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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
62/140

魔女の体験教室

「あの家かな」


 最後にウノ達は、村はずれにある小高い丘に向かっていた。

 村の人間が『枝垂(しだ)れ丘』と呼んでいる通り、丘は伸びた草木が斜めに垂れ下がっているような形になっていた。

 その下は断崖絶壁に近く、落ちればタダでは済まないだろう。

 そんな場所の頂上には大きな木が一本立ち、寄り添うように小さな木造の一軒家が建っていた。


「丘にある大樹の下の一軒家との事でしたから、間違いないでしょう。羽を休めるにはちょうど良さそうな木ですね。もちろん主様の肩の上以上の場所など、ありませんが」


 シュテルンの話を聞きながら、ウノはすん、と鼻を鳴らした。

 何か、違和感があった。


「んー……?」


 その違和感が何なのか首を傾げ……ようやく思い至った。

 何か()()のではなく、何も()()のだ。


「どうしましたか、主様」

「人間の臭いが、しない。……というか、生き物の臭いがしないんだが……」


 家はあるし、人の住んでいるような気配も感じる。

 しかし、人間や動物独特の、臭気がしないのだ。


「確かにしません!!」


 仔狼のラファルも、ビックリしているようだ。

 まあこの子の場合は大体いつも、ビックリするような大きな声だ。


「では、中に死体があるのでしょうか?」

「物騒な事を言うなよ。死体なら死臭がするだろ。大体、動く気配はあるんだって!」

「殺伐とした会話ですなあ」


 空の瓶を乗せた荷車を引く半人半馬形態のユリンが他人事のようにカラカラと笑っていると、シュテルンは首を向けた。


「死霊の類という可能性もありますね」

「矛先がこっちに向きますか!?」


 などと、鷹とフレッシュゴーレムが漫才をしているが、ウノはそれも内心否定していた。

 死霊の類にしては足取りに理性があり、歩幅とその軽さから察するに、魔女という名からイメージされる老婆でもない。

 ……となると、若い女性なのだろうか?


「……たたかい、ある?」

「あまり、きがすすまない、ごぶ」


 ゴブリン二名は、若干緊張気味だった。

 リユセは背負った剣を抜きやすいように正し、アクダルも腰から槌を抜く。


「生き物の臭いはしない。でも、モンスターじゃないから安心しろ」

「結局、私の同胞なのでしょうかな?」

騒霊(ポルターガイスト)ならその線もあるだろうけど、物理的に二本足の気配なんだよなあ、どういう事だ?」


 結局の所、臭いの問題は謎のままだった。


「私が斥候を務めましょうか」

「いやあ、シュテルン。おそらく無用でしょうぞ」


 ウノの肩から飛び立とうとするシュテルンを、ユリンが制した。


「どういう事でしょうか?」

「まず、中にいるのは賊ではない。普通の人間ならば、家主様はそのように察するでしょう。ではモンスターの類か。それならば家の住人の血臭を家主様が嗅ぎ取るでしょう。死霊騒霊の類も違うと、否定されました。そもそも薬を受け取りに、丘の上の家までなどという依頼を冒険者に依頼しているのですから……まあ、つまり、中にいるのはおそらく異種族の類でしょうな」


 長い分析だったが、要は中にいるのは異種族だろう、という最後の部分だけが重要だった。

 そして、そのユリンの推測は当たっていた。




 ノックをすると、扉を開いたのは緑色の肌を持つ妙齢の女性だった。


「いらっしゃいませ。あら、今日はいつもの人達とは違うのですね」

「……さすが、元護衛。大当たりだ」

「恐縮ですな」


 ユリンは苦笑しながら、肩を竦めた。

 大体ユリンと同じ二十歳程度だろうか、やや凜々しいユリンと比較し、おっとり温和な雰囲気を纏っている。

 緩やかなワンピースを纏っているのも一因だろう。

 何よりも特徴的なのは、その緑色の肌で、ウノは動物の臭いがしない理由がようやく分かった。

 彼女は、植物なのだ。


「マ・ジェフとハイタンは今、冒険者ギルドの手伝いをしているんだ。それで俺達が代わりに来た……ああ、俺達はあっちの森の洞窟に住んでる者だ。名前をウノという。犬獣人だ」

「主の使い魔の、シュテルンです」


 他の面々も、ウノ達に続いて名乗った。


「まあ、これはご丁寧に。イーリスと申します。ここで、薬師や呪い師の真似事をしております……まあ、村の人達からは魔女と呼ばれていますけれど。種族はアルラウネです」


 アルラウネ。

 人型をした植物モンスターであり、大体は女性であるとされる……というか、男性型の目撃例は今のところ、存在しない。

 マンドラゴラと同種であるとされ、匂いで動物を誘う、身体は貴重な素材の塊、根を引き抜くとあまりの絶叫にそれを聞いた人間が死ぬ、などという逸話がある。

 ただ彼女、イーリスは二本足で歩いているので、ウノ達が絶叫で死ぬ事はなさそうだ。


「植物系の異種族か。初めて見た」

「おや、それは、意外ですな。城下町で暮らしていた頃にも、見かけなかったのですか」

「城下町オーシンは賑やかでしたが、植物が生きるには少々不向きですから」


 ユリンが首を傾げ、それにシュテルンが答えを返した。


「ああ、なるほど。それは道理ですな」


 一方で、ゴブリン達はイーリスとの距離を掴めずにいた。


「……ごぶ。おれたちの、なかま?」

「た、たぶん、ちがうごぶ」


 まあ、同じ緑色ではある。


「よければお茶でもお出ししましょうか。ここまで大変だったでしょう? 薬の方はもう準備が出来ていますから、すぐに出せますし」

「それじゃ、ご馳走になります」


 バーベキューを食べたとは言え、その後、家一軒を解体する仕事をして、そのままここまで来たのだ。

 実際、喉は渇いており、ウノも遠慮はしなかった。


「大人数には少し、手狭かもしれませんけど」


 微笑みながら、イーリスはウノ達を中へと案内した。




 家の中は、正面に大きな窓の下にテーブルと椅子が二脚。

 左手は台所になっており、右手には小さな本棚とベッドという、ほぼ一室で完成した造りとなっている。

 その中でも特に目を惹くのは、天井や壁に吊されている、薬草の数々だ。

 幸いほとんどは天日で干されたモノらしく強い臭気は消えているが、その分、土鍋で煮込まれているらしい薬の臭いが、鼻の利くウノやラファルにはちょっと刺激が強い。

 また台所には食器と共に、フラスコやビーカーといった実験器具も揃えられている。

 本棚の高さはウノの腰程度しかないが、それでもビッシリと太い書物が並んでいた。

 また台所脇の樽には、大きな巻物が丸まった状態で何本も突っ込まれており、ウノの好奇心を刺激して止まない。


「はー……本当に、魔女の家だな、これは」

「魔術は使えないんですけどね」


 部屋は窓も天窓も大きく、陽光をよく取り込めるようになっていた。

 窓の向こうには井戸が見える……しかし崖っぷちの真上にあるのに、水は引けるのだろうか? とかちょっと余計な心配をしてしまいそうになる。

 一人暮らしという事もあり、テーブルは小さく椅子も二脚しかないが……ちゃんとテーブルクロスは敷かれているし、全体的に掃除が行き届いていた。

 暖かで家庭的な魔女の家というのも変な表現だが、ウノとしてはそれが感想として一番しっくりきた。


「でも、魔女って言われているんだろう?」

「気休めに、農作物の実りを(まじな)ったり、していますからじゃないでしょうか。……ただ、不作の際に本当の事を言うと不評ですので、その辺りは話術が必要ですね。それでもフォローしきれない部分も、ありますけど」


 お茶の用意をしますね、とイーリスが台所に立つ。

 適当に座っていいと言われたので、ウノは椅子に、シュテルンは窓際、ユリンはベッドに腰掛け、ゴブリン達とラファルは床に座った。

 しばらく待っていると、イーリスが香茶を運んできた。


「すみません、ほとんどお客様が来ない家ですから……」


 と、皆に配られた器は、大きさもまちまちだった。

 イーリス本人に到っては、カップが足りなかったのか丼である。


「おいしいです!!」


 皿に注がれたお茶を舐め、ラファルが感想を叫ぶ。


「そうだな、うまい」


 茶に関しては素人のウノでも、それぐらいは分かる。


「恐縮です。それにしても、皆さん独特の組み合わせですね」


 イーリスも席に座り、微笑みながらウノの面子を見渡した。


「いわゆる『人間』が一人もいないっていうのも独特だろうな」

「だから、森で暮らしているんですか?」


 なるほど、皆異種族だから、人の世界では生き辛いという解釈も出来ないではない。


「いや、ほぼ完全に成り行きだな。俺とシュテルンが住んでた所を追い出されて、色々探した結果か森の洞窟だったんだよ。他の面々は、その後集まったって感じだよ。イーリスはどうしてここに?」

「私の場合は、親が花粉を飛ばし、風に乗ってここにたどり着いたんです。丘の下に村が出来たのは、その後ですね」


 それはつまり、村が出来る前からここに住んでいたという事であり、イーリスは見た目とは裏腹に相当な長生きをしているという事になる。

 ふむ、とユリンも小さなカップに口をつけ、過去に思いをはせていた。


「私が生きていた頃にはまだ、貴方の存在も村もなかったですから、大体百年ぐらい前といった感じでしょうかな」

「そうですね、大体そんな所ではないでしょうか」


 角が生えていたり、身体が緑色である事を除けば、二十歳ぐらいの女性同士の会話である。


「……百年単位の世間話ってのも、すごいよな」

「まったく、同感です」


 シュールだ、というウノの感想に、小皿の香茶を飲んでいたシュテルンも、同意していた。


「つまり、ずっと前からここでこういう生活を送っているのか」

「ええ。生活は雨と日光浴で事足りるのですが、それでは人生味気ないので、少しだけですが人とも触れ合う仕事をさせてもらっています。アルラウネという種族は珍しいらしく、警戒もされていますけどね」


 それはちょっと寂しい生活かもなあ、とウノは思う。

 思うが、本人が納得しているのなら、口を出す筋合いではない。


「薬の作り方には、やっぱり詳しいのか?」

「それはまあ、仕事にしているぐらいですから」

「あの手のレシピって、どこかで売ってるモノなんだろうか」


 別に、イーリスからもらおうなどとは思っていない。

 ただせっかく薬の専門家がいるのだから、出来る質問はしておきたかった。


「そうですね、薬局や道具屋で傷薬や毒消しなどの簡単なモノなら売っていますが、複雑なモノは秘伝となりますね。心臓を強くする薬なんて、呑み方を間違えたら最悪死にますから」

「ああ、なるほど……そういう事情か」


 それは確かに、手軽に調合方法が広められない訳だ。

 安易に広めて、それが原因で死亡事故なんて起こったら、たまったモノではない。


「だから、大抵は弟子を取る形になります」

「ふーむ……」

「お薬が欲しいんですか?」

「ウチは森の中にあるから、素材には困らないんだよ。でまあ、傷を癒やせる奴もいる。だけど、負担は少ない方がいいし、やれる事は多い方がいい」


 傷薬や体力回復薬は、バステトが何故か知識を持っており、作る事が出来る。

 ただそれは彼女曰く、「天界にいるネフェルトゥムやイムホテプと連絡を取って、教えてもらってるのにゃあ。でもまだウチキの力が足りないから、基本的なのしか作れないにゃ」との事だった。

 どうやら彼女が上げた二人というか二柱は、医学の神らしい。

 ただ、神にばかり頼るというのも考え物だ。

 ウノとしては、自分達で他の薬を作れるのなら、それに越した事はない。


「ふむ、ここのライバルが出来る訳ですな」

「ちょっ!?」


 ユリンが混ぜっ返したが、ウノはもちろんそんなつもりは毛頭ない。

 あくまで、洞窟で使うための薬の調合方法が欲しかっただけだ。

 が。


「その時は、質で勝負でしょうか」


 本気か冗談か、イーリスもユリンの冗句に乗った。

 そして肝心の調合方法(レシピ)に関してだが。


「そうですね、簡単な薬のレシピはありません。全部頭に入っていますから」

「そっか」


 つまり、ここにはレシピはない。

 まあ、それならそれでしょうがないかなと、ウノはあっさりしたモノだ。

 ウノ達は、村の雑貨屋からの依頼で薬を受け取りに来た『お遣い』で、イーリスの『お客さん』だ。

 元々駄目元だったし、わざわざ書いてもらう……ほど、仲が深まった訳でもない。

 わざわざそんな手間をイーリスに強いるほど、ウノは厚かましくはなれなかった。

 ……のだが、イーリスはウノの考えの、ちょっと斜め上をいっていた。


「なので、今から作りませんか?」

「へ?」

「レシピはありませんけど、身体で憶えて帰ったらいいんですよ」


 ……意外に、脳筋なイーリスであった。




 何でこんな事になっているんだろう、とウノは不思議に思いながらも、『オルトロス・システム』によりもう一つの思考はしっかりと、乾いた薬草をすり鉢で砕いていた。

 今、ウノが作っているのは『胃薬』だ。


「はい、そこでコップの水を注いで混ぜ合わせ、漉し器に通します。あ、ユリンさん、つまみ食いは駄目ですよ」

「ふむ、苦いですな」

「薬草をそのまま食べれば、それはそうでしょう。リユセさんお上手ですよ」

「ご、ごぶ……っ」


 リユセは、ドロリとした液体を瓶に詰めている。

 ユリンとリユセが作っているのは、『痛み止め』だ。


「ごぶ、ごぶ、どれぐらいふめば……いいごぶ。もっとふむ、ごぶか?」

「わふっ、たのしいです!!」

「私はもう、翼が疲れてきたのですが、主様のためならば!!」


 アクダルとラファルが毛布越しに踏んでいるのは、乾燥させた様々な薬草。

 またシュテルンは、乾燥する前の薬草に翼で風を与えていた。

 三人は、料理に使われる『薬味』の材料の仕込みを、イーリスから教わっていた。

 食に繋がるので、三匹ともテンションは高い。


「こっちも瓶に注ぎ終えた。これで、完成かな?」

「はい、しばらく置いて人肌ぐらいになったら出来上がりです。お疲れ様です」

「作成の工程は、私が記憶しております。ご安心下さい」


 一足先に、薬味を仕込み終えたシュテルンが、丸眼鏡をキラリと輝かせる。


 ――そして、それをメモってるのがウチキにゃー。

 こっちでもグリューネたんとかゼリューンヌィに、やらせてみるのにゃあ。


 バステト達、留守番組も、それなりに楽しんでいるようだった。


「……ただ、ヴェールは、ヤバいモノ作るイメージしかねえな」


 アイツに調合を仕込むのは、危険な気がするウノだった。

 こうして、突発的に行われた調合の体験教室は終了した。




 ユリンが牽く荷車に、薬瓶の詰まった木箱を載せ終える。

 日は、夕暮れとまではいかないまでも、大分傾いてきている。

 イーリスの家にいた時間はそれほど長くはないが、その前の廃屋解体作業がかなり、時間を掛けていたせいだ。何せ小さいとは言え、家一つ分だ。無理もない。

 そろそろ、冒険者ギルドの方でも、ウノ達が持ち込んだ素材の査定が終わる頃だろう。


「今日はありがとうございました」


 家の前で、イーリスが頭を下げた。


「いや、礼を言うのはこっちの方だろう」

「いえいえ、私も楽しかったですから。こんなに賑やかなのは、本当に久しぶりで……」


 微笑むイーリスだったが、また一人の生活に戻ってしまう。

 それはちょっと寂しいかなと、ウノは思ってしまった。


「じゃあ、また今度村に来た時、挨拶に来るよ。新しい薬の作り方も憶えたいし」

「では私の方も簡単な薬の作り方を用意しておきますね」


 そう笑うイーリスと別れ、ウノ達は丘を下ったのだった。

分割にしようかと割と本気で思いましたが、一応三つの依頼はそれぞれ一話と自分の中で決めていたので、最後まで。

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