創造神と神父のトーク
今回、主人公がほとんど出てきません。
昨日出てきた神様と、初出の神父の会話とか一体誰得なのかと言いたい所ですが、書きたかったから書きました。まあ、必要だった部分でもありますし。
「オーク共、全てを駆逐せよ! 突撃!」
「ぶひいっ!!」
後ろ足で器用に立つ雌ライオンが右前脚を振るうと、長物を持ち通路に三列に並んだオーク達が猛然と駆け出した。
一方、子熊指揮下のコボルト達も気合いは充分だ。
「コボルトの皆さん、こちらも負けてはなりません! 見事務めを果たすのです!」
「わうっ!!」
同じく長物を持ち、こちらは五列に並んだコボルト達が走り出す。
雄叫びを上げながらダンジョン中層の通路を清掃するモンスター達に、ウノとシュテルンはちょっと呆れていた。
もちろん、オークやコボルト達が持っている長物は、モップである。
「気合い入ってるなあ……ただの、掃除なのに」
「腑抜けているよりは、ずっといいかと思います」
「それもそうか」
人数(?)も増え、この日はダンジョン中層の大掃除となった。
これまでもスライムやミストがゴミや埃、湿気などを吸収していたが、それでも速度が緩慢なせいか細かい部分にはまだ手が行き届き切れていない。
オークやコボルト達は、ダンジョンに住む訳ではない……が、下層だけでなくこのダンジョン全体が広い意味では神のいる場所に通じる神殿だ。
特に、上層から下層へ到る最短のルートは神殿の参道といってもよく、彼らの気合いが入るのは当然であった。
ゼリューンヌィ達は、掃除に参加していないオークやコボルト達と、外でテントを設営している。
こちらもセンテオトルが指揮しているので、士気は高い。
テントはあくまで仮のモノで、いずれは木造の建物をというのが当面の皆の目標だ。
その下層の本祭壇では、一人の男が創造神と向き合っていた。
テノエマ村の教会に務める神父、プレストであった。
穏やかな雰囲気を持つ初老の男だ。
一方で若い頃は武術を嗜んでおり、今も日課となっている朝の稽古は欠かせていない。
朝の教会前では、プレストと共に、スタンプカードを持つ子供達や老人達が体操を行うのが、テノエマ村の恒例となっていた。なお雨天時は中止、スタンプカードがいっぱいになればプレストが祝福した護符がプレゼントされる。
そんなプレストは今、大トカゲの前に跪き、一身に祈りを捧げていた。
「神よ……おお、神よ……! まさかこのような地で、その御身を拝する事が出来ようとは……!!」
例え大トカゲの姿をしていようとも、その神の威はプレストに伝わってくる。
己が長年仕えてきた創造神カムフィスだ。
見紛う筈がなかった。
「顔を上げて下さいな、プレストさん」
「さん付けなど! 呼び捨てで結構でございます」
穏やかなカムフィスの声に、プレストは勢いよく顔を上げた。
「わたしが呼びやすいから、つけてるんですよ。気にせんといて下さい」
「きょ、恐縮です……!」
実際、プレストは縮こまりそうだ。
この世界で、直に神の声を聞ける人間など、どれだけいるだろうか。
小さな村の神父である自分には、過ぎた出来事ではないだろうか。
「ほんでな、わたしがここに顕現してる事はあんまり言い触らさんといて欲しいんよ」
「そんな! カムフィス様のお姿を見れば、皆、さらに信仰が強まりますぞ!?」
むしろ、カムフィスは大々的に広めたかった。
神はここにいるのだ。
現実に!!
しかし、神の望みならば、それは控えなければならない。
だが……何故なのだろう?
「そうかもしれへん。せやけどね、今のわたしの力は弱い。プレストさんも、ここに来る前にマスターが『ウチに神様が居てます』言うて、信じたかな?」
「それは……一笑に付したか、怒ったかのどちらかでしょうな」
マ・ジェフの紹介で、このダンジョンの主であるウノと会ったのは、今日の昼の事だ。
教会ではまだ、先日揉め事を起こした若者達が奉仕活動に従事しているので、場所は冒険者ギルドの酒場だった。
他の村人より先に、紹介したいヒトがいると言った時の、ヒトのイントネーションが妙だったのと、マ・ジェフとハイタンの表情が乾いた笑いだった理由が、今更ながらに分かる。
正直に言われたら、多分温厚な自分でも怒っただろう。
そしてそれは、おそらく自分だけではない。
信者、それも敬虔な者ほど、侮辱と取りそうだ。
「せやねん。この話が広まると、教会のえらいさんが怒って、ここに攻めてくるかもしれへん。『モンスターがふざけた事言うな。大トカゲが創造神? 世迷い言を!』か、『モンスターの手から我らの神を取り戻せ。呪いを解いて人の姿に戻すのだ!』か、その辺りの事を言うてな? 最悪わたしも、殺されてしまうかもしれん」
「か、神が死ぬなど……」
プレストはにわかには信じられなかった。
神と言えば圧倒的な超越的存在。
死などという概念など、ないと思っていた。
しかし、カムフィスは違うという。
「いや、死ぬんよ。今のわたしは、大きい神のほんの一部で、この肉体が死んだら魂の欠片も元の大きい神に戻る。せやけど、この世界で死ぬって事には変わりあれへん。わたしの威はまだまだ弱いから、ちょっと離れたら通用せえへんのよ。戦のどさくさとか、矢で射られたりとかな、そういう事は考えられるんよ」
今、プレストが理屈抜きで感じている、神の存在。
その圧力とも取れる『威』は、遠ければ遠いほど弱まる。
なるほど、軍が攻めてきたら、神が死ぬ可能性がある。
それは人類にとって、大いなる損失ではないか。
さらに言えば、殺した側も傷を負ってしまう。
死んでも許されない『神殺し』の罪だ。
「まあ、わたしはええんよ。受肉したからには、いつかは死ぬからね。けど、自分が原因で皆が争いに巻き込まれる言うんは、ちょっと嫌やん?」
「慈悲深きお言葉です。分かりました……残念ですが、その存在は秘密にします」
「あ、そこはちょっとちゃうんよ。プレストさんが信用出来る相手は、呼んでくれてええねん」
「……どういう事、でしょうか」
「風評が一気に広まるのが、まずいんよ。いずれそうなるのはしょうがないし、それはそういう機やよ。教会の大きい所も出てくるし、最悪戦になるかもしれへん……というか、必ずなる。ここはかつて邪教徒が集まってたとされる場所やからね」
「ですが、事実はそうではない」
「うん」
プレストは既に、このダンジョンの前身である『邪教神殿の洞窟』の、真の姿をウノとバステトから聞いている。
それを疑ってはいなかったが、信仰している神であるカムフィスの言葉はまた、重みが違っていた。
「せやけど、事実はどうでもええんよ。教会にとってそれが都合がええかどうかやからね」
「伺う事をお許し下さい。カムフィス様は、教会を……子を嫌っておられるのでしょうか?」
プレストは不安になった。
まるで今の言い方は、教会をここの『敵』と定めているような物言いだったからだ。
プレストの問いかけに、大トカゲは首を振った。
「ちゃうよ。純粋な祈りは尊いけど、それを利用する輩が嫌いなだけ。ほんで、どうしてもえらくなると、強い権力を前にヒトは弱なりがちなんよ。身不相応の力は、周りまで巻き込んで不幸にしてまう。それは、教会の人間でも同じや」
「……はい」
身につまされる言葉だった。
幸いといっていいか分からないが、プレストは小さな村の一神父だ。
せいぜい数十人の信者に説法を行う程度である。
けれど自分が何万もの信者を率いる身分であったならば……まるでさも自分自身が偉くなったかのような勘違いをしてしまうかもしれない。
彼らにとって信じる者は神であり、聖職者達は神の代弁者であるに過ぎないのにだ。
「せやからゆっくりとな、プレストさんはここの事を布教していって欲しい。そしたら緩やかに、ここは力をつけていく。異種族との交流も、最初は戸惑うかもしれへんけど、そのうち慣れるよ。皆仲良く言うのが、このダンジョンのマスターの意向や。異種族言うけど、あの子らもわたしの子やで? 差別はあかんからね」
「彼らには、彼らの神がいるようですが……?」
カムフィス教の聖典には、最初に創造神があり、世界と数多の生命を作り出したとある。
そしてその世界を作る手伝いとして、他の神々を生んだ。
神々は己が眷属を作り出したモノの、やがて神々の仲違いにより、異種族入り乱れた巨大な戦が巻き起こった。
一つだった地は大小幾つにも割れ、人もまた、言葉や肌の色が分けられた。
長くなるので割愛するが、彼ら異種族は他の神が作り出したモノであるというのが通説だ。
「それはそれで間違いあれへんし、彼らの信仰も本物や。けど、この世界を作ったのがわたしなら、この世の全部の生命はわたしの子やん?」
「何と、心の広い……!! かしこまりました。私はテノエマ村でカムフィス様のお言葉を伝えていきたいと思います」
「うん。こっちとそっちのやりとりは、神託っていう形でやりましょう。一足先に冒険者達にも授けたけど、こういうのは多い方がええしね」
「くっ、何と羨ましい……!!」
浅ましいという自覚はあるが、それでも一足先に神託を授かったマ・ジェフ達に嫉妬するプレストだった。
「まあまあ。それと作物の不作やけど、こっちで何とかしようとしてる。せやから今は耐えてって、村の皆にもわたしからのお告げって……いや、これは無し」
「な、何故でしょうか?」
天の配剤で不作の困る民を救うなど、正に神の御業ではないか。
もっとも、その天そのモノが神でもあるのだが。
「この件は、わたしが顕現するより前から、バステトちゃんとマスターが頑張ってるんよ。わたしのお告げって形にしたら、『カムフィス様の奇跡だー』とか変な形に広まって、手柄を横取りしたみたいになってまうやん。お告げの部分は無しで、状況はよくなるから耐えてって伝えてくれるかな」
「かしこまりました。では、そのように取り計らいます」
中層で掃除をしているオークやコボルトといった異種族やその神、ダンジョンのマスターであるウノに挨拶をしてから、プレストは洞窟の外に出た。
そこでは、ゴブリン達が、他の種族と共に木の棒を立て、布で天幕を作っていた。
指揮を執っているリスの姿を取った異神、マ・ジェフとハイタンといった人間、バステトなる猫耳幼女神は労いのためにか、肉を焼き始めている。
様々な種族どころか、神まで入り乱れた集まりであった。
「これを脅威と取るか、共存の先駆けととるか……人によって違うやろねえ」
「はい。では、私もお手伝いしましょう」
カムフィスに頷き、プレストは腕まくりをするのだった。
今回創造神の名前をカムフィスで統一してますが、これは主に神父視点だからであり、ウノ視点だとカミムスビとなります。