソリと呟いた。
「……ヴェールが、とても偉そうに見えます」
「いや、実際この件に関しては、コイツ偉いぞ。村で手に入れた壊れた機織り機直しただけじゃなくて、新しいのまで作ろうとしてんだから」
床に並んでいる部品は、つまりそういう事だ。
手機織機が二台になれば当然、効率も上がる。
モンスター達の衣服もそうだが、現在優先しているのは、下層で使用する垂れ旗の作成だ。
これが完成すれば神達と祭壇の力が強まるのだという。
「ごぶ、もっとほめるごぶごぶごぶー」
聞こえていたのか、ヴェールが嬉しそうに胸を張った。
「あまり調子に乗っていると、つつきますよ?」
「ご、ご、ごぶ……くちばし、いたいごぶ」
あっさりと、頭を抱えて萎れるヴェール。
どこまでも三下なゴブリンであった。
「貴方が頑張った事は認めましょう。ですが、他の者も染料を作ったり、大蜘蛛や芋虫を捕らえたりしているのですよ」
「ごぶぅ。てきざいてきしょ。おれ、こういうのつくるほうでがんばる」
「お、難しい言葉憶えたな、ヴェール」
「ごぶぶぶぶ」
ウノが褒めると、再び得意そうにヴェールは笑い始めた。
何だかんだで調子のいい奴なのだ。
「シャー」
そんなヴェールの正面に、ゴブリンを大きく上回る巨大な蜘蛛が音も無く出現した。
トラップスパイダーである。
「ごぶぅっ!?」
ヴェールが、ビックリするぐらい後ろに飛んで壁にへばりついた。
二匹のコボルトも身を寄せ合う。
……が、、このトラップスパイダーには、危険は無いのだ。
「こら、ハツネ。ヴェールを驚かせちゃ駄目だろう」
「シャ、シャー!」
『ハツネ』は、ウノとユリン、それにオーク達で生け捕りにしたモンスターだ。
使い魔契約が可能だったので、ウノが交渉し、このダンジョンに棲む事になった。
主な仕事は、糸の生成となっている。
そして糸を生み出せる、ウノの新たな使い魔はもう一匹いる……のだが。
「タンクはどうした?」
ウノが聞いてみると、ハツネはシャーシャーと鳴いた。
もう一匹の使い魔『タンク』は、鎖キャタピラーという芋虫型モンスターだ。
硬い身体と無尽蔵のスタミナを有し、動きは遅いモノの口から吐き出される糸に絡め取られると厄介な相手である。
で、その手強いモンスターはハツネ曰く、現在中層を徘徊中との事だった。
「つまり散歩? マイペースな奴だなあ。まあ、ともあれハツネもお疲れ。飯なら上に用意してあるぞ」
「シャー……」
ハツネは、頭部を微かに傾げた。
ウノは食べないのか? と尋ねているようだ。
一緒に食べたいらしい。
「俺はまだいいかな。……シュテルン、唸るな」
「むうぅ……主様、神から聞きました。これが妹系キャラなのですね」
「蜘蛛を相手に対抗心を抱くなよ!? っていうか妹系キャラって何教えてるんだ、神様!?」
「にゃー」
「ってアンタの事だーーーーーっ!!」
鳴き声と共に部屋に入ってきたバステトに、ウノはまだ部品になる前の角材を投げつけた。
「にゃわっ!? ウノっちいきなり攻撃的にゃあ。煮干しを食べるとよいにゃ」
バステトは、乗っていた巨大スライム・ブタマンを盾にしていた。
ブタマンはうまうまと、角材を取り込み吸収消化してしまう。
「……ウチの使い魔に、あまり変な事を教えないでもらえますかね?」
バステトの目が泳いだ。
「にゃ、にゃあ……どれの事なのかにゃあ?」
「どれの事っていう事は、心当たりが複数あるって事だよな」
「にゃあっ!? 語るに落ちてるのにゃあ!!」
ほっぺたをつねってやろうとにじり寄るウノに、バステトが後ずさる。
「ウエイト! 待て! お座りにゃ、ウノっち! そんな事より、ウチキ重要なお知らせを持ってきたにゃ」
「……これで重要じゃなかったら、神様の晩ご飯のおかず、全部俺がもらうからな」
「にゃああ!? い、いや、大丈夫にゃ。本当に重要なのにゃ」
コホンと咳払いをし、バステトが言う。
「……中層の、腐った水でいっぱいになってた地下通路が、通れるようになったにゃ」
「本当に一大事のようですよ、主様」
ダンジョン中層にある無数の突き当たりの一つに、巨大なため池があった。
正確には、中庭へと到る地下通路だ。
横から見ればUの字の形になっており、その通路にはこれまで水が溜まっていて通る事が出来なかった。
それも腐った水であり、潜って中庭に到るのも少々難しい。
なので、探索は後回しになっていたのだ。
スライムのマルモチがここの住人になってから、分身体にはまめにここの水を吸収してもらっていた。
それが、今回ようやく実を結んだという訳だ。
「ここは、ブタマン達が頑張ったにゃあ」
ちなみにブタマンはマルモチの分身体の一つである。
本来意志はないはずなのだが……バステトが名前をつけた事で、自我を得たのかもしれない。
「スライム達の努力で、何故神がそんなにドヤ顔なのでしょうか」
ブタマンの上にうつぶせに寝っ転がったまま偉ぶるバステトに、シュテルンが呆れて目を細めていた。
「ふーむ……危険はないんだよな?」
通路は若干湿っているが、歩くには支障はなさそうだ。
当然ながら通路は暗いモノの、ウノには光の魔術があるし、ウィル・オー・ウィスプだっている。
進む事自体は、何の問題も無かった。
「大丈夫にゃ。モンスターが潜む気配もないのにゃ。強いて言うならヌルヌルするから、足を滑らせて頭打って死んじゃう可能性はあるにゃあ」
「そりゃ危険だな……まあ、許容範囲内だ。さて、他に俺についてくる奴は?」
ウノは振り返る。
ブタマンに乗ったバステトを筆頭とした神々、ヴェール、グリューネ、仔狼のラファル、コボルトの女衆、新しく加わったトラップスパイダーのハツネに、いつの間にいたのか鎖キャタピラーのタンク。
全員手を上げた。
手がない連中も、鳴き声を上げたりと参加表明をする。
「……手が空いてる奴ら、全員じゃねーか」
トラップスパイダーの名前の由来は、分かる人には分かるあの方。
鎖キャタピラーは一瞬お昼に更新されてる星獣さんが頭をよぎりましたが、キャタピラなので戦車です。むいむいたん、面白いっすよね。