ゴブリンズ、がんばる ~アクダルとリユセ編~
翌日、早朝。
洞窟の前で、マ・ジェフらによるゴブリン達の訓練は行われた。
今は、半裸になったハイタンがアクダルと、素手での取っ組み合いをしている。
体格的に、ハイタンの方が圧倒的に優勢だ。
アクダルがゴブリンの中では大きいとはいっても、人間の巨漢であるハイタンには敵わないのだ。
だが、アクダルは汗だくになりながら、ハイタンを押し返そうとしていた。
「もっと腰を落とせ。重心が低くなり、踏ん張る力がつく」
ハイタンの両足はまるで、根でも生えているかのように微動だにしない。
そして表情一つ変えず、アクダルにアドバイスを与えていた。
グッと、アクダルが膝を曲げて、唸る。
「ごぶ……うごきにくい……あるきにくい」
「最初は皆そうだ。慣れの問題だから、今は我慢しろ。こっちから行くぞ……踏ん張って見せろ」
ハイタンの筋肉が膨張し、力が増す。
アクダルの両足が地面を抉り、徐々に後ろへと下がっていく……が、倒れない。
息を止め、必死にハイタンの攻めに抗い続ける。
やがて、ハイタンの押す力が弱まっていく。
「ご、ぶ……っ!! おお……たえた」
組み合いを解き、ハイタンが大きく息を吐く。
「そうだ。アクダル、お前は壁役。敵を後ろに通さないのが仕事だ。装備は盾と……うむ、明らかにパワー型だから、武器は片手で扱える斧か槌がいいだろう。腰を落としたまま、振るう練習も忘れるな」
「ごぶ……わかった」
「本来なら、技の一つも授けたい所だが時間がない。単純なのを一つ教えてやろう。タックルだ」
「たっくる……」
「要するに、相手に全力でぶつかって、吹き飛ばす。分かりやすいだろう?」
「ごぶ……ごぶ!」
「練習相手は、そこらの木の幹でもいい。木を薙ぎ倒す勢いでやれ。重心を落とすのを忘れるな。力をもっとつけたければ、飯を食え。足りないなら、自分で狩れ。それも力になる」
「ごぶ……あじがとう、ごらいました」
「次はリユセか」
「……ご、ごぶ! よろしく、おねがい、する……」
声を掛けられ、木の棒を手に持ったリユセは、慌てて居住まいを正した。
いや、元々直立不動だったのだが、背中の長剣がちゃんと差されているか、格好はおかしくないかとやたらアタフタとしていた。
緊張しているのか、挨拶もやや強ばっている。
ふむ、とハイタンはリユセと向き合う。
「アクダルには力のつく戦い方を教えたが、基本ゴブリンは力が弱いし、スピードもせいぜい並だ。そしてお前は、多少すばしっこいが、それでも並のゴブリンだろう」
「ごぶ……おれ、つよくなれない?」
ハイタンの語る現実を前に、リユセは見て分かるほど落ち込んでいた。
「いや、強くなる方法はある。お前の場合は技を磨け。昨日の、ヴェールと言ったか。あれの背後に回る動きはよかった」
「ご、ごぶ……ああいうのは、ちょっととくい……」
照れながらも、リユセはやや誇らしげだ。
ハイタンは考える。
リユセは、間違ってもパワーファイターではない。
立ち位置は、遊撃が最も向いているだろう。
ソロでも戦うとするならば、基礎能力が引くのだから、何よりも技術を伸ばす必要がある。
そのための指導を、ハイタンは行う事にした。
まず自分の腕を、木の棒で軽く叩いてみせる。
「人も獣も硬い。骨があるからだ。分かるか?」
「ごぶ……けんで、きれない」
「そうだ。出来ても、すぐに刃が駄目になる。だから、関節や腱といった、斬りやすい部分を狙うのがセオリーだ。こことかここだな」
ハイタンは自身の手首や、腕の関節を叩く。
「動物なら、他にどこがある?」
「ごぶ……く、くび。それにあし……。……! まがるばしょ!!」
「よし、よく気付いたな。それが正解だ。そして動いている相手の関節を正確に狙うには、地道な稽古しかない。これも、実践した方がいいな。俺が動くから、足の関節に当ててみろ」
軽くリユセの周囲を、ハイタンは回ってみる。
リユセは戸惑いながらもタイミングを見計らって飛びかかってきたが、木の棒はハイタンの太ももの裏を軽く叩いただけだった。
「ハズレだな」
「ご、ごぶぅ……むずかしい……せんせい、はやい」
「そうだ、難しい。だが、動きの無駄をなくせば、言葉はおかしいがスピードがなくても速くなれる。そうすれば攻撃も当てられるようになるだろう」
「ご、ごぶ……?」
「分からんか。だろうな。なら、また実践だ。今度はどこでもいいから、俺に攻撃してみろ。安心しろ、反撃はしない」
「ご、ごぶ……わかた」
今度は、ハイタンは動かなかった。
しばらく、どこを攻撃するか躊躇していたリユセだったが、やがて決断したのか踏み込んできた。
「ごぶっ!」
狙いは、やはり膝裏。
というか、ハイタンとリユセでは身長差がありすぎて、狙える場所が限られてしまうのだ。
それが分かっていたので、ハイタンも回避は楽だった。
大げさなぐらい距離を取り、リユセの攻撃範囲から逃れる。
もちろん、ハイタンの手もリユセには届かない。
「まず、これが無駄な回避だ。ここまで離れては、俺もお前に反撃が出来ない」
「……ごぶ」
「もう一回、同じようにやってみろ」
今度のリユセの攻撃には、迷いはほとんどなかった。
「ごぶっ!!」
先ほどとほぼ同じ動きに対し、ハイタンはごくわずかに身体をずらし、リユセの首の裏へ木の棒を添えるように当てた。
「この位置、体勢なら、俺は即座に反撃が可能だ。お前の首を刎ねられる。つまり、こういう事だが……理解出来たか?」
「……わかった。むだ、なくす、だいじ」
距離を取り直して、木の棒で打ち合う。
ハイタンが本気を出せば何度でもリユセを倒せるが、それでは稽古にならない。
リユセが避けられるギリギリの速度で、ハイタンは木の棒を振るっていく。
「相手を観察して、癖や弱点を見極めろ。森のモンスターなら、観察の練習相手には困らないだろう」
「ごぶっ」
リユセが息切れして動けなくなった辺りで、ハイタンも稽古を止めた。
無理をさせても意味が無いし、体力の増強も今後の課題だろう。
いくら技術の向上が優先だからといって、基礎体力を疎かにしていい訳ではない。
「しかし、武器は長剣から変えるつもりはないか。小柄なお前なら、短剣か双剣の方がいいと思うんだが」
「ぷは……これ、かっこいいごぶ……」
瓶に入った水を飲み干し、リユセは傍らに置いた鞘付きの長剣に手をやる。
手放す気はないようだ。
「格好いいというのは、大事だ。強い自分という自信に繋がる。だが、お前が長剣を選ぶなら、常に軽さと斬れやすさのバランスを考えろ。力押しで勝てる相手はまずいないと思え」
扱いやすさでは、短剣や双剣の方がよいだろう。
だがその一方で、ただでさえ小柄なゴブリンのリーチがさらに短くなる。
故に、ハイタンも長剣の拘るリユセに反対するつもりはなかった。
「基本は、手数の多さで勝負だ。さっき言った事とは違うと思うかもしれないが、動物は表皮に傷がついただけでも動揺する。だから、相手を削って弱らせろ。振った直後の隙を減らし、次に繋げる。連撃という奴だ。ヤバいと思ったら距離を取れ。そして、積極的に硬くない部分を狙え。さらに相手の急所や弱点を見抜けたなら、状況によっては一撃必殺もあり得る。やる事は多いし、憶えられないだろうから、ウノに今言った事を書いてもらっておく。その文だけでも、読めるようになっておけ」
「ごぶ……いちげき、ひっさつ。……かっこういいごぶ。れんしゅう……する、ごぶ」
……実に女っ気のないお話ですね!