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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
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村への訪問

 ユリンが洞窟の住人になった、その数日後。

 荷物を満載にしたゲンツキホースと、同じく荷物を満載にした半人半馬形態のユリンを率いて、ウノは森を出ていた。

 目的は、素材の売却と様々な商品の買い込みだ。

 ユリンの他には、左肩の上で羽を休めているシュテルン、尻尾を振って駆け回っている仔狼のラファル、荷物持ちのアクダル、護衛のリユセという面々だった。

 緩やかな勾配のある丘には一本の街道が走り、その延長線上には一つの小さな村が存在していた。


「お、見えてきた」

「人里も、本当に久しぶりですね。それに、木がない空というのも」

「お空が広いです!!」


 シュテルンがウノの肩から離れ、ゆるりとウノの頭上を旋回する。

 ラファルも嬉しそうだ。森から出た事がないという話なので、全面の青空というのも珍しいのだろう。


「シュテルンの場合、森より高く飛べばいつでも叶うだろ」

「この高さでは、という意味です。ユリンはどうですか。数百年ぶりの世界は」


 泳ぐように飛びながら、シュテルンの視線がユリンに向けられる。

 馬となった背には相当量の荷物が積まれているにも関わらず、彼女はまったく苦にした様子がない。

 後ろで一括りにした髪を尻尾と同じように揺らしながら、パカリパカリと蹄を鳴らして、マイペースに前に進んでいた。


「そうですな……懐かしいような新しいような、表現に困りますな。ただ、村の造りなどは私の時代と大差ないように思えますね」


 明らかにリラックスしているユリンと対照的にガチガチになっているのは、ゴブリンのリユセだ。

 彼も背負ったリュックに、素材を詰めている。

 まあ、シュテルンとラファル以外は、全員そうなのだが。


「ごぶぅ……きんちょう、する」

「りゆせ、おちつけごぶ……おーおやぶんたちも、いる。おれたち、だいじょうぶ」


 人間の里と言う事でアクダルも、気を張っている……のだが、同胞であるリユセがあまりに固くなっているので、むしろそれを宥める事で、逆に落ち着いてしまっているようだった。


「気負いすぎるなよ。まずは、最低限の仕事をやる。簡単な仕事だ。冒険者ギルドで、俺達が集めた素材を売る。そして情報を収集する。それだけだ。な、難しくないだろう?」

「それが終われば、次の段階です。生活必需品の入手。リユセの希望する武器店。調味料や加工された食糧の確保。そして家具の購入です。リユセ、貴方の第一の仕事は?」

「ごぶ……そざい、はこぶの、てつだう」


 シュテルンに問われ、リユセは答えた。

 今の現状、そのままだ。


「そういう事です」


 村が近づくと、周囲には畑が広がり始めていた。

 そして農作物の世話をする人々の姿も時々見えるが、ウノ達と目が合うと、そそくさと身を隠してしまう。

 だが、逃げた訳ではない。


「視線を感じますな。やはり我々は目立つようだ」

「そりゃまあ、しょうがないだろ。下手したら討伐対象の面子だし……マ・ジェフが頼りになる男だって事を祈ろう」


 何しろ、純粋な人間は一人もいない。

 厳密には違うが獣人のウノ、鷹のシュテルン、仔狼のラファル、ゴブリンのリユセとアクダル、もはや種族すら何か分からない半人半馬形態のユリン。

 ……そりゃあ、声を掛けるのも、憚られるというモノだ。


「いざとなれば、私が殿を務めます」

「いやいや、だから最初から戦闘ありきで臨むのはやめような、シュテルン」




 村は、木の柵でグルリと囲まれていた。

 野にモンスターがいるのだから、どんな村でも柵は当たり前に存在する。

 山賊対策でもあるが、本気で攻められたらどこまで耐えられるかあやしいだろう。

 そういう意味では気休めかもしれないが、ないよりはずっといい。

 そして村には門番がいた。


「と、止まれ!!」


 当然と言えば当然ながら、ウノ達は呼び止められた。

 逃げたら門番失格である。

 二〇をいくらか出たぐらいの青年で、手には槍を持っていた。


「あ、あー、マ・ジェフから聞いてないですかね? 冒険者やってるウノってもんですけど」


 ウノは、首からぶら下がっている認識票を、胸元から取り出した。


「ん……鷹を連れた獣人にゴブリン……あ! そうか、お前がアイツの話してた洞窟に住んでる変わり者か!」

「……まあ、間違ってはいないな」


 微妙に引っかかるが、否定のしようがない事実であった。

 肩の上に戻ったシュテルンが、小さく囁く。


「今のコメントは、この人の感想でしょうか。マ・ジェフというあの冒険者の感想でしょうか」

「落ち着くんだシュテルン。入る前からトラブルを起こしてどうする」

「失礼しました、主様」


 小さく喉を鳴らし、シュテルンは頭を下げる。


「本当にシュテルン殿は、家主様に忠実なのですな」


 そんなウノ達に、ユリンも近づき、囁いた。


「当然です。私は主様第一の(しもべ)ですから」

「通っていいぞ。ただし、揉め事は……その、本当に勘弁な」


 冒険者ギルドの認識票は、身元を示す証明票にもなる。

 頻繁に街や村を出入りする仕事だからこそ、成立するモノであった。

 同時に、冒険者ギルドの影響力の大きさも、示していた。


「分かってる。俺だって冒険者ギルドの一員だ。追われる立場には、なりたくない」

「そうか……そうだな。ただ、村の人間は排他的だ。だから……あまり、よくない対応をされても、気を悪くしないでくれよ」

「アンタは、そんなに悪くない風だけど?」

「元冒険者なんだよ」


 門番は、肩を竦めた。


「なるほど、納得」

「まあとにかく、テノエマ村へようこそ」


 こうしてウノ達は無事、村に入る事が出来たのだった。




 村は人の足で踏み固められた道に沿う形で、石造りで二階建ての家が立ち並んでいる。

 地面がなだらかに傾斜しているので、整理した区画ではない。

 目立つ建物と言えば、他の家より屋根の高いぐらいか。

 ただ、人の姿は殆ど見えない。

 見えても、ウノ達と目が合うと、そそくさと隠れてしまう。


「本当に、雰囲気が悪いですね」


 シュテルンが、憮然とした口調で目を細めていた。


「……いやあ、無理もないだろ。追い出されないだけ、マシだと思おう」

「それを考えると、先に冒険者と接触出来たというのは、僥倖なのでしょうな。でなければ、さっきの入り口で門前払いの可能性もあったのでしょうね」


 ユリンが、バーの形をした、バステト謹製高カロリー携行食をモシャモシャと食べながら、村を見回す。

 ユリンは様々な形態を取れるが、どうも変形には結構なエネルギーを消費するらしく、他の皆よりも食事量が多く必要だった。

 だが、それを補ってあまりある便利さと強さであり、燃費が悪いというのは酷であろう。

 ついでにいざとなれば、肉体から抜け出て、幽体で戦う事だって出来るのだ。


「前に来た時よりも酷いですね」


 シュテルンが言うのは、洞窟を訪れる直前の話だ。

 その時も一度、ウノはこの村を訪ねていた。

 確かに雰囲気はよくないが……その時より、人の動きが少ない気がする。

 今は大体、昼時で、畑で働いている者達も食事をとるために、村に戻っていてもおかしくはない。

 そのはずなのだが……。


「うーん……今年は少し不作っぽい部分もあるし、議会の政策も関わりがあるかもな」

「城下町の貧民街取り壊しの件ですか。治安の悪化は分かりますが、ここまで影響があるのでしょうか?」


 シュテルンの疑問も、ウノには分かる。

 これは、いわゆる連鎖反応みたいなモノなのだ。

 ちょっと悩み、ウノは頭の中で整理した。


「んー……そう、治安が悪化するだろ。そうすると、例えば食べ物を扱う行商人だ。貧民街から追い出された市民が、盗賊や山賊に落ちる。警備をつけるには金が必要になり、どうしても商品は高値になる」


 ウノの説明に、ユリンも補足する。


「それ以前に、街の外に出ないで、中でやりくりするようになるかもしれませんな。……いや、加工する前の農作物や鉱物も、山賊の標的になる。すると、商人は仕入れの段階で苦労する事になりますなあ」


 なるほど、とシュテルンも得心がいったようだった。


「さらに、安全を求める貴族の買い占めが起これば、やはり商品の高騰が発生しますね」

「そういう事。となると、流通が滞り、ここいら辺りまで影響が出てくる。村も不景気になるんだよ」


 ――ささやかながら、バタフライ・エフェクトにゃあ。


 蝶の効果?

 ウノには、バステトの神託の意味がいまいち、よく分からなかった。


「ま、冒険者ギルドが不景気じゃない事を祈ろう」


 村はそれほど広くもなさそうだし、適当に歩いていても見つかるだろう。


「わうっ!!」


 突然、ラファルが足を止めて、一声鳴いた。

 尻尾がピンと立ち、明らかに警戒している。


「どうした、ラファル。村の中だぞ? モンスターはいないはずだが……」


 ウノは動揺しそうなゴブリン達を手で制し、そして耳に集中した。

 何者かが集団で近づいてくる。


「主様」

「ああ。しばらく人里から離れてたせいで、勘が鈍ったのかもな」


 ウノ達の進行方向から、五人ほどの若者が歩いてきた。

 真ん中の、ウェーブがかった髪形をした垂れ目の青年が、リーダーっぽい。

 ……死んだ魚みたいな目をしてるなあ、というのがウノの感想だった。

 着崩した胸元と、手首から肘に掛けて、炎のような入れ墨が彫られている。

 どう見ても、チンピラであった。

 他の連中も似たような感じで、いい年こいた連中が昼間から何をぶらぶらしているのか、という風情であった。どう見ても労働している風には見えないのだ。

 ただ、周りの連中が虚勢を張りながらもやや及び腰な様子(おそらくはユリンが主な原因だろう)なのに対し、真ん中の青年だけは悪意を隠そうともしなかった。

 彼は、ウノを見て鼻で笑った。


「ああ、何だあ? 臭い奴がいるぜ」

多分この作品における、数少ない悪意です。

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