夜の訪問者
そして昼間、事は行われた。
およそ過剰ではないかと思われるほどの骨に、バステトが集めたらしい何らかの肉や魔術の触媒。
これが修理された塚に、捧げられた。
周辺のモンスターを誘う事にならないかと不安を覚え、念のために四方にラファルの両親の糞を利用した、モンスター除けも設けておいた。
数日ならば、モンスターも寄らないだろう。
その証拠に、モンスター除けを設置した途端、ゼリューンヌィ達もしきりに洞窟へ帰りたそうにしていた。
……その、夜の事。
この日、洞窟の前で見張りをしていたのは、ウノと仔狼のラファルだ。
普段はゴブリン達に任せているが、今晩は特別だ。
ヴェールの警報トラップも外してあるため、音に敏感なウノ達が最適だったのだ。
そして……遠くから、規則正しい人の歩く音が、近づいてきたのに、ウノ達は気付いた。
「来たか」
「来たのです!!」
ウノが動き、ウトウトしていたラファルも立ち上がる。
そしてラファルは凜とした真面目な顔で、ウノを見上げた。
「何が、来たのですか?」
「いや、知らないで言ったのかよ!? お客さんだ!」
「お客様ですか! じゃあ、歓迎しないと駄目なのです!!」
ぶんぶんと、ラファルの尻尾が大きく揺れる。
この子の野生は、どこに行ったのか。
「……お客さんっていうのは比喩表現だったんだが……まあ、いいか」
念のため、いつでも十手を抜けるように気をつけながら、ウノ達は暗い森を進む。
幸い空には雲も無く、月と星の光が木々の間から差してくれていた。
……ちなみに、ゴブリン達も、何もしていない訳ではない。
ウノ達の後をつけ、いつでも動けるように伏せている。
シュテルンも、空から様子を伺っていた。
ほどなくして、獣道の比較的広い場所に、一人の女性が佇んでいるのを発見出来た。
年齢はウノより少し年上……二十歳ぐらいだろうか。
糸目が印象的な美人だ。
ザンバラな赤毛の両サイドには太い牛の角があり、その下にある耳も人間にしてはやけに長い。尻の辺りから槍のような尾も見える。
スッとしている背丈もウノと同じぐらいで、女性としてはかなりの長身だろう。
ウノが塚に置いておいた、冒険者用の厚手のシャツにズボンという格好で、豊かな胸や尻といった凹凸が主張されている。
装備は腰の後ろに差したミドルソードだけにも関わらず、やたらと様になっている。
彼女はウノを確かめると、目を細めて微笑んだ。
「夜分に失礼します。貴殿とは、お昼によい手合わせをさせて頂きましたな」
やけに時代がかった喋り方だなあと、ウノは思った。
「昼間のゴーストで、間違いないか? 俺はウノ。奥にある洞窟に住んでいる。この足下にいるのは、同居しているラファルだ」
「こんばんわ! よろしくお願いします!!」
ラファルの元気いっぱいな挨拶に、女性の糸目がわずかに見開かれた。
「これは……犬が喋りましたぞ!?」
「狼です!!」
ぷんすかと、ラファルが訂正を求めた。
「失礼、狼だと言っています」
「いや、知ってるから。まあ、色々あって人語を解するようになったんだが……貴女の名前を聞いてもいいだろうか」
「名前……ふむ、そうですな、生前の名前が言えればよいのですが」
「何か、言えない事情が?」
「いやぁ、普通に誰にも呼ばれず、呼ぶ機会もなかったので、忘れてしまいました」
お恥ずかしい話ですな、と女性は赤毛を掻いた。
「この人、うっかりさんです!!」
「ええ、うっかりですな。……さて、どうしたものでしょうな?」
「……そこで俺に振るのか。えーとじゃあそれはちょっと後に回すとして、ひとまず最優先の確認をさせてもらいたい。敵対する意志はあるのかな?」
ものすごく基本的かつ、重要な部分であった。
「いえ、ありませんな。私はただ、塚の修理と肉体を与えて頂いた礼を申し上げたくて参った次第で」
「そうか。じゃあ立ち話もなんだし、ウチに案内しよう」
「ふむ、私のような素性の分からぬモノを招いて、よろしいのかな?」
牛の角に長い耳、それに尻尾。
……素性というか、種族すらちょっと分からない女性である。
「言っちゃ何だが、ウチの同居人は皆、そんな感じだよ。あ、ラファルは両親健在だけどな」
「とても元気です! イチャイチャしてます!」
……森の遠くから、やや荒々しい狼の遠吠えが響いた。
「……余計な事を言うなって声だぞ、今の」
「本当の事なのです!!」
ラファルの主張に、二匹分の狼の遠吠えが連続して木霊する。
「……つまり近い内に、ラファルの弟や妹が出来るって事か」
「楽しみです!!」
もうやめて。
そんな感じのか細い鳴き声が、ウノの耳に届いていた。
そしてウノ達は、洞窟の『第一部屋』に戻った。
ウノ達の後ろからは、ゾロゾロとゴブリン達も続き、シュテルンが止まり木で羽を休める。
留守番をしていたバステトは岩の椅子に座ったまま、気さくに女性に手を上げる。
「にゃあにゃあ、お話は聞いていたのにゃ。過去は過去、今の名前はユリンでいいのにゃ。異国の言葉でそのまま幽霊を意味するのにゃ」
「なるほど……では、そのお名前を、頂戴いたしましょう」
女性――ユリンは、バステトの前に跪いた。
「にゃあ、苦しゅうにゃいのにゃ。立つ事を許すにゃ」
「えーと……ユリン、でいいのか?」
「はい」
バステトに言われた通り、ユリンは立ち上がる。
ウノは、バステトを指差した。
「これの正体を知ってるのか?」
「これ扱いされたにゃ!?」
「これは神様でしょう?」
「ユリンお前もかにゃ!?」
涙目で、裏切られたにゃーと嘆くバステトであった。
「わずかながら、顕現されたお姿を確認した憶えがあります」
「記憶がないのか?」
「ほぼ、といった所でしょうかな。例えるならば……家主様は一〇年前の自分が何をしていたか、説明出来ますかな?」
「ん、うー……そんな感じか」
長い年月を生き過ぎたせいなのかもしれない。
ただ、それでも亡くなる直前の事とかは、憶えている可能性はある。
やはり気になるのは、ユリンが何者であるのか……つまり、過去の素性だ。
「色々と聞きたい事はあるんだけど……ユリンは、この洞窟が現役だった頃の騎士で、間違いは無いのか?」
「左様ですな」
思ったより、登場シーンで文章使ってます。