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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
58/140

鍛冶屋の伊達男

 生活周りで必要なモノを購入し終え、ウノ達は広場に戻った。


「そしてリユセおまちかね。次は鍛冶屋だ!!」

「……ごぶっ!!」


 リユセのテンションも、いつもより若干高い。

 場所は食料品店の主人から聞いていたので、迷う事はなかった。

 看板は、半円状の鍋をバックに、剣と槌が描かれていた。

 二階建ての建物で、大きな煙突からは黒煙が立ち上っている。

 ウノは、他の家よりもわずかに熱気があるような印象を受けた。

 中に入ると、壁には武器が立てかけられ、中央には寸胴鍋や大鍋にフライパンといった調理器具、斧や鍬といった農具、金槌や釘などの工具、なんと玩具や楽器まで陳列されていた。


「どうにも、節操のないお店ですね」


 店内を見渡したシュテルンの感想が、これだった。


「別に珍しい事じゃないよ。どれも鉄を扱うからな」


 リユセはおっかなびっくりといった体で武器のある壁際に近づき、それらを見上げていた。放っておくと、いつまでも眺めていそうだ。

 アクダルは農具の方に興味があるらしい。

 事前に言い含めてあるので、どちらも勝手に触ったりはしない。

 一方ユリンも、興味を引くモノを見つけたようだ。

 祠を模した台座に鎮座する女神像だ。

 台座ごと両手で運べる程度の大きさになっている。


「ほう、これは珍しい。エスタルの神像をこんな場所で拝めるとは」

「エスタル?」

豚人(オーク)の崇拝する女神です。愛の神でもありますな」


 ウノは思いだした。

 そう言えば、ユリンの仕えていた高貴な人の想い人が豚人(オーク)だったか。


「ああ、そうだ。家主殿、一つ買い物に付け加えてもらいたいモノがあるのですが」

「何だよ、ユリン。まさか、この神像が買い物リストに加わるのか?」

「違います。蹄鉄ですな。私の分とカーブの分です。ああ、カーブには鞍も欲しいですぞ。単なる野生馬ならば不要でしょうが、人を乗せたり荷を積むのならば、やはりこれらはあった方がよいかと」

「確かになあ。じゃあそれも、ここで相談してみよう」


 鞍はここで扱うのか分からないけど……いや、言えばやってくれそうな気がする。

 なんて考えていると、奥から中年の男が現れた。奥の方は、どうも工房になっているらしい。


「来たか。噂の獣人だな」

「え……ここの主人?」

「そうだが。店主のシュミットだ」


 作業が暑いせいか、シャツの胸元をはだけさせた長身の男だ。

 焦げ茶色の髪は後ろに撫でつけ、髭も手入れされている。

 手足もスラリとしていながら、全体的に鍛えられているのが、服の上からも分かる。

 恐ろしく色気のある伊達男であった。

 場違い。

 そんな単語が、ウノの頭をよぎった。


「私の姿が食堂の料理人に見えるのか?」

「いやー……」

「何でしょう、この謎の貫禄」

「どこぞの貴族の当主が、変装しているみたいですな……というか、どこかで会った事は、ありませんかな?」


 ユリンが、マジマジと店主を見る。

 が、店主は首を振った。


「いや、全くの初対面だ」

「そりゃそうだろうなあ……」


 ユリンが会った事があるならば、何百年も前の人間という事になる。

 さすがに、それはないだろう。

 まあ可能性があるとすれば、森にこの店主が入って幽霊のユリンと遭遇した……というケースだが、ユリンが復活したのは、つい最近の事だし、それもないように思える。

 店主のシュミットは、肩を竦める。


「貫禄云々はよく言われるな。だが、私は生まれも育ちもこの村で、れっきとした鍛冶職人だ。まあ、一時期は城下町で修行していたがな……そして、仕事を明かすたびに、女から詐欺だ騙されたと罵られた」

「はぁ……」

「鍛冶師は賤業ではないと、私は声を大にしていいたい。勝手に人を王族だか貴族の隠し子認定しておいて、後で違うとなれば失望するなど、勝手だとは思わないか? 私は一度も、そんな事を言った事はない」


 美形は美形なりに、苦労してきたらしい。


「うん、思う。思うけど多分今、それを俺に言ってもどうにもならないと思う。それより、色々と買いたいモノがあるんだけど、いいかな?」


 ウノとしても、鍛冶屋の愚痴を聞きに来た訳ではない。

 時間も余裕があるとは言え、限られているのだ。

 さっさと本題に入るに限る。


「いいだろう。売り物は売るし、欲しいモノがあるのならば作るぞ。そして無理なモノは無理と言う。まあ、よほどとんでもない注文でない限りは、受けるがな」


 シュミットの了承も得、ウノ達は調理器具や農具、工具の他、ユリンの要望である蹄鉄や鞍も注文した。

 さすがに鞍は時間が掛かるが……という前置きはあったモノの、注文自体は受けてもらえた。

 どれもかさばるので、シュミットは注文をすべて壁に据え付けてあった黒板に書き写していた。


「ふむ、まあいいだろう。品の方は冒険者ギルドの裏手に届けておけばいいんだな」

「ああ、そこで荷物をまとめて帰る予定だから。でまあ生活周りはそれでいいとして、後は武器かな。コイツらのって……いいのか?」


 ウノは、ビシッと姿勢を正すユリンを親指で差した。


「ご、ごぶ……」

「ゴブリン用の武器か。モンスター用の武器など初めてだが」


 ニヤリ、とシュミットはニヒルな笑みを浮かべた。


「だから、面白い。小さいの、背負ってる剣を見せてみろ」

「ごぶ……」


 リユセから、シュミットは長剣を預かる。

 鞘から抜き、リユセと何度か交互に比較する。


「長さが合っていないな。長ければそれだけリーチも稼げるが、これだとお前が剣に振り回される事になる」

「……でも、かっこいいごぶ」

「そうだな、格好いいってのは重要だ。だが、ちょっと考えろ。格好いい武器に振り回されるのと、格好良く武器を振り回すのは違う。理想を夢想しそのまま死ぬか、格好いい自分になるか、どっちがいい」


 そんな選択、実質一択だよなあとウノは内心思ったが、口には出さなかった。


「ごぶ……しぬのは、いやごぶ」

「なら、長剣が格好いいというその希望は汲んだ上で、使いやすいモノを選ぶぞ。これなんかどうだ。お前が使っているのより少しだけ寸足らずだが、それでも長剣には違いない」


 おや、とウノはちょっと意外に思った。

 てっきりショートソードでも勧めるのかと思ったが、そのまま長剣を選ぶとは。

 シュミットは壁に立てかけてあった剣を一本手に取ると、それをリユセに渡した。

 なるほど、シュミットの言う通り、少しだけさっきまで持っていたそれよりも短い。

 ……が、それでもリユセが持つと立派な長剣だ。


「か、かるいごぶ……!?」


 長剣を真っ直ぐに持ったリユセが、驚愕する。


「抜いてみろ」

「ご、ごぶ……」


 鞘から抜かれた刃は、剣呑な鈍色の光を放っていた。

 通常の長剣は、重さを活かして『ぶった切る』武器であり、リユセの背負っていた長剣も切れ味は悪くなかったはずだが、それでもその常識から外れてはいなかった。

 けれど、今、リユセの持つ剣は違う。

 ……ウノには、その刃に見覚えがあった。

 シュミットは煙草に火をつけ、軽く一服する。


「切れ味を突き詰めた刃物でな、鋼を何層にも重ねてある。試作品だから、安くしておいてやろう。ただし、使い心地は後で報告してもらいたい」

「……ウチの元上司の武器みたいだな」


 リユセの持つ長剣は、異国の衛兵が故郷から持ってきたモノだと言っていた、カタナにとてもよく似ていた。


「私の祖父の故郷の技術だ。おそらくお前の元上司というのは、同郷かその近くなのだろうな」

「それ、ナイフとかないのか」

「あるぞ。肉も野菜もよく切れる」


 シュミットが引き出しから、ナイフを取り出した。

 ……何でもあるな、この鍛冶屋。

 ちょっとウノは呆れた。

 呆れついでに、もう一つ聞いてみる事にした。


「で、話の流れを切りそうだったからタイミング見計らってたんだけど、何でゴブリンが喋る事に驚かないのさ」

「世の中、森の中にあるダンジョンに住む変わり者がいるんだ。喋るゴブリンだっているだろう」

「ボクも喋ります!!」

「私も喋りますよ」


 尻尾を振るラファル、さらにウノの肩の上でシュテルンも喋りだし、シュミットの吸っていた煙草の先端から、灰がポロリと落ちた。


「……今のは、ちょっと驚いた。ただまあ、そうだな、私はゴブリンの事など知らん。だから、そもそも喋れるのかどうかすら、知らんのだ」

「そういうモンか」

「そういうモンだ。そして、知らないというのは色々あってな、この村に来て、お前達に対する雰囲気はあまりよくなかったと思う」


 ウノは思い出す。

 村に入ってすぐにあった()()は特殊なケースとして。

 遠巻きに、こちらの様子を見る村人達。

 確かに、ちょっと話しかける事も難しそうな雰囲気だった。

 あれは明らかに怖がっていたな。

 でも、それだけじゃない。


「ギルドの受付とか、店の人達はそれなりに親切だったぞ」

「それは、()()()からだ。知らなければ、モンスターを引き連れた獣人だ。敬遠もするだろう。だからそうした雰囲気をよくしたいなら、村の人間と触れ合い、知ってもらう機会があればいいんだろうな。もっとも、そのきっかけがなかなか掴めないだろうが」

「ごぶ……おれたち、むら、あらす、ない」

「こわくないのです!!」


 アクダルとラファルが主張する。


「そうだな。そういうのを分かってもらうには、直に話すのが一番だって言いたいのさ」

「何でアンタみたいなのが、こう言っちゃ何だけど、こんな場所で鍛冶やってんの」


 多分、この男の出す貫禄とかカリスマは、鍛冶屋というよりやはり、人を治める立場の人間が出すそれに近いような気がする。


「腕がよすぎて、師匠と兄弟子達に嫌われたからだよ。だが、ここで自分のペースで仕事をするのも悪くはない。美人の嫁と子供も出来たしな」

「へえ……って、まあ普通か」


 仕事を持ったいい大人なのだ。

 所帯を持っているのが当たり前だ。


「娘ならもう会ったはずだぞ。ギルドの受付は親切だったってさっき言ってただろう?」

「レティ、アンタの娘なの!?」

「ああ、嫁にはやらんぞ。息子は城下町の方に修行に出していて、妻もそっちに里帰り中だ」


 つまり、シュミットは城下町での修行中に、嫁さんと出会ったという所か。

 本当にどうでもいい情報である。

 それにしても、レティとこのダンディ中年が親子……まったく想定外だった。


「これ以上、ライバルを増やされてはたまりませんので、娘さんの主様への嫁入りは遠慮しておきます」

「ってそれ、シュテルンが言う台詞じゃないよね!? 俺が断るべきなんだよね!?」


 ふぅむ、とシュミットが唸る。


「獣人と鳥の番か。生殖構造が違うから、なかなか厳しそうだな。子孫を作らないのなら、難易度は下がるだろうが」

「アンタも、受け入れ幅広いな!?」

「ここだけの話だが、ウチの先祖にも、異種族の血が流れているらしい。お陰で力仕事は苦にならない体質だ」

「どこまで本当でどこまでホラか、いまいち分かりづらいな……話を戻して、コイツの武器も見てもらえるか?」


 長剣の軽さにいまだに感動しているリユセは置いておいて、ウノはアクダルを前にやった。


「ほう、見るからにパワーファイターだな。得物は斧か槌か?」

「ごぶ……どっちでも」

「獣人」

「ウノだ」

「予算はあと、どれぐらいあるんだ? 当たり前の話だが、新しく作るか、今あるのを売るかで変わるぞ」

「……ここにいない連中のも必要だからなあ」


 武器はゼリューンヌィの分が必要だ。

 グリューネが物理攻撃に出た時点でおそらく詰んでいるだろうし、彼女はなしでいい。

 おそらく一番手間と金が掛かりそうなのは、ヴェールのトラップツール類だろう。

 それに防具も必要だ。

 ……が、これにだけ拘っていては、今後の他の買い物に差し障りが出てしまう。

 出来るだけ節約が必要なのは、当然だった。


「じゃあ、武器だけにしとくか。その、ここにいない連中の得意武器も必要なら言ってくれ。専用武器なら本人が来なきゃどうにもならないが、それ以外なら槍でも弓でも大抵ある。素材の持ち込みも歓迎しているぞ。今後とも、ご贔屓にしてくれ」


 かくして、鍛冶屋での買い物も無事に済んだのだった。

 店を出てからも、リユセは鞘に収まったままの長剣を眺めては、にやけていた。

 それを横目で見ていたユリンが、微笑みながら言った。


「リユセ、喜ぶのはよいですが、新しい武器に慣れてもらうためにも明日から、訓練は少々きつくなりますぞ?」

「ごぶっ!?」

鍛冶屋スミスなのでシュミットという。

次回、忘れ物を取りに一旦、冒険者ギルドに戻ります。

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― 新着の感想 ―
野鍛冶みたいな感じでしょうか。 少し前までは日本にも残っていた様ですが。
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