前日譚02:枯れダンジョン
誤って一度に二話同時に投稿してしまいましたが、まあ、このまま掲載しておきます。
という訳で、本日の一話目は前話となります。
ここから読み始めると、「何事!?」と訳の分からない事になると思います。
「ダンジョン?」
「はい。攻略された山や森の洞窟、古代の遺跡、廃棄された魔術師の塔などは、領主様からの要請でこちらが管理させてもらっているんですよ。ほら、モンスターが出たりしますから……」
「専門家の方が、いいって事ですか」
「騎士団を動かすより、コストが掛かりませんしね」
そうしたダンジョンは、放置しておくとモンスターが巣にしてしまうケースがある。
だから、定期的に巡回して、もしもそうした事態になっていた場合、冒険者を派遣して駆除するのもまたギルドの仕事となっていた。
人工物の場合は破壊してしまう場合もあるのだが、洞窟のような自然物となるとそうもいかない。
また、学者が研究のために利用したいなどという要請が後に来る場合もあり、その手の手続き効率を上げるためにも、この公爵領ではその手の管理をギルドが委託されているのだった。
「あれ? ……っていうことは、この城下町の中にある、幽霊屋敷とかもあったりして……?」
ふと疑問に思った事を、ウノは挙げてみる。
冒険者ギルドが調査した施設は、ダンジョンに限らない。
もしも空いている家があるなら、それを利用させてもらえないだろうか……そんな淡い期待を抱くウノだった。
しかし、ピエタの表情は申し訳なさそうになっていた。
「うーん、そこは難しい所でして、ほら、その手の建物の調査依頼が来るケースって、大抵、そこを取り壊したり、住み直したりするから調べるんですよ。つまり、本来の所有者がちゃんと存在する事が多いんです。もちろん、こちらで持っている物件もいくらかありますが……実のところ、ウノさん以外にも、何人か紹介状を持ってこられた方がおりまして」
ピエタはカウンターの上に開かれたファイルを指差した。
グランド氏の所と同じく、契約済みとなった場所にはチェックがしてあり、その数は結構埋まっていた。
「まあ、それはしょうがないですね」
「一応、城下町の中にも一つ物件があるにはありますけど、どうします? 入った人間がことごとく呪われ、発狂するか死体になって発見されるか行方不明になるって建物です。なお、購入金額は大放出の一カッドです」
「安すぎて、逆に怖いよ!?」
一カッドは、子供の一日のお小遣いレベル。
間違いなく地雷案件だった。
「……ですよねえ。ちなみに調査依頼は随時受付中ですが、聖職者必須で特級ランク依頼になってます。報酬は土地と建物そのモノです」
「うん、何か聞いてるだけでヤバい臭いがプンプンするからやめとく。……ええと、こちらの希望は最低限夜露が凌げるレベルで、城下町からは多少離れててもオッケー。ただ、ダンジョン周辺のモンスターは、弱い方が助かります」
なるほど、とピエタはファイルを見渡し、紙面上に置いた指を滑らせていく。
そして、その指がピタリとある箇所に留まった。
「それでしたら……これなんか、どうでしょうか? ここから西に徒歩二日ほどの距離にある山の麓、森の中のダンジョンです。三〇〇年ほど前には、邪神を崇める狂信者達が住み着いていたっていう、通称『邪教神殿の洞窟』です」
「あー……話には聞いた事、あります」
少々距離があるので、行った事はない。
ただ、仕事を始めたばかりの冒険者には、入門向けの環境と言われているのを、このギルドに併設されている酒場で聞いたような憶えはあったのだ。
「初心者向けで、周辺モンスターのレベルもそれほど高くありません。ダンジョン内は完全に探索し尽くして、財となるモノは残されていないと何年も前の報告書にはありますね。いわゆる『枯れダンジョン』です。ああ、最下層の神殿だけは、一見の価値があるかもしれないそうですが……博物館の研究者が、調査も終わらせているみたいですね」
つまり今は、完全に空き家ならぬ空きダンジョンと化しているようだ。
「悪くない……ですね。ダンジョン内にモンスターが出現するって可能性は?」
ダンジョンの中には、自然界に存在する魔力が大地を伝わるという霊脈を媒介にし、モンスターを自然発生させるケースもある。
その懸念に対しても、ピエタは首を振った。
「魔術師系のダンジョンならそれもありますが、普通に天然の洞窟でそれはないようです。ただし、洞窟故に外から入ってくる可能性はあります。それを阻止する為に、入り口は板でふさいでありますけど」
問題はないようだ。
おそらく現場に行けば、書類には存在しない何らかの問題があったりするだろう。
けれど、物件は限られているし、距離としても近くはないが、犬獣人のウノの足ならば一日で行くことは出来る。
最低限の条件は、ちゃんとクリアしていた。
となると、残りは懐具合との相談だった。
「予算の方は、一〇〇〇カッド程度なんですけど……」
「……ギリギリですね。というかウノさん、結構稼いでませんでした?」
思わず、ウノの目が泳いだ。
「読み書きに計算、サバイバル術に簡易医術、動物の生態学……書物って高いんですよ」
他にも格闘道場の月謝など色々入り用だ。
「ああ、獣人は図書館を使わせてもらえなかったんでしたっけ」
「そ、そうそう」
公爵の施政の一環だ。
人間以外の種族は、図書館や博物館といった施設の利用を禁止されている。
他にも、一部定められた職業に就く事や居住地区にも限りがあったり、学校へ入る事も拒否されている。
食料品や雑貨も、若干割高だ。
議会は名目としては様々な理由を挙げているが、頂点である公爵の異種族嫌いは有名だったので、要はそういう事なのだろうというのが民衆の一般認識だった。
とにかく獣人がこの城下町で生きるには、お金が掛かった。
これらは全部事実だ。
……が、ピエタの目はごまかせなかった。
「他にも、理由がありますよね」
「う……」
「あ! まさかまたインチキ魔導書、買っちゃったんですかぁ!?」
「ぐううぅぅ……」
正解を当てられて、ぐうの音も出ないウノだった。
「こ、言葉が巧くて……この魔導書を読めば、誰でも魔法が使えるからって……」
「そんな美味い話があるはずないじゃないですか。どうして他は優秀なのに、ウノさんってば魔術関係になると、そんなポンコツなんですか……」
「だって、格好いいじゃん魔法。俺だって、何にもない所から火を出したり、風を起こしたりしてみたいんだよ」
そう、魔法は格好いい。
だから、ウノは様々な方法で魔法を身につけようと試行錯誤している……が、今のところそれは上手くいっていない。
おまけに、それが原因で金欠である。
「気持ちは分かりますけど、ウノさんは詐欺師に騙されすぎです。そもそも獣人が魔術を使うのは、困難なのは常識でしょう?」
「でも、可能性はゼロじゃないよ」
「大変前向きなのは結構ですけど、それならせめて、魔術師に弟子入りするとか」
「三回して、三回とも有り金奪われて逃げられた……いやもちろん、その後追いかけて、衛兵に突き出したけど。今回の魔導書詐欺の相手も」
その際、激怒したシュテルンも詐欺師をつつきまくった。
彼女は、ウノのこうした『無駄遣い』を非難する事はない。
ウノが間違っているぐらいなら、世界が間違っている。
それが、彼女の価値観であった。
詐欺師に使われたお金は戻ってこなかった。
今、ウノが持っている金は、何とか自分のネグラから持ち出した書物の数々を売り払って作ったモノだ。
「……で、出せる額がこれだけなんですけど」
書物も、古書店で相当に買い叩かれた。
それでも捨てるよりはずっとマシだ。
ピエタは軽く唸ると決断したらしく、グランド氏の紹介状を手にとって立ち上がった。
「んー、分かりました。上に話を通してきましょう」
「お願いしやっす!!」
申請は通り、ウノはピエタから洞窟に関しての詳しい資料と地図を受け取った。
この城下町を去るのは惜しいが、その気になれば戻ってこれる。
ウノも覚悟を決めて、新たな住処に期待する事にした。
そして今に到る。
ウノの目算通り、適度に駆け足で一日、この洞窟に到着出来たのだった。