ゴブリンズ、がんばる ~ヴェールとグリューネ編~
いつもより、少し多め。
大体1.5倍ぐらい。
一方、マ・ジェフは洞窟入り口のすぐ前で、ヴェールを相手に完全にマンツーマンの指導を行っていた。
しかし、ハイタンのそれに比べてかなり緩い。
何しろ、二人とも立ちすらしない、胡座状態で向かい合っている。
しかも、マ・ジェフがヴェールに一番最初に教えたのは「重要なのは、如何に効率よく怠けるか、だ」である。
その緩さ、推して知るべし。
「まあ、時間も無いし、単純に罠の種類を増やす方法を伝えよう。それにしてもお前さん、随分と頑丈だねえ」
「ごぶぶ、なぐられるの、なれてる」
塚を川にぶち込んだ一件で、ゼリューンヌィ達から折檻を受けたヴェールであったが、身体のあちこちに包帯が巻かれている以外は、特に大きく腫れたような外傷もない。
なんだかんだで、タフである。
「それに慣れるってのもどうかと思うけどなあ。……ま、そうだな、話を戻そう。ここで一番手近に罠として使えるのは、スライムの粘液だろう。相手の足を滑らせる事が出来るし、全身にぶつけても動きが鈍ってくれる」
「ごぶ、なるほど」
ヴェールは、地面に木の枝で楕円形を描いた。
マ・ジェフの見たところ、おそらくスライムのつもりなのだろう。
「それと、ラファルって言ったかあの仔狼。アレの親も時々様子を見に来てるんだろう? ならその糞は、弱いモンスターぐらいなら撤退させられるだろ」
「ごぶ、それはためそうとした」
「お、やるじゃないか」
「でも、おれたちもこわい。みんなぴりぴりした」
「あー……」
マ・ジェフは苦笑いしながら、額を叩いた。
そりゃ、ゴブリンも『弱いモンスター』に該当する。
ナーバスになるのは当たり前だ。
「というか、モンスターの攻撃なんてのは、単純な物理以外はほとんど罠の手本になる」
「ごぶ……くものいととか」
「おー、それよ。トラップスパイダーの糸なんて素材があれば最高だね。あとカンフーガエルの油は治療薬になるし、シャドウスネークの抜け殻はロープに使える。そういうのを森の中で集めるんだ」
他にはドランクマタンゴの胞子やソルトバタフライの鱗粉は目つぶしになるし、スピアビーの針はダーツの矢になる。
ハイタンは、自分が教えているゴブリン達に切り札的なモノを一つずつ授けているようだが、だとするならヴェールにはダーツかなとマ・ジェフは考える。
突いてもいいし、投げてもいい。しかも速い。
「ごぶぅ……ほとんど、そざい、どうくつのなかにある」
「マジでか。何でもあるな、この洞窟」
マ・ジェフの驚愕に、えへんとベールが胸を反らせた。
「ごぶー……こうもりのはねとか、うさぎのあしとかも、おーおやぶんがもってる。わけてもらうごぶ」
「おーおやぶんって、ウノっちの事か。何に使うんだ、そんなの」
「ごぶ、まじゅつごぶ」
「獣人は、魔術使えないだろうに」
「おーおやぶんは、すごいからつかえる。つかえるから、すごいごぶ」
……ウノっち、手品か何かをゴブリン達に見せたのかな?
まあ、それでウノがゴブリン達の支持を得ているのなら、マ・ジェフがとやかく言う事ではない。
「薬草やキノコの類も、いっぱい集めておけよ。お前は戦闘向きじゃないから、この洞窟では採取の方向で貢献した方がいいだろうね。戦うのは、真正面からは絶対やめとけ」
「ごぶ……むり。ぜったいむり。やらない」
マ・ジェフが注意するまでもなく、ヴェールは己の弱さをしっかり自覚しているようだった。
「だよなあ。卑怯上等、相手を倒す為には手段を選ぶなよ。自分達が生き残る為なら、仲間を囮にしてもいい」
マ・ジェフは、サラッと酷い事も教える。
ただし、それも全員が生き残るための技術だ。
囮になる奴も、ちゃんと殿を務められる事が前提である。
「ごぶごぶ、ためになるごぶ」
「あと、この辺りに棲むモンスターのリストを、ウノっちが持ってるだろ。それにも目を通しとけよ」
ウノから聞いた話では、この近辺のモンスターは粗方網羅しているという話だった。
村の冒険者ギルドにも一応同じモノはあるが、いかんせん年季が入っているし、マ・ジェフがウノから見せてもらったそれは、ギルドのリストよりもいい仕事をしている。
おそらく、リストのテンプレートはあの猫神が用意したのではないかと、マ・ジェフは睨んでいる。
まだ制作途中ながら、ちゃんとしたデータベースになっていたのだ。
「ごぶ、でもおれ、じ、よめない。りすと、よめない」
「だったら、読める奴に読ませりゃいいじゃん?」
「ごぶっ!? おもいつかなかったごぶ……おーおやぶんにたのむごぶ」
こうして、ダラダラとマ・ジェフのヴェールへのレクチャーは、時間まで続いたのだった。
そして、昼前になってマ・ジェフとハイタンは洞窟を発つ事になった。
ウノが村に向かうのは、これから数日後の予定だ。
これは、持って行く素材の選別に時間が掛かるのや、村で買う物のリストを作成している為であった。
荷造りを終えたハイタンが、ウノと交換した素材類を大量に積んだゲンツキホースのカーブをあやしている。
彼に稽古をつけてもらったゴブリン達は、疲労しきって洞窟の寝床で雑魚寝中だ。
ヴェールだけは元気だったが、その為、ゼリューンヌィ達の世話で、やはりこの洞窟前にはいない。
「村に向かうメンバーで確定してるのは?」
リュックを背負ったマ・ジェフの問いに、ウノは指折り数える。
「俺、シュテルン、荷物持ちでアクダルとカーブ、武器を見たいっていう明確な理由があるリユセかな。和み兼警戒担当でラファルも入るか」
和みというのは別にふざけている訳ではない。
犬耳尻尾付きのウノも含めて、村人の多くと同じ『人間』はこちら側には皆無だ。
だが、愛嬌満点のラファルが一緒なら、彼らの警戒心も多少ながらほぐれてくれるだろうという目論見だった。
なるほど、とマ・ジェフは頷き、ウノの隣に立っているグリューネを見た。
「ふーん、グリューネたんは入らないの?」
「むら、気にはなってる……けど、他にりゆう、ない」
特別行きたいという思いもないのなら、こちらで森の素材の採取や下層の祭壇で祈祷を行った方が有意義だ。
この洞窟の生活は、やるべき事は割と多いのだった。
ただ、マ・ジェフは納得していないようだった。
「うーん、俺としてはいた方がいいと思うなあ」
「え、何で? 言い方は悪いけど、村に入ってグリューネがすごく必要な場面とか、特に思いつかないぞ」
「ん、ボクも、そうおもう」
グリューネ自身、ウノに同意するほどだった。
だが、マ・ジェフは拳を握りしめて力説した。
「潤いが足りないじゃないか。ほとんど野郎ばかりじゃん!!」
「それは私は雌扱いされていないという事ですね」
もはや鳴きすらせず、マ・ジェフの頭上で旋回を始めるシュテルンである。
「ひいっ!? や、ほ、ほとんどって事はゼロじゃねーっすよ、てるんさん!?」
「だからその呼び名はやめてもらいたいのです!!」
シュテルンが鉤爪の一撃を繰り出す……が、マ・ジェフは情けない悲鳴を上げながらも回避してのけた。
不満げな様子のまま、シュテルンは定位置であるウノの肩で羽を休める。
「まあでも、その骨のお面じゃ、村の連中に怯えられちゃうかあ」
「そうだな。っていうかずっと着けてるけど、宗教上の理由とか、素顔を晒しちゃいけない制約でもあるのか?」
マ・ジェフ、それにウノの問いに答えたのは、いつの間にかこの場に現れていたバステトであった。
「にゃあ、お面を外すとドブ川がキレイになったり、鋼鉄を曲げたり出来るにゃあ」
「ごぶっ、ボク、そんなのできるの!? すごい!!」
「本人も出来るかどうか、分かってないじゃねーか!?」
というか、今のグリューネの反応からすると、バステトのホラだと見ていいだろう。
そしてウノ達の疑問にはまだ、ちゃんとした答えが聞けていない。
「グリューネたん、真面目な話、何でずっとそのお面、着けてるのさ?」
「ボク、ぶさいく、かおこわい……みんな言う。みんなこわがる……だから、おめんつけるようになった」
しゅん、とグリューネが俯く。
む、とウノとマ・ジェフは同時に顔をしかめた。
「あいつらが?」
二人の雰囲気に、グリューネが慌てて言い足した。
「ちがう。むら……えと、ボクらのむら、いた時の、みんな。おやぶんたち、言わない」
「という事は、別に外しても問題ないんだ。ちょっとでいいから、見せてくんない?」
マ・ジェフが手をワキワキさせながら、グリューネに迫る。
二人の間に、ウノが慌てて割って入った。
「ちょ、無理強いはしないでくれよ? グリューネにだって感情はあるんだから」
「べつに、こっそりならいい」
「って言ってるぜ? ……正直な所、どうよ。皆、気にはなってたんじゃないか?」
ニヤニヤ笑いのマ・ジェフに、ウノとシュテルンは顔を見合わせた。
「まあ、そりゃあ」
「確かに」
「にゃあ」
「神様、サラッと割り込んできたな」
ジトッと、ウノはバステトを見た。
「……じゃあ、ちょっとだけおめん、外す」
自然、皆がグリューネの正面を守るように、身体と寄せて距離を詰めた。
そしてグリューネが、猪の骨面を外した。
…………。
グリューネが、骨面を着け直したところで、壁になっていた誰かかが吐息を漏らした。
或いは全員か。
グリューネを囲む肉の壁が解かれ、マ・ジェフが肩を竦めた。
「なるほど。ゴブリンの美意識が違うのか、嫉妬かのどっちかだったって所だな」
「メインヒロインの座の危機です」
割と真剣で深刻な、シュテルンである。
「にゃあー……想像以上だったのにゃあ」
「オレとしては、この子は留守番の方向でいいと思うよ。万が一、村でこのお面が外れたら、ヤバい。色んな意味で」
「変な趣味の奴に連れ去られる可能性があるな」
ウノの危惧に、マ・ジェフも同意した。
ウノも村人に負けるつもりはないが、トラブルの種は極力廃しておいた方がいい。
シュテルンも、コクコクと首を縦に振っていた。
「絶対に、駄目です」
「ただしグリューネ、お前はもうちょっと自分に自信を持っていいと、俺は思う」
「それも同感ですね、主様」
「にゃあ」
全員の心が一つになり、グリューネがたじろいでいた。
「ご、ごぶ……? そなの?」
「そうなんだよ」
ウノが、グリューネの被る猪の骨面を軽く叩いた。
「じゃ、グリューネたんのこのお面についての話題は、今後封印という事でオーケー?」
マ・ジェフがパンと手を叩いて言い、もちろん誰からも異議は出なかった。