塚の復元
……時間はやや前後する。
ウノとシュテルンが森の探索に向かう一方で、ゼリューンヌィ達はヴェールが漁に使ったという塚の岩を求めて、川を訪れていた。
幸いまだ暖かいので、水の中に入るのはさほど苦にはならない。
……と言っても、主に潜って探すのは、川に岩を投げ込んだ張本人、ヴェールである。
ゼリューンヌィは監督役兼、今晩のおかずを得ようと普通に竿を使って釣りを行っていた。
アクダルはそもそも泳げず、水中探索どころではない。
なので今、仔狼のラファルに犬掻きを教わっている真っ最中だ。
リユセは洞窟の見張り当番、グリューネとバステトも何かあった時のために、洞窟に待機している。
そして、ゼリューンヌィが洞窟の住人分の魚を釣り終え、自身も川に潜ろうかという時だった。
何度も水に潜ってヘロヘロになったヴェールが、水面から身体を出して何やら文字の刻まれた大きな岩を掲げた。
「み、見つけたごぶ~……!!」
「ごぶ……よくやった」
どうやら、ゼリューンヌィ自身が水に浸かる必要はなくなったようだ。
「……あとは、つかをなおすだけ、ごぶ。あくだるも、そろそろいいだろう……?」
ゼリューンヌィは、川の少し離れた場所で、必死に手足を動かすアクダルに目をやった。
教官役であるラファルも、並んで犬掻きをしている。
「ごぶっ」
「アクダル、いっぱい頑張りました!!」
最初は手足を振り回しながら普通に沈んでいたので、アクダルの水泳技術も、短時間の間に随分と進歩していた。
アクダルは川底に足をつき、まだ犬掻きを続けている(川底に足がつかない)ラファルに一礼した。
「ごぶ……およぎのししょう、ありがとう、ございました」
「どういたしましてです!!」
その時だった。
――大変にゃあ。ウノっちが例のゴーストと交戦してるのにゃあ。
ゼリューンヌィの頭に、洞窟に住む神バステトからの神託が響いた。
「ごぶっ!?」
皆も同じように驚いている所を見ると、神託は全員一斉に送られているようだ。
「おれたち、どうすればいいごぶ……?」
洞窟の主であるウノは、強い。
そして、ゼリューンヌィ達を襲ったゴーストも強い。
二人が戦っているところに、ゼリューンヌィらが入ったところで、ウノの足を引っ張るだけだ。集団で掛かればゴーストを捕まえる事は出来るかもしれないが、おそらく誰かが犠牲になる。
それぐらいは、ゼリューンヌィにも分かる。
――にゃ、塚を元通りにするのにゃ。ただし、急いでなのにゃ、
結局の所、それがゼリューンヌィ達に出来る一番の仕事らしかった。
「ごぶ……っ、あくだる、いわをはこべ。う゛ぇーるより、おまえのほうがはやい」
「ごぶぅ……わかったっ!!」
アクダルはヴェールから岩を奪うと、ザブザブと水を掻き分け川から上がった。
その後を、ヴェールも追う。
ゼリューンヌィは、釣り道具を片付けなければならない。
「う゛ぇーる、いわのあったばしょ、つれてけ。わすれてたらぶんなぐる」
「お、おぼえているごぶっ!! こっちごぶ!!」
そしてヴェールの言う、岩のあった場所、すなわち『塚』に、ゼリューンヌィらは文字の刻まれた岩を戻した。
ほんのわずかながら土饅頭のように、地面が盛り上がっている。
「ごぶっ……こんなかんじでいい、のか?」
「ご、ごぶぅ……おれ、わからない」
ゼリューンヌィは首を傾げ、アクダルも自信なさげだ。
そしてヴェールはというと、手を合わせていた。
「ごぶごぶ、じーざす」
確か墓に対しての挨拶だったか、ゼリューンヌィもヴェールの真似をする事にした。
「……じーざす」
「わふっ」
ラファルは、多分よく分かっていない。
全員で拝んでいると、再びバステトからの神託が頭に響いた。
――にゃあ、安心するにゃ。ウノっち、無事ゴーストを倒したのにゃ。
その報告に、ゼリューンヌィ達は顔を見合わせた。
驚愕半分、喜び半分といった所だ。
「……さすがぼす。すごいごぶ……」
ゼリューンヌィ達が手も足も出なかった相手を、単独で倒すとは。
ゼリューンヌィは、自分の主に改めて、畏敬の念を抱いた。
目が合ったアクダルも、頷いていた。
ちなみにヴェールは、全身で喜びを示すかのように、踊っていた。
その傍らで、ラファルが尻尾を振りながら、しきりに鼻を鳴らしている。
「わうっ、すぐ近くからそのボスのにおいがします!! ……わうぅ、ちょっと血のにおいもするのです」
ラファルの心配を表わすように、尻尾の振りも少し元気がなくなる。
ゼリューンヌィには、すべき事が分かっていた。
戦いが終わったのなら、戦いの場に出向いても大丈夫だろう。いや、むしろ早く駆けつけた方がいい。
血の臭いに引き寄せられ、モンスターが疲弊したウノを襲ったら厄介だ。
「……あくだる」
「ごぶ。らふぁる、あんない。おれ、どうくつにおーおやぶん、はこぶ」
「分かりました!!」
ラファルの先導で、アクダルが駆け出した。
……帰りに、モンスターとの戦いになるかもしれない。
ゼリューンヌィもアクダルを追いながら、気を新たに引き締めた。
その後ろを、やたら周囲をキョロキョロしながらヴェールがついてくるのは、いつもの事である。
そして、ウノは洞窟に戻った。
身体の傷には薬草を塗り込み、今はモンスターの毛皮で作った寝床に就いている。
その枕元にある止まり木で、シュテルンはウノに頭を下げていた。
「申し訳、ございませんでした!!」
深く考えずに偵察を行おうとし、主を危険にさらした事を猛省しているのだろう。
ただ、ウノにシュテルンを責める気はなかった。
そもそも、それほど危機感がなかったのはウノも同じだ。
まさか本当に昼間、襲撃があるとは思わなかったし。
「いーっていーって。結果オーライだったんだし。塚の方も元に戻せたんだろう?」
ウノはシュテルンから、ゼリューンヌィに視線を移した。
「……というか、何で跪いてんだ、ゼリュ?」
「ごぶ……ぼすへのれいぎ。あと、つか、もとのかたち、わからない。でも、ぼすがにんげんのほねあいてにつくる、つかのかたちにはした……とおもう」
ゼリューンヌィは、すまなさそうだ。
まあ、この森で朽ちた冒険者の為に作った塚は、ゼリューンヌィも何度も見ている。
それと同じように作ったのなら、まず大丈夫だろう。
「じゃあ、後で俺も確認させてもらおう。それよりも俺が休んでいる間に、もう一仕事やってもらいたい事があるんだ」
「何なりとおっしゃって下さい!!」
失態を挽回しようと、シュテルンは大張り切りだ。
「んー、手を使う作業だから、シュテルンにはちょっと難しいかなぁ」
ただ、あんまりションボリするので、シュテルンにも何か仕事を与えたいと思う、ウノだった。