中層下層へのご案内(上)
「他に何か、例えばして欲しい事とかないか? ぶっちゃけこっち、そんなに金もモノもないから、代金代わりに提供出来るモノなんて、そんなにないんだが」
「そうだな……」
マ・ジェフに提案に、ウノは少し考えて思いついた事があった。
リユセの方を見る。
「ああ、そうだ。ゴブリン達に戦い方を教えてやってくれないか」
「ごぶ?」
「模擬戦の相手が、俺や仲間内だけってのもマンネリだし。ゼリュ、アクダル、リユセには前衛の戦い方を。ヴェールには罠の作り方や斥候のコツとか授けてもらえると、ありがたい。まあ、グリューネに魔術とかはちょっと厳しいからパスだけど」
本当は自分が教えてもらいたいところだが、何とか自制した。
さすがに、獣人が魔術を使えるなんて話まで伝える訳にはいかなかった。
黒妖犬という妖精種である事も、明らかには出来ない。
しかし、それ以外の連中にマ・ジェフ達の技術を伝えられるのなら、それはやってもらった方がいいだろう。
「あー、そんな事ならお安いご用だぜ。いいだろ、ハイタン?」
「ああ、文句はない」
「ところで、中層と下層は見ていくかにゃ?」
やっと話がまとまった……と思った所で、バステトが無邪気な笑みを浮かべて、新たな提案を起こした。
ハイタン、マ・ジェフもわずかに驚いている。
「いいのか?」
「あ、そういう事なら、遠慮なく。せっかくだし、見物させてもらおうかね」
動揺しているのは、ウノも同じだ。
シュテルンに目配せすると、やはり「何を考えているのでしょう?」といった思考が伝わってくる。
なので、スッとマ・ジェフらに背を向けて屈み込み、バステトに耳打ちした。
「な、なあ、いいのか神様。いや、特に後ろ暗い事はないけどさ」
「にゃあ、むしろこれは必要な事なのにゃ。彼らが村の冒険者ギルドに戻って、ここの話をするにゃ。ウチキの話はまあ内緒にしてもらうとしても、それでもここは『モンスターの巣窟』だったのにゃ。ウチキがギルドの職員なら、絶対聞くのにゃ。『あのダンジョンは、下はどうなっていたのにゃ?』ってにゃ」
こちらは別に隠している事はない。
だが、ギルド側は『そこに何があるのか分からない』のだ。ウノ達が無害かどうかの判断は、マ・ジェフらの話でしか分からないが、見えない部分でウノ達が何か企んでいる可能性がある。
つまり、痛くもない腹を探られる、という事だ。
それはそれで面倒くさい。
「にゃはつかないだろうけど、確かにそれは充分ありえる、か……ならちゃんと、説明しといた方が正解か。調査の『依頼』ならともかく、『指令』だと二度手間だろうしなあ」
「そういう事にゃ。まあ現状を話すだけにゃから、何にも問題ないにゃあ」
「そうだな、俺にとっても現状確認になるしな」
ウノも中層下層を行き来はしているが、それでもまだ主な生活の場は上層だ。
寝るのもゴブリン達との雑魚寝である。
ここらで改めて、確かめるのも悪くないだろう。
そして一行は、中層へと降り立った。
ウノ、シュテルン、バステト、マルモチ、マ・ジェフ、ハイタンという面子だ。
そして、通路を眺めて何故か、マ・ジェフとハイタンは絶句していた。
「これはまた……」
「これは、俺の知っているダンジョンと違うな」
そうだろうかとウノは思う。
まあ、ちょっと明るいから、遠くまでよく見える。
所々で徘徊してくれている、ウィル・オー・ウィスプと合体した、柔らかく光るスライム達のお陰だ。
「まだリフォーム中なんだけど、もっと率直な感想を聞かせてもらえると助かるかな」
「想像以上に明るい。この手の洞窟系ダンジョンはもっと暗いし、ジメッとしているもんだ」
そう言えば、とウノは思い出す。
ここを初めて訪れた時は、正にハイタンの表現した通りの場所だった。
ランタンがなければほぼ真っ暗闇だったし、空気ももっと湿っていた。
「だが、湿度がない訳じゃないな。表現は悪いと思うが、雨の最中の安普請に近い空気だ。もっと湿気を取り除けば、住みやすくなるだろう」
やはり、ここの住人以外から見ても、そうか。
スライム達も頑張ってくれてはいるが、こればかりはどうにもならない。
もちろん彼らにばかり、頼ってはいない。
「ああ、そのための炭なのかねえ」
「そういう事。少しでも、ここにある湿気を解消したくてね」
マ・ジェフが気付いた通り、通路のあちこちに炭を置いている。
炭には湿気を取る効果があるという……まあ、中層が広すぎて、本当に微々たる効果しか無いのだが、ないよりはマシだろう。
ふーむ、とマ・ジェフが唸る。
「空気をどうにか出来ればなあ。風系の魔術が使えれば……ああいや、この広さじゃ無理か」
「そうだな、広すぎるのは仇になっているようだ」
マ・ジェフとハイタンが話し合ってくれている。
まあ、ウノとバステトは風系魔術を使えるが、それにしたって常時通路に空調を効かせるのは、さすがに厳しい。
「ただ、ゴミがないのは好印象だ」
「そこは、マルモチ達が頑張ってくれているからな」
「むにゅ」
心なし胸を張った風に、マルモチが強く震える。
「せめて風の精霊がいてくれれば、楽なんだろうけどなあ。全自動式、空調巡回方式なんつって」
「にゃあ、精霊が居着くには、そもそも風が足りないのにゃ。ドカンと一発大きな変化でもない限り、それは難しいのにゃ」
マ・ジェフの無い物ねだりに、バステトが反論した。
触媒式の魔術を教えてもらっている最中に、ウノもバステトから教わったのだが、精霊が元素を呼ぶのではなく、元素があるからそこに精霊が生じるのだとか。
すなわち、風が吹く場所に精霊が生じるのであり、精霊が風を起こしてくれるのではない。
「ドカンと一発……壁に穴を空けてみればどうだ? 外に通じている部分もあるんだろう?」
ハイタンの提案は大胆だ。
だが、過去にウノ達がそれを論じた事もゼロではない。
「洞窟の耐久性がガクンと落ちるかもしれないのにゃ。破壊と同時に補強も考える必要があるのにゃ。専門家が欲しいのにゃ」
「建築士でも、洞窟のそれを調べるのはちょっと厳しそうだしなあ……ん?」
洞窟の家を専門に扱う業者など、まずいないだろう。
ふとマ・ジェフが視線を向けたのは、無色で気体状の不定形生物だった。
よく見れば、あちこちに漂っている。
……か、下層は次回!