ゴブリンズ、がんばる ~ゼリューンヌィ編~
最後に、ハイタンはゼリューンヌィを指導する事にした。
「ゼリューンヌィと言ったか。オーソドックスな戦士タイプだな。武器はこれがいい」
ハイタンが木に立てかけていたのは、長い木の棒だ。
先端は、丸めた布で覆ってある。
投げつけたそれを、ゼリューンヌィは受け取った。
「ごぶ……やり?」
「ゴブリン達への指示は、ウノを別にするならお前だと聞いた。全体を見渡せる位置から、かつ強烈な攻撃が出来る武器の方がいい。森の中では振り回しにくいから、主に突く事を意識して練習するといい」
「ごぶ……こうか」
腕を振るい、木の槍で突く真似をするゼリューンヌィ。
だが、ハイタンから見ればそれはいかにも、手なりだ。威力が無い。
「アクダルにも言ったが、もっと腰を落とせ。こうだ」
手本を見せるように、ハイタンがゼリューンヌィに向けて木の槍を放つ。
その先端はゼリューンヌィの持つ槍の柄にぶつかり、衝撃で彼はふらついた。
「ごぶっ……!?」
「もう一回、俺がやって見せたようにやってみろ。俺を突き殺すぐらいの勢いで、構わん」
「ごぶ……しぬかもしれないぞ」
「舐めるな。木の槍では、まともに食らってもせいぜい重傷だ」
ハイタンの軽い挑発に、ゼリューンヌィはあっさり乗った。
「ごぶうっ!!」
グッと腰を落とし、先ほどとは比べ物にならない速度の突きがハイタンに迫る。
ハイタンはその攻撃を苦も無く直前で躱し、ゼリューンヌィに向かって手を伸ばした。
「突くだけでは駄目だ。こうやって回避されたら、どうする」
そしてデコピン。
バチンッと強烈な音が、森に響いた。
「ごべっ!?」
ガクッと頭を仰け反らせ、ゼリューンヌィは尻餅をついた。
目が回っているのか、へたり込んだまま上半身がフラフラとしている。
額からは、白い煙が細く昇っていた。
「まあ、突きはよかったな。引く時も、腰を落としたままだ。そうすれば、さっきのような事にはならないだろう。槍は懐に入られたら弱い。もしそうなった時のためにも、柄の部分で殴る練習は必要になる」
再び、ハイタンが木の槍を構えた。
「俺に近づいてみろ。突きの速度は落としてやる」
力を抜き、ハイタンは突きを繰り出した。
言った通り、力を抜いた緩い突きだ。
それでも、突っ立っていたら食らってしまうだろうが。
「ご、ぶ……っ!?」
ハイタンの腕が伸びきったところで、ゼリューンヌィが飛び込もうとするが、槍が引かれる方が速い。
そして二度目の突きが、ゼリューンヌィを襲う。
「ごぶ……っ!?」
「一度で終わるとは言っていない。いくら俺が手を抜いていると言っても、当たり続ければ痛いぞ」
「うっとうしい……ごぶっ!」
タイミングを計り、ゼリューンヌィが再挑戦する。
今なら、槍が引かれるより速く、ゼリューンヌィの手がハイタンに届くだろう。
ただし。
「こういう時は、こうすれば、相手を退けられる」
ハイタンは足下に力を込め、グルリと腰を捻った。
ハイタンを中心に槍が弧を描き、槍の柄部分がゼリューンヌィの脇腹に命中する。
「ごぶう!?」
不意打ちを食らってバランスを崩したゼリューンヌィは、再び地面に転ぶ羽目になった。
「今のは、俺のタイミングがよかった。相手の体勢が崩れていれば、こんな風に転ばせる事も出来る。そしてそうなったら相手は――」
ハイタンの槍の穂先が、ゼリューンヌィに突きつけられる。
もちろん穂先は布で出来ているため、当たっても死ぬ事はない。が、もしもこれが本物ならば……。
「ごぶ……やられる」
「そういう事だ。こんな風に槍の技は奥が深いが、お前がまずやるべきなのは腰を落として速く突き、速く引く事だけでいい。アクダルやリユセが複数のモンスターを相手にする事があったら、お前がその槍で敵を退けろ。それだけで勝率は高まる」
そもそも槍自体、リーチがあって攻撃力も高い。
ホブゴブリンであるゼリューンヌィの膂力があれば、雑魚相手ならそれだけで倒せるだろう。
無論、格上であるオークやオーガが相手ならばその限りではないだろうが、全員生きて撤退するだけなら可能だろうとハイタンは考える。
まあ、そもそもそんな連中のいるところまで近づかないのが第一だ。
この洞窟の警護、それに狩りならば充分過ぎる戦力になるはずだ。
「ごぶぅ……わかった。だが……」
「だが?」
納得はしたが、不満がある。
尻をはたきながら立ち上がる、ゼリューンヌィの物言いたげな様子に、ハイタンは先を促した。
ゼリューンヌィは、槍を地面に刺した。
「おれも、ひっさつわざ、ほしい……」
ガクッとわずかに、ハイタンの身体が揺らいだ。
まあ、確かにそれは不満ではあるだろう。
手下二人が羨ましく思うのかもしれない。
「そうか。他の二人が教えてもらったのに、お前だけ無しでは確かに不公平だな」
ただ、そうは言っても槍の必殺技というのは、実はそんなにない。
全身全霊を込めた突き、連続突き、回転しての範囲攻撃ぐらいだ。
高地の戦士が、跳躍して上空からの奇襲なる技を使うと、ハイタンは聞いた事があるが、ゼリューンヌィにそれを教えるのも酷というモノだ。
というか、そもそもハイタン自身、そんな大道芸じみた技は使えない。
かといって、先に挙げた三つはほぼ、基本の延長上だ。
それ以外となると……。
「まあ……本当に最後の手段になるが、単純かつ強力な必殺技が一つある」
ハイタンは、槍を逆手に持ち直し、弓を引き絞るように腕を後ろに下げていく、
「槍投げだ」
「ごぶ……!!」
「そのままだな。槍を投げる。槍は、斧や槌、剣よりも真っ直ぐに飛び、貫通力もある。しかも二人にはない飛び道具だ。ただし、当然ながら一回だけしか使えない。命中率も重要だ。当たらなければ意味が無いからな」
「ごぶ、ごぶ……!!」
ひっきりなしに頷く、ゼリューンヌィ。
どうやら、やる気はあるように見える。
「だからこれを使う気なら、サブウェポンに短剣を用意するか、アクダルと組手の稽古を日々の訓練に組み込んでおけ。格闘術と言えば技術的にウノが師匠になれるだろうから、俺がいなくても濃い稽古が出来るはずだ」
「ごぶ……わかった」
「それと盾を背負え。万が一アクダルが倒れた場合、その代わりになれるのはお前だ。剣、斧、弓も悪くないが、習得するなら今言った三つ――短剣、素手での格闘術、盾――を優先するといい」
「ごぶ……わかった。れいをいう……」
落ち着いているように見えるが、槍を持つ手がソワソワしているのを隠し切れていない。
そんなゼリューンヌィを確かめ、ハイタンは太い木の幹でぶつかり稽古をするアクダル、動きに無駄がないか試行錯誤をしながら木の棒を振るうリユセも見渡した。
「では三匹とも、用意した木人形を相手にしろ。随時、アドバイスをする。最後に俺と模擬戦を行う」
「ごぶ……!!」
三匹は一斉に、頷いた。
今回も女っ気なしというか、野郎二人だけですよ……!!
しかも主人公登場しねえ……!!
あ、次回はちゃんと主人公も登場しますし、ヒロインっぽいのも三人だか三匹だか出ます。