避難者達、来たる
人口(あと柱口)がどんどん増えていますが、まあ分かりやすいように書いていこうと思います。
なお、この作品はダンジョンリフォーム計画であり、内政とかのお話ではありません。
大丈夫、うん、多分大丈夫のはず。
犬頭は、正確には犬ではないがそれに近い頭部を持つ、背丈はゴブリン達と同じぐらい小柄な種族だ。
人型モンスターとしては、やはりゴブリンと並ぶレベルの最弱クラスとされている。
これが雄雌混合で八匹。
一方、豚人はでっぷりと太った、力自慢の人型モンスターだ。
体格もウノ達、人間の成人ほどもあり、強さもゴブリンやコボルトとは比べ物にはならない。
この森の深層までならば、ほぼ最上位のモンスターと言える。
ゴブリンと同じ緑色の肌だが、種族的な関係があるのかは不明である。
雌は生まれないらしく、雄が六匹。
二つの種族の力関係は歴然としているが、コボルトが逃げる様子も、オークが襲う様子もなく、どちらも仲良く並んで、ウノの前に跪いていた。
外はもう暗いので、洞窟を入ってすぐ、『第一部屋』の手前に集まってもらった。
一番前に並ぶ二匹が、それぞれの群れの長らしい。
どちらの群れにも青い歯を持つ者はなく、ウノは使い魔契約をする事は出来ない。
「……つまり、ここに住みたいと?」
「にゃあにゃあにゃあ」
通訳のバステトが、二匹にウノの言葉を伝える。
……本当に通訳してるのか、ふざけているようにしか見えないが、通訳なのだ。
「わふ」
「ぶひぃ」
バステトが伝え終えると、コボルト、オークの両長が揃って鳴いた。
言葉は分からなくても、意味はちゃんとウノに伝わった。
「コボルト達は、オーガに集落を襲われて散り散りに逃げてきたのにゃ。オークはそれまでのボスが死んで新しいボス争いが始まったのにゃ。それに巻き込まれるのが嫌な連中らしいのにゃ。洞窟内とは言わない。せめて洞窟の周辺は駄目かと言ってるにゃあ」
「はぁ」
つまりどっちも戦うのが嫌で、ここに逃げてきたという事か。
まあ、そんな事情は割とどうでもいい。
ウノの悩みどころは、ここに住まわせるかどうかだ。
「……どうしよう」
とりあえずコボルトとオークには楽にするよう伝え、ウノ達は彼らと少し距離を取った。
もはや、ため息しか出ないウノであった。
しかも昼間、素材を売りに村まで行った、その夜だ。
精神的にも、結構消耗している。
考えるのが億劫になってきていた。
「決めるのは、ウノっちにゃあ」
「いやそうなんだけどさ、急展開すぎて頭がついていけてねえよ!! 村の方でも似たような申し出があったってのにさ!!」
「にゃー、マ・ジェフらも呼んだ方がいいと思うにゃー。こうなったら全部まとめて結論出した方が、ウチキはいいと思うのにゃ」
バステトの提案を、シュテルンも肯定する。
「一つずつ片付けるよりは、確かにマシですね。そもそも主様は、ここにまともな住居を作るのが目的だったはず。政治の真似事などするつもりはありません……ですよね?」
「やらねーよ、そんなの」
思わず投げやりな口調が出る、ウノであった。
「つまり君臨すれども統治はせずです」
「王様じゃんそれ!?」
「まあ、シュテルンにとっては、家主様は王以上の存在なのでしょうな」
「語るまでもない事です」
ただでさえ糸のような目をさらに細めて苦笑するユリンに、シュテルンはキリッと答えた。
さて。
正直面倒で厄介ごとではあるが、放置するという訳にもいかない。
ウノは、彼らの事情を整理する。
「んんー、要は安全が欲しい。この辺りは俺達がいるから、モンスターに襲われる危険度や他種族の侵略もなさそう。だから住まわせてくれって事だよな。せめて、この洞窟の周辺で。だったらもう答えは決まった。好きにしろ、だ」
「よいのですか、主様?」
「この洞窟とダンジョンは、俺が買ったモノで権利も主張するけど、外の事まではどうにもならんだろ。……まー、何となくコイツらを監督する未来まで見えてきてるけどさ……あ、最低限のルールは守ってもらうぞ。種族が違うからって殺したり争ったりはなしだ」
「好きにしろって言ってる傍から、監督してるのにゃ」
「違う。最低限の、『ご近所づきあい』のマナーの話だ」
「家も必要になりますね。さすがに屋根もない野宿という訳にはいきません」
「俺の住む場所すら完全に出来上がってないんですけどねっ!!」
ウノはこの世の理不尽を呪った。
中層も大分マシになり、家具を入れたりしているとはいえ、整備は完全には済んでいない。
何故、自分の住む場所すら完成していないのに、他の連中の住む場所に頭を悩ませなければならないのか。
「そもそも、食い物とかどうすんだよ……」
人口が、いきなり三倍近くに膨れあがってしまった。
こうなる事があと一日早ければ、村で売る素材の量も調整が出来たのに、と今更ウノは悔やんだが、後の祭りである。
「その辺はもう、完全に狩りでどうにか凌ぐしかないにゃー。でも周辺のモンスター狩りつくしたらウチキら絶滅するから、畑やら家畜を育てるのとかも考えた方がよいにゃ。……まあ、食糧事情を解決出来そうな奴に、心当たりはあるけどにゃあ」
「あるのか」
「そろそろ、いい頃合いなのにゃ」
どういう意味か、バステトの問いただしたかったが、ユリンも意見を言いたいらしく軽く手を上げていた。
「それに、もう一つ懸念がありますな。この規模ならまだギリギリ許容範囲内かもしれませんが……何とか寄せ集まりという体裁で済むと思うのですよ。しかしここからさらに人だかモンスターだかが増えると、もはや集落、村の規模になってしまいますな。そうなると、この地を治める者に、その旨を届ける必要があるのではないのでしょうか」
この洞窟の主はウノだが、領地という規模となるとコバルディア公爵である。
城下町の貧民街を取り潰した人物であり、亜人や異種族嫌いでも知られている。
ウノは、ここまで逃げてきた疲労からか、へたり込んでいるコボルトやオーク、それにこちらにいるゴブリン達を見た。
加えてウノ自身は獣人であり、バステトも猫耳幼女、ユリンは魔族か何かのようである。
「……あの公爵が、そんなの許す訳が無いな」
三〇〇年ほど前、この洞窟にあった混合異種族のコミュニティは騎士団によって滅んだという。
その再現になりかねない。
このままだと、悩みすぎて円形脱毛症になりそうだと現実逃避しそうなウノを救ったのは、バステトだった。
「別に、ウノっちが直訴する必要は無いのにゃ。購入先の冒険者ギルドで、ワンクッション置けばよいと思うにゃ」
「そうか。ちょっとズルい気もするけど……そんな事を言ってる場合じゃないな」
冒険者ギルドとウノの関係は良好だ。
といっても、それは職員レベルでの話に過ぎない。
登録している一冒険者と冒険者ギルド全体というレベルとなると、別に味方ではなく、ほぼ無関係と言ってもいい。
公爵がウノを追求したとして、それを庇う義理などほとんどない。
……なら、せめて敵にならないように、上手い事巻き込むようにしたい所だ。
仮にウノが矢面に立てば、ただ獣人と言うだけで不評を買いそうな気がするし、事実そうなるだろう。
口の上手いギルドの職員が代わりに弁護をしてくれれば、ウノとしては大いに助かるのだ。
「もちろんまだ先の話で、確定でもないのにゃ。だけど心構えが出来てれば、いざという時もアタフタしなくて済むにゃ」
「……珍しく、神らしい事をしていますね」
「実際、神なのにゃっ。……それに、原因の一端はウチキらにもあるみたいだしにゃあ」
一言多いシュテルンにツッコミを入れてから、バステトはポリポリと後頭部を掻いた。
「ら?」
コボルト、オーク共に、神像を持っていた。
コボルトの信仰する狩猟の神アルティ・メスタ。
オークの信仰する愛の神エスタル。
群れの中には、それぞれシャーマンがいたらしい。
そしてこの洞窟に彼らを導いたのは、それぞれに夢の中で神託があったのだという。
「……つまり、アイツらはそれぞれの信仰する神のお告げで、ここに来たってのか」
「にゃー、神殿が活性化している事と、おそらく無関係ではないのにゃあ」
「ちょっと待って。アイツらに、それぞれの神の言葉が聞こえてるって事は、ここでずっとゴブリン達がお祈りしてるセントートルも、もしかして……」
ウノは、ゴブリンシャーマンであるグリューネを見た。
それにゼリューンヌィ。
この二匹は、特に信仰が深く、毎日欠かさず下層の神殿でお祈りをしているのだ。
「にゃあ。ウチキがこの姿を取れるようになった辺りから、グリューネたん達もセンテオトルの声が聞けるようにはなってるのにゃあ。まだまだ雑音の中で聞き取れるレベルだけどにゃあ」
それでも祈れば神が直接応える神託は、曖昧な夢のお告げよりも大分、上等なのだとバステトは言う。
「マジでか」
「マジにゃ。グリューネたん、センテオトルはどう言ってるかにゃ?」
跪いて祈ったグリューネは、少しして猪の骨面を持ち上げた。
「ん……困ってるならたすければいいって言ってる。なかま、ふえる」
「まあ、グリューネ達にとっては後輩が出来るって事か」
勝手にしろとウノは言ったが、それでもモンスターに襲われたくない、平和に暮らしたいというのならば、皆で協力するべきだろう。
ならばコボルト、オークは新参であり、古参であるグリューネ達には敬意を払うのが筋というモノだ。
……が、フルフルとグリューネは首を振った。
「そじゃない」
「ん?」
「神さまの、なかま。神像、さいだんにささげる。お祈りする。神さま、力がふえてみんな、出てくる」
思わずウノは、バステトを指差した。
「これが増えるの!?」
「これ扱いキタコレにゃ!?」
ひとまず今日の所は、コボルトもオークもこの洞窟の入り口で休む事となった。
全ては明日、朝になってからだ。
ウノも、そろそろ本気で限界が来そうだった。
「シュテルン……加速度的に手に負えない事態が増えてきているような気がする」
もうこのままぶっ倒れて、眠ってしまいたい。
「神様が増えるとか、多分この世界でも相当レアな出来事でしょうね。この場合、同居人と言うのでしょうか。それとも同居柱なのでしょうか」
「うん、それ心底どうでもいい所だな」
「あともう一つあるにゃ」
「何すか神様……今すぐ必要な話?」
「にゃー、まあ明日の話になるけどにゃ、新しく来た連中、グリューネたん達が名前持ってるのが羨ましいらしいのにゃ」
「ちょっと待って。まさか、それも俺……?」
ポン、とバステトがウノの太股を叩いた。
本当は肩を叩きたかったのだろうが、猫耳幼女のバステトでは背丈が全然足りないのだ。
「名付け、頑張るにゃ♪」