馬と老人
ウノ達は、老馬が死んだという農家を訪れた。
依頼主であるイアンは、働き盛りの中年といった感じの農夫だった。
話を聞くと、今朝いつものように馬小屋に行くと、老馬は眠るように息を引き取っていたらしい。
なので、馬小屋に案内してもらった。
「なるほど、かなりの老体ですね」
そしてイアンの言う通り、まるで眠っているかのようだった。
しかし脈を確かめてみると、確かにもう息はない。
「大往生といった感じですな」
ユリンがふぅむと唸ると、イアンの母であるタブラが顔を伏せた。
小柄ながら、しっかり者という印象を受ける、上品な初老の婦人だ。
「主人との結婚祝いに、親戚からもらった子だったんですが……アンタも処分なんて書き方しちゃ駄目でしょ!! この子もウチの家族だったんだから」
母親に責められ、イアンはすまなそうに頭を掻いた。
「確かに俺も悪かった。……まあ、出来るだけ丁重に葬ってくれると助かるかな。そうすりゃ親父も多少は、元気が出るだろ」
聞くと、今の農家はイアンの家族が継いでいる。
もう一軒並んで建てられた小さい方の家に、タブラとその夫であるナリーは住んでいる。
ナリーは半ば隠居、半ば現役という立ち位置らしいが、今は長年可愛がってきた愛馬を失い、部屋で喪に伏しているという。
「本当は葬式でも出せればいいんだが、ペットの葬式なんて聞いた事がないだろ?」
肩を竦めるイアンに、ウノは首を振った。
「いや、オーシンの方だと割と、聞きますよ」
「城下町には、そんなのがあるのか!?」
「都の方では、色んな人がいますからね」
だから、色んな仕事もあるのだ。
とは言っても、ここにはそんな商売はないし、教会の神父もおそらく断っただろう。
別に神父が悪い訳ではなく、それが常識的な対応だ。
ただ、馬の処分をするにしても、本来の持ち主であるナリーには見届けてもらわなければならない。
それがケジメというモノだ。
なので、イアンとタブラに、ナリーを連れてきてもらった。
「ううう、サウス……どうして死んでしもうたんじゃあ……」
ナリーは丸眼鏡に髭面の、恰幅のいい老人だった。
しょんぼりしているナリーの背中を、妻のタブラが撫でる。
「しょうがないでしょう、貴方。寿命だったんだから」
「昨日まで、あんなに元気じゃったのに……」
「元気というか、いつも通りゆっくりだったな」
イアンも、老馬の生前の姿を思い出しているようだった。
部外者であるウノ達としては、ちょっと声を掛けるのを躊躇ってしまう。
「び、微妙にやりにくいな」
「ここは作業に徹するべきでしょうな」
ユリンは割とビジネスライクだ。
空気を読めないのか、読まないのかは微妙な所だった。
ただ、このまま待っていても時間の浪費なのは確かだ。
他の仕事もあるし、話を進めさせてもらおう。
「……そうだな。あの、一つ確認したいのですが、依頼の内容だと食用にしても問題はないみたいな感じだったんですけど」
「ああ、それはそれでいい。土の養分になるか人の養分になるかの違いだからな。ただ、肉としては、あまりよくないとも書いたはずだけど……実際ブッチも売り物になるかどうか微妙だって言ってたし」
ブッチというのは、食料品店の主人だ。
皮の方も今一つだし、ナリーとしては切り売りされるよりは、ひと思いに葬って欲しいという意向らしい。
そしてウノとしては、全部食用にしてもいいというのは、大変ありがたい申し出だった。
「いや、いいんです。骨以外全部、エネルギーに換えられる奴がいるし」
「お任せあれ」
ユリンが一礼する。
「私も頂きます」
「いただきます!!」
「……ごぶ、いっぱいあるいた。おなか、すいてる、ごぶ」
「くいで、ありそう、ごぶ」
他の面々も、食べる気満々だ。
冒険者ギルドの酒場で食べたとは言え、リユセの言う通り村の中での買い物で、結構歩き回った。
極端に、腹が空いているという訳ではないが、ウノも充分腹に収まりそうだ。
ベソをかいていたナリーも、目尻の涙を拭い、顔を上げた。
「なら、儂も食うぞ……サウスは儂の血肉となるんじゃ」
かくして、臨時のバーベキュー大会となった。
ウノは土魔術『土塊』で即席の石積みコンロを造り、火魔術『灯火』で火をつけた。
魔術についてナリー達に対しては、便利なマジックアイテムという事で通した。
その間、他の道具や野菜類はイアンが家族――妻と子供三人――とともに自宅から持ち出し、シュテルンが食料品店に飛んで、追加の調味料を購入してきた。
馬を捌くのは苦労したが、鍛冶屋のシュミットから購入したナイフがいきなり役に立つ事になった。
切れ味はさすが、という感想であった。
そして、家に尽くした老馬を偲ぶバーベキューの会は、最初の湿っぽさはどこへやら、思ったよりも朗らかに終了した。
「ふう、ごちそうさまでした」
「本当に全部食べきるなんて……しかも骨まで」
「正直、解体処理が一番大変でした」
イアンが呆気にとられながら、ユリンを見る。
一番多く食べたのは彼女で、実際見た感じではどこにあの量が収まったのかとウノも思う。
この依頼を受けた一番の理由は、エネルギーの消耗が一番激しいユリンの腹を満たすためだった……のだが、食事中にユリンが、興味深い事を言っていた。
「……で、ユリン。さっき話してた事はマジか?」
「ええ……まあ、魂も魄もわずかながら残滓がありますし」
行けますぞ、とユリンは指でOKと輪を作った。
ならばと、ウノはナリーに向き合った。
「爺さん」
「……何じゃい」
「飼ってた馬に、会いたいか?」
「当たり前じゃ。じゃが、アイツはもう死んでしもうた……はああぁぁ……」
涙はもうないが、愛馬を失ったナリーの悲しみは深い。
大きなため息をつき、ナリーはウノを力なく見た。
「それとも何じゃ。お前がサウスを生き返らせるとでも言うのか」
「いや、生き返らせる訳じゃない。だけど、近いと言えば近い。……ユリン」
「では、しばしお待ちを」
ユリンはイアンの了承を得て、納屋に入った。
扉が閉まると、骨を鳴らす音が響き、イアンが思わずといった風にウノを振り返った。
が、問題はない。
……しばらくすると扉が開き、そこから精悍な馬が出現した。
そしてその馬を見て、イアン達がどよめく。
中でも最も動揺したのが、ナリーだ。
「っ!? サ、サウス……!? サウスなのか……!?」
「ブルル……」
馬は小さく鳴き、ナリーの前で頭を垂れた。
「儂に乗れというのか」
「でも、サウスは農耕馬だったんじゃ……?」
イアンが疑問を抱くが、それに答えたのは母親であるタブラだった。
「あなたが生まれるより前、私達の若い頃は私達を乗せてくれてたのよ。あの姿は全盛期のモノだわ」
「そうじゃ、タブラお前も乗らんか。せっかくじゃから昔のように」
既に、馬に乗ったナリーが、妻のタブラを手招きする。
「ええ、それじゃ後ろに乗せてもらおうかしら。イアンは後でね」
ナリーとタブラを乗せた馬が、農場を緩やかに駆ける。
しばらく堪能した後、イアンやその家族も交代で乗り……馬は納屋に戻った。
再び、骨が鳴る音が立て続けにし、衣服を整えながらユリンが出てきた。
「如何でしたかな、ナリー殿」
「いや、まさかまたあの子の背中に乗れるとは思わなんだ。……じゃが、あの子はもう死んでおるのじゃな?」
「左様。ですが、文字通り私の血肉となっており、記憶もいくらかは引き継いでおります。そういう意味では、生き続けているとも言えますな」
「そうかあ……ちょっと待っとれ」
ナリーは納屋に入ると、しばらくして何かを抱えて出てきた。
大きな道具と、鉄製に小さな道具だ。
「これは……?」
「サウスの鞍と蹄鉄じゃ。後で処分しようと思っとったんじゃがな。それとあっちにある荷車も使うとええ」
ウノとしては大変ありがたい申し出だった。
鞍はゲンツキホースのカーブが、蹄鉄はユリンが使えるし、荷車があれば運搬量が倍以上になる。
「シュテルン」
「分かっています」
シュテルンが、鍛冶屋の方に飛んでいく。
まあ、先にカーブの蹄鉄を造ると言っていたから、まだユリンの分には手をつけていないとは思うが、こういう知らせは早い方がいい。
「いや、でも親父。ウチだって仕事があるんだ。また新しい馬だって飼うんだぜ?」
ちょっと渋い顔をしていたイアンに、ナリーはふん、と鼻を鳴らす。
これが、本来のナリーなのだろう、すっかり元気になったようだ。
「その時は、新しい鞍と蹄鉄を買えばええ。その程度の金は残っとるわ」
「っはー……しょうがねえなあ。持ち主の親父がこう言ってるから、俺は何も言えねえ。大事に扱ってくれよ」
「そりゃもちろん。特に、荷車はすごく助かるよ」
「何か困った事があれば、言いに来るとええ。力になろう」
ナリーが指しだした手を、ウノは握り返した。
「ありがとうございます。また、村に来た時には、よろしくお願いします」