村長と、家の解体
ウノ達は、次の依頼である取り壊し作業の為、ポロス氏の廃屋を訪れた。
家は石造りの平屋で、大きさはさほどでもない。
受付のレティ曰く死因は老衰だったというし、広い家はかえって手入れが大変になっただろう。それを考えれば、この大きさは妥当と言える。
そして、家の前には白い口ひげを蓄え、頭のはげ上がった小柄な老人がいた。
何か武術の心得でもあるのか、妙に背筋がシャンとしている。
手には何故かワインの入った籠を持っており、傍らには五本ほどの木槌が置かれていた。
彼が依頼主のフローンスだろうとウノが挨拶をしようとしたら、いきなり相手が頭を下げてきた。
「仕事の話をする前に、君らには詫びねばならんな。息子が迷惑を掛けた。すまなかった」
「息子?」
何のことかまるで心当たりがない……とウノは言いたい所だが、この村で迷惑を掛けられた事が、一つだけあった。
「あっ、あの絡んできた奴の件か。っていう事は、この村の村長さん?」
本人が名乗った訳ではないが、ハッスという若者が村長の三男坊である事や、周りの取り巻きも似たようなモノという辺りの情報は、冒険者ギルドのレティから聞いていた。
「うむ」
眼光鋭く、小さくも頑固そうな親父だ。
何だってこんな親から、あんなのが育ったのか、ウノにはよく分からない。
「あー……先に挨拶伺った方がよかったかな?」
よそ者の礼儀的に、とウノはシュテルンに囁く。
「難しい所ですね。一冒険者がいちいち訪れた村の村長に挨拶に伺うというのも、おかしな話です」
「その一方で、モンスターの群れの長という体でもありますからな」
シュテルン、ユリン、共に言う事に一理あった。
ただ、もう済んでしまった話だった。
目の前に村長がいるのだし、問題はここからの対応だった。
ウノとしては、今後もお世話になる村だし、友好的な関係を築いていきたい所だった。
それと同時に、念を押しておく必要もあった。
「まあ、お互い何事もなかったので、よかったですよ。ただ、次も無傷でいられるという保証はありません」
今回はたまたま、お互い無傷でやりすごせた。
……が、もしも向こうが刃物などで仲間を傷つけたりした場合、ウノも穏便に済ませるつもりはない。
その辺りはフローンスも承知の上なのか、深いため息をついていた。
「うむ、私も身内と思い、甘かった。腕っ節にだけはそれなりの取り柄があったようだから自警団などというモノを認めたが、逆に皆が萎縮してしまっていた。クビにするにはいい機会でもあったな。奴らは教会での奉仕活動の後、隣町の大農場へ連行となる。ザッと半年という所だな」
「そうですか」
大体の村は、そこで犯罪を犯した場合、村長が裁く事となっている。
罪の重さに応じて、広場に数日間看板を持たせて晒したり、相手に金を支払わせたり、今回のように労役を課したりする。
大農場というのは罪人の収容所を指し、またそのままの意味でもあるのだろう。
大体その手の場所には屈強な監督官がおり、朝から晩まで肉体労働というのが相場だ。その一方で健康的な生活の上、まず食いっぱぐれる事がないので、寒い冬になると軽犯罪を犯してそこで過ごそうと目論む者も少なくないとも聞く。
まあ、それでも労働はあの手の性格の奴にはきついだろうし、妥当な所かなとウノは思うのだった。
「迷惑を掛けた詫びの方は、冒険者ギルドの方に預けておいた。現金を持ち歩くより、そちらの方がよいと思ったのだが、余計な配慮だったかな?」
ハッスに罰を与える一方で、ウノには賠償金が支払われる。
事件の規模から、せいぜい迷惑料というレベルだろうが、もらえるというのならウノは受け取っておく事にした。
「いや、助かります。森の中じゃ、使い道ないですしね」
「それとこれは、ウチで取れたワインだ。納めてもらいたい」
フローンスが持っていたワインは、どうやら詫びの品だったらしい。
「いただきます」
葡萄の香りが、ウノの鼻をくすぐる。
かなりいいワインだ。
これは、洞窟に戻ってみんなで飲もうとウノは思った。
フローンスが手を打つ。
どうやら、この件はここまでのようだ。
彼は、埃っぽい臭いのする廃屋に視線をやった。
「では、そろそろ本題に入ろう。撤去してもらいたいのは、この家だ。木槌は用意してあるが、別に自前で用意してあるならそれを使ってくれても構わない。依頼書にも書いた通り、壊したらそのまま放置で構わない。処分はこちらでしよう」
ならば、とウノも話を持ちかける。
上手くいったら、報酬以上のモノが手に入る。
「それなんですけど、全部壊していいって事ですか?」
「そうだが?」
「中に家具とか残ってたりしてたら?」
「めぼしいモノは大体、ポロスが死んだ時に村で分け合ってあるんだ。クローゼットだの箪笥だのは、皆持ってて古いのは欲しがらなかったしな。それも、壊してくれて構わない」
ウノの目が、鋭く光る。
それは、中にクローゼットや箪笥がある、という事だ。
「つまり、いらないモノ、なんですね?」
ウノの念押しに、フローンスもどうやら察したようだ。
ニヤリ、と笑みを浮かべる。
「あ、あー……なるほど。そういう事か。自由にしてくれて構わんよ。むしろ、こちらの仕事が減って大助かりだ」
これが、ウノがこの依頼を受けた大きな動機だ。
どうやらタダで、家具が手に入りそうだ。
ならばもう一歩、踏み込んでみよう。
「じゃあ、助かりついでに厚かましいお願いをもう一つ。村でいらなくなった家具や道具があれば、こちらで無償で引き取りたいと思います。もちろん壊れていても構いません」
買い取ります、ではないところがミソだった。
「ふむ、しかし今日中では間に合わんかもしれんぞ? 家具の運び出しなど、どうしてもこちら側でも時間が掛かる」
「別に今日全部やって二度と来ないって訳でもないんですから、大体何日後までにとか言ってくれれば、その時にまた森から出てきますよ」
「それもそうか。森の素材は、こちらとしても助かっている。今年は農作物の出来がいまいちよくなくてな。何かの病気が広がっているのかもしれんという話だ」
「疫病の可能性ですか」
何とも不吉な話だった。
そして農作物といえば……バステトは一応、豊穣神だったはず。
――にゃっ、今『一応』とかつかなかったかにゃ!?
気のせいだ、とウノは届いた神託に返した。
それで、不作に関してどうにかならないのか、ちょっと聞いてみる。
――にゃあー、さすがにちょっとそれは、ウチキにはどうしようもないにゃ。洞窟の周辺なら、ウチキの加護で何とかなるけどにゃ。信者がいるでもない、余所の土地では干渉は難しいのにゃ。ただ、もしそうだった場合の対処法ならアテがあるから、用意しとくのにゃ。ウノっちにも手伝ってもらう事になるのにゃ。
「……俺が手伝うってのも、よく分からないんだが」
――そうそう、冒険者ギルドに野犬退治の依頼とかあったら、是非積極的に受けるのにゃ。
そしたら、ウチキも楽が出来るのにゃ。
「ますます、よく分からない……」
そりゃ野犬は農作物を荒らすだろうが、病気とは関係ない気がする。
それとも、その野犬が病気の原因なのか?
……そこまで考え、ウノは頭を振った。
そういうのは、洞窟に戻って直接バステトの聞けばいい。
今やるべき事は、目の前の解体作業だ。
「じゃあま、とりあえず作業を始めます。壊す方は多分あっという間なんで、家具の運び出しの方が時間掛かりそうですね」
「うむ、しっかり頼むぞ」
そしてウノ達は作業を開始した。
実際、家の中のモノを全部吐き出す作業に時間の大半を費やし、壊すのはアクダルとユリンの力で、あっという間に終わってしまった。
そして手に入った埃を被ったクローゼットに箪笥、机、壊れた椅子、洋服掛けなどは、ウノにとっては宝も同然であった。
頭によぎる0円食堂。