身体集め
「用意してもらいたいのは、まずは人骨。これはまあ、森の中でまだ時々見つかるから、何とかなるだろう」
この周辺の死体はほぼ塚を作って埋葬をしたが、少し離れた場所ではたまに点在している。
少々苦労するだろうが、深層まで潜るほどでもない。
「問題は肉の方か……」
こればかりは、どうにもならない。
新鮮な肉なんて望める訳がないし、かといって腐りかけの死体を持って帰ってこられても、困る。
と、そこまで考えながら何となく顔を上げると、皆がやや戸惑っていた。
「ああ、そう言えば、説明していなかったか」
グリューネが、代表して手を挙げた。
「おーおやぶん、ゆーれいに捧げモノ?」
「まあ、大体そんな感じだ。アイツを倒す時に、直接触れる機会があった。その時、感じたんだ。あのゴーストは肉体を欲しているって」
魔力掌で吹き飛ばす瞬間。
肉の暖かさ、身体を支える土台である骨、熱や光を存分に感じられる肌……ゴーストの、そう言った様々なモノに焦がれる感情が、ウノの手を通じて感じられたのだ。
「……それは、アンデッドと呼ばれる種族の、性質では?」
「そうかもしれないが、違うような気がする。あくまで俺の勘だけど」
シュテルンの言う事も、間違っていない。
が、あの幽霊には、負の感情が殆ど無かった。
普通、現世に霊が留まっているのは、この世に何かしらの未練があるのが原因だ。
そして肉体を、生きている人間から奪おうとする。もしくは羨み、恨む。
怒り、悲しみ、寂しさ、恨み、破壊衝動……。
ウノは、戦ったゴーストから、それらを感じ取る事はなかったのだ。
肉体は欲しい。が、人を殺して奪おうとは思わない……のだろう。
代わりに感じられたのは、達成感、殉教、信念といったモノだった。
ただ、ウノがあのゴーストを邪悪なモノではないだろうと判断したところで、皆がそうとは限らない。
「そうだな……でも、確かに早まっている感がある。下手をすれば、より厄介なアンデッドを生む事になるかもしれないしな」
「にゃあ、正しく動く死体が出来上がるのにゃあ。ただし、正当な手順を踏めば生者になるかもしれないにゃ」
「死者を甦らせるというのですか?」
シュテルンの声からは、何の感情も読み取れない。
そもそもシュテルンは鳥類なので、人間の倫理観とはやや異なった部分がある。
「ウノっちの言葉通りなら、魂はおそらく塚にあるのにゃ。足りないのは、肉体だけ。屁理屈を言えば、死者を甦らせるというのは誤りなのにゃ。魂を肉体という器に入れるだけなのにゃ」
「詭弁ですと言いたい所ですが、主様が望まれていますのならば、反対はしません」
「おれ、ぼすのかん、しんじる。こいつらも、はんたいはない、ごぶ」
シュテルンはウノ次第、ゴブリンズも特に異論は無いようだ。
「わふ?」
そして仔狼のラファルは、よく分かっていなかった。
まとめると、ウノの要望通り、ゴーストの肉体となる素材集めに反対する者はいない、という事だった。
「そうか、それじゃよろしく頼む。素材を運ぶのと、塚の確認を一緒にやれば手間も省けるだろ。それと、神様」
「にゃ?」
「ちょっと話がある」
「にゃあ、何か校長室に呼ばれるような気分になるのにゃ」
「……校長室って何だ」
ゴブリン達は、ラファルを伴って洞窟を出ていった。
残ったのはウノとバステト、それとシュテルンだ。
「ああ、別にシュテルンは聞いててもいいぞ。大した話じゃない」
「にゃあにゃあ、何の話かにゃあ?」
「例のゴーストと戦った後に、臭いが気になったんで地面を掘ってみたら、こんなモノを見つけたんだ」
ウノはポケットから、小さな塊をいくつか取り出し、毛布の上に置いた。
透き通った鉱石だ。
「これは……!? 何ですか、主様?」
「いや、分からないなら、無理に驚かなくていいから。……魔術に使う触媒だよ。ちなみに俺のじゃない。機能はそうだな……保冷用というか、まあ俺は起動出来ないから、ちゃんとした事は言えないんだけどな」
その鉱石は、氷水晶と呼ばれる種類のモノだ。
物質を冷やす魔術の触媒としては、なかなか悪くない。
「話が、よく見えないんですが……?」
「いや、この森で触媒式を使えるのは、今のところ一人と一柱だけだから。神様には、心当たりを聞きたくてさ」
シュテルンが、沈黙した。
感情のない目が、バステトに向けられる。
「にゃあー、ウチキのじゃないにゃあ。でも、霧を発生させたのはこれにゃ。空気の一部は凍らせると塊になるのにゃ。これは冷たいモノを保存するのにも使えるのにゃけど、水をぶっかけたりすると、白いモクモクが出現するのにゃ。つまり、ウノっち達の言ってた霧の正体はこれで違いないのにゃ」
要するにドライアイスなのにゃ、とバステトは言うが、ウノにはそのドライアイスって何なんだよとしか言い様がない。
まあ、今説明された効果のある、塊は実在すると言う事なのだろう。
ただそうなると、また別の疑問が浮かんでくるのだ。
「そっか……つまり、この触媒には、神託を妨害する力は、特にないんだな?」
「ないにゃ。となると、不思議な事になるにゃあ」
「そうだな……どうして、霧が発生したと同時に神託も交信も出来なくなったのか」
「どうしてかにゃあ?」
「どうしてだろうなあ」
「にゃはははは」
「ははははは」
パン、とバステトが両手を打ち鳴らした。
「まあ、真面目な話、ウチキは最初にも言った通り、ウノっち達の敵に回るつもりもなければ、全ての糸を引いているラスボスでもないにゃ。そこは信じてもらいたいにゃあ。ただ、今言える事と言えない事ぐらいの秘密は持ってるのにゃ」
「分かった」
「納得早いにゃ!? 言ったウチキがビックリだにゃ」
「納得はしてないけど、理解はしてるだけだよ。神様なりの事情があるって事ぐらいは、それなりの付き合いで分かってるつもりだ。追求すれば教えてくれそうな気もするけど……なーんか、俺の勘が、それはヤバいって言ってる」
つまり、あの戦いの最中、神託もこちらの念話も届かなかったのには、何らかの事情がある。
それはおそらく、あのゴーストとも繋がっている。
氷水晶についてだが、ウノは鉱物に関してはど素人だが、年代物である事ぐらいは分かる。
バステトの臭いが、本当にほんのわずかながら残っていたが……少なくとも、ウノと会ってからついた臭いではない。
それが何を意味するかというと、ウノとゴーストがあそこで戦う事を、ウノと出会うずっと前から知っていたという事だ。
……やっぱり、触れない方がいいよなあ、とウノは思う。
どう考えても、自分の手に負える案件とは思えない。
今言えないという事は、いずれ話すという事なのだろう。
それまでは流れに任せることにした。
「にゃあ、それ大正解にゃ。疑問の方は、自ずと分かるようになるのにゃあ」
「それじゃ、俺はしばらく休む。皆の準備が終わったら、シュテルン起こしてくれ」
「かしこまりました、主様」
次回、『夜の訪問者』。
展開としてはホラーなのに、まったくそんな空気じゃないのが、ウチの作品クオリティ。