帰宅と、マ・ジェフの提案
ウノ達は、冒険者ギルドに戻った。
そろそろ出発しないと、洞窟に戻った頃には真っ暗になってしまう。
レティ達職員と、暇だった冒険者達が頑張ってくれたお陰か、素材の鑑定と査定は完了していた。
「それでは、素材を換金した額と依頼の報酬も、全てこちら預かりでよろしいですか?」
「ああ、ウチじゃ使い道ないからさ。荷物になるだけだしな」
硬貨も束になると、かなりの重量になる。
荷が空になったとはいえ、ゲンツキホースのカーブに無駄な労力は課したくない。
帰りは少し急ぐので、歩幅の関係もあって荷車にリユセとアクダル、それにラファルも載せる予定もあるのだ。
「分かりました。じゃあ、そのように取り計らいますね。……それで、野犬退治も受けるんですか?」
カウンターに置かれた依頼書に、レティは視線を滑らせた。
「ん、んー、まあ。他に是非やりたいって人がいるなら別にってレベルなんだけど」
依頼は、農作物を荒らす野犬の駆除。
近い依頼は、城下町で暮らしていた頃もよくやっていたので、お手の物だ。
ただこの依頼はバステトの勧めなのだが、その目的がいまいちウノにもよく分からない。
……まあ、働いた分、お金は入るので文句はないのだが。
「そうですね、依頼は主に夜の巡回で、視界も悪く、あまり人気がありません。ですので、ウノさんが依頼を受けても誰も不満に思う事はありません。そもそも、依頼の受託は基本早い者勝ちですから、不満を述べる事自体、筋違いですよね」
「ま、それもそうなんだけど」
「ただ、野犬といってもタダの野犬じゃないです。ワンダードッグ。モンスターです」
「うん」
レティの念押しに、ウノは頷いた。
一応依頼書の方にもその旨は書いてあった。
「特に問題、ないですね、主様。よく食べてますし」
「だな」
「……え?」
レティの笑顔が、少しだけ固まった。
「いや、森にもいるから、ワンダードッグ。ストーンボアとかカッパーオックスより手軽に取れるから、よく食卓に上がるんだよ。ただ、ちょっと身が固い」
「食べているモノが雑なんでしょうね」
故に、バステトなどは「こういう時は柔らかくなるまで煮込み料理だにゃー! でもウチキ猫舌だから味見はよろしくにゃ!」とか言うのである。
ウノの家庭において、ワンダードッグは脅威というより動く食材であった。
「……対応には、何の不安もなさそうですね。ワンダードッグはどうやら群れで、ボスがいるようです。そのボスを倒せば、依頼は完了です」
群れとなっている動物は、大体ボスを倒せば弱体化し、散り散りになる。
また新たなボスが台頭してくるかもしれないが、収穫までもてばいい。
依頼書にも、モンスターの殲滅とはなかったので、それで文句はないのだろう。
「了解。ただ、今の内に依頼主の農家とは顔合わせをしときたいな。ウチの連中はホラ、夜に前置き無しに訪問すると、中々心臓に悪い面子だから」
「それは……まあ、ちょっと分かります」
ウノは後ろを見た。
牛の角と槍のような尻尾を持つユリン、ゴブリン二匹。
仔狼のラファルはまあ、癒やしでよいのだろうが、何にしろ暗くなってから出会いたい組み合わせではない。
「とりあえず一旦は、森に戻るよ。森方面にある村外れの農家なんだよな? ついでに途中で寄る事にする。……で、荷物を森の洞窟に下ろして、またトンボ返りして深夜に畑の巡回、と。自分で決めたとは言え、中々忙しいな」
昼間も依頼をこなしたし、仮眠ぐらいは取っておきたい。
村に戻ってこれるのは、どれだけ早くても晩飯後ぐらいの時刻になるだろう。
メンバーは自分とシュテルン、それに罠を張りたいからヴェールでいいだろう。
この面子なら、カーブに飛ばしてもらえば村まで戻るのも楽なはずだ。
そんな風にウノが考えていると、シュテルンが耳元で囁いてきた。
「……主様、神の言っていた野犬狩りは、森の方でもしておいた方がよいのでは? 多い方がいいような感じでしたが」
「そこは、神様に聞いてから判断で。でもそうだな、森でも狩るとなると武器を新調したリユセとアクダルには、頑張ってもらいたいな」
ウノが見ると、二匹もやる気のようだ。
「……ごぶ、がんばる」
「やる、ごぶ」
そっちの指揮は、夜番の要であるユリンに執ってもらう。
ユリンはまあ大丈夫だろうが、ゴブリン達も消耗しているだろうから、適当な時間で切り上げてもらおう。
「それじゃ、今日はお世話になりました」
「なりました」
ウノに続き、シュテルン達も頭を下げる。
「っと、もう一ついいかな、ウノっち」
さてそれじゃ帰ろう……となった時、マ・ジェフが割り込んできた。
「……空気を読んで下さい」
「てるんのオレの扱い酷くね!? 雑くね!?」
心底うんざりした声を上げるシュテルンに、マ・ジェフが涙目になった。
「人をてるん呼ばわりするような人など、雑でも過ぎた扱いです」
「もはやゴミ屑扱い……くっ、変な性癖に目覚めそうだ」
苦悩するマ・ジェフから、ウノは距離を置いた。
「目覚めたら、金輪際近づいてこないでくれな」
「えっと……」
「コンビも解消だな、相棒」
コメントに困りながらも若干引き気味のレティ、断言するハイタン。
「どれだけ人望ないの、オレ!?」
何を今更、と思ったのはウノだけではないと思う。
騒ぐだけ騒いでおいて、マ・ジェフは小さく咳払いをした。
「……とまあ、コントはこの辺にしておいて、だ」
「私は本気でしたが」
「それはもうスルーするよ!? えーとアレだ、ウノっちのあのダンジョン……家って結構スペースあるよな?」
シュテルンの相手をしているとキリがないとさすがに気がついたのか、今度はマ・ジェフもぶれなかった。
この場合の家というのは、中層の事だろう。
結構どころではない。
ジョギングコースに出来るぐらいの広さがある。
ただ、話の流れから何となく、マ・ジェフの心算は計れた。
「下宿宿にする予定とか、今のところないぞ?」
「惜しい! まあ中で泊まれればベストなんだけど、冒険者用の拠点に出来ないかと思ってさ」
「ああ、つまり荷物置き場的な場所か」
「すごい大雑把な話だと、そうだな。あそこに荷物を置けたりベッドで休めたら、オレ達はすげえ助かる。勿論、それ相応の礼はする。相場を決めてもらえたら、もっと楽だけど」
住むのではなく、宿泊。
そうマ・ジェフは言いたいらしい。
確かに、探索箇所のど真ん中、ベッドで休み外に出れば即、モンスターを狩れ、素材収集も可能。
ウノも冒険者だから分かる。
とても魅力的だ。
……が、その場所が自分の家となると、さすがに躊躇する。
「話が急すぎるな」
すぐに返事をするのは無理だ。
ましてや今は、バステトやゴブリン達も一緒に暮らしている。
彼女達とも話し合う必要があるだろう。
「ま、そりゃそうだ。ほとんど思いつきだからなあ」
マ・ジェフもそこまでは期待していなかったのだろう。
あっさりと、流された。
「だが、仕事が楽になるのは確かだな。あの洞窟の前は開けているから、そこにテントを張らせてくれるだけでも、随分と助かる。考えておいてくれ」
ハイタンも、マ・ジェフの提案には前向きのようだ。
なりゆきとはいえ実際に、洞窟に泊まったからこそなのだろう。
マ・ジェフは肩を竦めて笑った。
「ま、商売として駄目だった場合、友人として訪問するだけだけどなー」
「……友人?」
「だからてるんは真顔で首傾げるのやめて!? オレ泣いちゃうよ!?」
「いい歳こいた大人の涙目なんて、気持ち悪いだけです」
「いつもより、言葉の切れ味がよいですな」
一羽と一人のやりとりに、後ろにいたユリンが感心していた。
「切りやすい素材ですから」
「俺の心はもう微塵切りっすよ……」
ついに、マ・ジェフはその場に崩れ落ちたのだった。
などという幕間を挟みながらも、ウノ達の村への訪問は、基本大成功したのだった。
そして、時間は流れて、既に暗くなった夜。
洞窟に戻ったウノは、村での出来事を『第一部屋』でバステトに語った。
ちなみに野犬退治の依頼は、今日は流れた。
農家曰く、野犬たちは定期的――おそらく奪った農作物を食べきった頃――に訪れるので、次のタイミングと思われる翌日の夜となったのだ。
もちろん今晩現れないという保証はないのだが、そこは農家側が納得しているので、ウノとしては文句を挟む余地はなかった。
それに、のんびりと洞窟で休めるのなら、それはそれでウノや他の皆も願ったり叶ったりだったし。
そして最後にマ・ジェフから提案された事をバステトに報告し終えた。
「……という話になった訳だ」
殆どの内容は、バステトもウノと契約しているし、神と信者という形でも繋がっているので把握はしていたらしいが、実際に本人から話を聞くというのも大事なのだという。
「にゃー……冒険者が入ってくるには、まだこっちの心構えが出来ていないのにゃあ。いきなりは厳しいのにゃ」
「ごぶ……おそわれないか、しんぱい」
ゼリューンヌィも、懐疑的だ。
「やっぱ、そうだよなあ」
実際に襲われる心配と言うよりも、可能性の話だろう。
特に冒険者とゴブリンの組み合わせなら、倒す者と倒される者である。
慎重にもなろうというモノだ。
「奇しくも、村にウノっち達が訪れた時の、逆パターンにゃ?」
「あ……」
ウノの中で、ストンと腑に落ちた。
村人達の心配そうな視線は、そういう気分だったのかと。
これは、未知への不安だ。
マ・ジェフやハイタンは、もう友人だ。
けれど不特定多数の名前も知らない『冒険者』は、どこまで受け入れられるのか。
彼らは、ウノや一緒に暮らしている皆に、危害を加えたりしないのか。
分からない。
だから、不安になる。
「まあ、まずはマ・ジェフとハイタンでお試ししてみる所から始めるとよいのにゃ。中層が無駄に広いのは事実なのにゃ。有効活用の可能性は多い方がよいのにゃよ」
そこは、バステトの助言に従う事にした。
あの二人なら、ゴブリン達も知り合ったというか、師弟の関係にもあるし、精神的にも楽だろう。
彼らの提案を受け入れるにしろ拒否するにしろ、まずはやれる事から始めようとウノは思う。
この話はここまでで、ウノは次の話題に移る事にした。
「で、野犬の依頼は一体何なんだ? それと、用意されているハサミも」
何故か、岩のテーブルの上に置かれているハサミを、ウノは指差した。
「ウノっち、散髪するのにゃ。あと、爪もちょっと切るとよいのにゃ。加えて剃毛も出来ればいいにゃけど、多分それはてるんにつつかれちゃうにゃ」
「つつきます」
シュテルンは何の感情もなく、一言だけ呟くだけだった。
怖い。
「っていうか、俺の毛だの爪だの集めて、一体何する気なんだよ!?」
野犬の退治というか、その死体もバステトは利用するつもりらしい。
共通するのは『犬』だ。
ラファルにはその話は持っていっていないようだし、『狼』は駄目で『犬』なのは何故なのか。
「それはだにゃあ……」
バステトが言おうとした時、幽体のユリンが音もなく近づいてきた。
アンデッドであるユリンは、肉体から抜け出れば徹夜でも平気なので、夜番は普段通りに行える。
身体の方は、手作りの木棺に横たわり、休息を取っていた。
ユリンが言うには、ベッドよりもこちらの方が落ち着くのだそうだ。
「家主様、ちょっとよいですかな?」
「ん、森探索側のミーティングで、何か問題が出たのか?」
野犬退治の依頼と併せ、森の側の野犬の駆除も翌日からという事になった。
今日は、どういう形で探索を行うかという会議だけのはずだったのだが……。
「いや、外に客人が訪れましてな」
ヴェールの作った警備網に、引っかかったらしい。
こんな時間にこんな場所を尋ねてくる客人と聞いて、ウノが思いつく人物は限られていた。
「は、何もう来たの? マ・ジェフも気が早いな」
席を立って出迎えようとするウノに、ユリンは首を振った。
「いや、人間ではなく」
「え?」
「コボルトとオークなのですよ。それも団体さんで」
戦う意志はないようですがな、とユリンは糸目をわずかに見開きながら付け加えた。