上層03:自宅警備員ゴブリンズ
動物使いの特性を持つ者は、ある程度、動物や知能のあるモンスターと心を交わす事が可能だ。
彼らは動物を躾けたり、芸を仕込む仕事に就くことが多い。
だが何よりも、その特性を象徴するのが、動物達との『契約』だ。
この契約が出来る使い魔には、条件がある。
一つ、身体に何らかの青い部分がある事。
多くの場合は、青い歯・牙を有する。
角や爪の場合もあり、これらが放つ独特の波長と、動物使いの放つ波長を同調させる事で、契約を可能としている。
そして、使い魔側の同意も必要となる。
強制的に契約を成立させることも可能だが、ウノはそちらのやり方は好まない。
この契約による動物使い側のメリットは、使い魔とより深い意思の疎通が出来、長い時を過ごせば感覚を共有する事も可能となる。
一方の使い魔側も動物使いと契約することにより、『見えざる力』である『魔力』を供給されて、体力や知力が上昇する。何より魔力を体内で栄養素に換えて、空腹になりにくい。
もっとも、二者間における一番重要なモノが、『互いの信頼』である事は言うまでもない。
ここに住むか、出て行くか。
ゴブリンシャーマンだけでは決められないという事で、ウノ達は洞窟の入り口まで戻った。
今、ウノの前にはロープで縛られ座り込んだ小鬼が四匹おり、それに対して使い魔となったゴブリンシャーマンがウノの言葉を通訳していた。
「さっきもこのゴブリンシャーマンには説明したが、ここでお前らには二つの選択肢がある。一つ目はここからさっさと出て行く。二つ目はここに住む。ただし、敵が来たら排除するという仕事付き」
「ごぶ……」
「こ、ここにすむ……おやぶんいってる」
ホブゴブリンの唸り声に、ゴブリンシャーマンがウノの方を振り返る。
やはり、一番大きな亜種小鬼が、彼らのボスであったらしい。
彼には青い歯がないので、使い魔にする事は出来ない。
しかし、同種族の言葉が分かる、ゴブリンシャーマンを使い魔にした事により、交渉は可能となった。
「よし、話が早くて助かる。俺は下に行くけど、お前らどうする?」
ウノは、ホブゴブリンの縄を解いてやりながら、尋ねる。
今、不意打ちされる可能性は低いと見ている。
ゴブリンは、一度上下関係を確立させれば、大抵従順だからだ。
もちろん、あまりに理不尽な命令などを下せばその限りではないが、今のところウノにそのつもりはない。
「ごぶ?」
「した?」
ウノの問いに、ゴブリン達は一斉に首を傾げた。
「ああ、ここ、隠し階段があって、下にまだダンジョンがあるんだよ。そこも見ておきたいんだ」
「私達の家ですから」
「そういう事」
この洞窟、冒険者ギルドでの名前は『邪教神殿の洞窟』と呼ばれている。
単なる一本道の洞窟にはそぐわない名前であり、その理由が隠し階段の先にあるダンジョンだった。
――にゃあー。
「やっぱり猫いるぞ、この洞窟!?」
「しかし主様、姿が見えません」
「ごぶぅ……?」「ごぶっ」「ごぶごぶ」「……ごぶ」
「おやぶんたちも、みえない、いってる」
むぅ、とウノは唸った。
「今のところ害はないようだからいいけど、新手のモンスターとかだったら対処を考えないとな」
「主様、食べていいですか?」
「許す」
……どこかで何かが動揺する気配を、ウノは感じたような気がした。
「ごぶ……ごぶぅ」
ホブゴブリンはゆっくりと立ち上がると、落ちていた剣を指差し、ウノを伺うような視線を向けてきた。
「みんなのろーぷをきりたいって……」
「ああ、いいぞ」
ゴブリンシャーマンの通訳にウノが小さく頷くと、彼は慎重に剣を手に取り、仲間達のロープを切っていった。
そして、ゴブリンシャーマンを指差した。
「ボクがついてく。みんなはここにネグラ、つくる」
「そりゃいいけど、あんまり汚すなよ……」
ゴブリン達が少々臭うので何となく言ってみたが、ウノはそこで自分の迂闊さに気づき、額を叩いた。
「って、そうか水場の確保もいるな。このままじゃ、身体もロクに洗えない。飲み水も欲しいし。こりゃ思った以上に面倒くさいかも」
「現状、ほぼ屋根付き野宿ですからね」
「……言い得て妙だな」
とはいえ、こんな酔狂な場所に居を構えようと決めたのは、ウノ自身だ。
今更引き返そうにも、先立つモノが皆無である。
「ま、とにかく作業するなら、しといてくれ。よし行くぞ……えーと」
ゴブリンシャーマンに声を掛けようとして、呼び方に困った。
そういえば、名前を聞いていない。
「?」
「俺はウノって言う。コイツはシュテルン。で、お前の名前は?」
「ない」
「ナイ?」
「なまえ、ない」
「そりゃ不便だな」
ウノは何となく同意を求め、シュテルンを見た。
シュテルンはコクリと首を縦に振った。
「光栄に思いなさい。主様が皆の名前をつけてくれるそうです」
「えっ!?」
「ほんとーっ!?」
「ごぶー!!」
一番驚いたのは、ウノ自身だった。
単に不便だなって思ったことに同意が欲しかっただけなのに。
そしてゴブリン達の反応も、想像以上に過剰な歓喜だった。
踊り、叫びまくる。
「ちょ、シュテルン! 俺、そんな事言ってないだろ!?」
なまじ耳が言い分、洞窟内での反響は堪える。
ウノは犬耳を両手で押さえ、シュテルンに抗議した。
「いえ、従える者への名付けは、支配者の義務です」
「……それ、どこルール?」
「うちのルールです。ついさっき、決まりました」
「んん、まあいいけど……五匹もいるんだよなあ」
しばし頭を悩ませ、順番に名付けていく。
ホブゴブリンの親分、ゼリューンヌィ。
最初に武器を落とした、リユセ。
鈍重だが力自慢っぽい、アクダル。
こっそり逃げようとしてシュテルンに捕まった、ヴェール。
そして猪の骨の仮面と杖を持った巫女の、グリューネ。
……何のことはない、色んな『緑色』の呼び方を、当てはめただけだ。
名付けた自分でも把握しきれてないし、今のところはゴブリンシャーマンのグリューネだけ憶えていればいいだろう。
「ああ、疲れた。よしそれじゃいい加減下へ行くぞ、シュテルン、グリューネ」
「はい! ぐりゅーねぐりゅーね、ボクのなまえ!」
ウノ達の後ろでは、ゼリューンヌィ達がまだ喜びの咆哮を上げていた。
次回は、短いのを昼に掲載予定です。