正体不明の存在
「あのー、一応レアなんすけどね、あれ……」
マ・ジェフがボソリと突っ込んだ。
といっても、この森で採れる程度の希少植物なので、買い取り値段もちょっと高めの酒場で豪遊が出来るぐらいだ。
逆に言えば、普通の植物類の価格は推して知るべしである。
まあ、珍しいといえば、珍しい植物ではある。
「それに昼間だと見つけにくいしさぁ」
夜光草は、その名の通り、夜に光る。
ならば昼間はどうかというと、普通の植物と変わらない。
花も綺麗だが、野に咲く花の慎ましい美しさだ。
故に、探すのは少々難しい。
……のだが、それはあくまで一般人の話だ。
「そうか? ラファルが見つけたのって昼間だったよな?」
「はいです! あまりおいしくありません!」
仔狼であるラファルは、その優れた嗅覚で、憶えた花の匂いを探る事が出来た。
もちろん、黒妖犬であるウノも、同じ事が可能だ。
「レア素材が狼の食材!? しかもまずいって!?」
「狼は肉食系だし。なあ、ラファル?」
「はいです! お肉が大好きです!」
尻尾を振る姿が愛らしいラファルであるが、これでもれっきとした肉食獣だ。
この洞窟での主な食糧調達は当然ながら狩猟と採取で、狩りの時のラファルのテンションは一段高い。
小さいながらも、ドヴェルクモグラや森ネズミぐらいは、しっかり自分で獲ってくる。
普段の食事も、そうして狩ったモンスターが主食だ。
好奇心が強いので植物も噛むが、基本的には肉で充分だったりする。
「あー……ハイタンハイタン、確か干し肉残ってたよね。この子にあげて」
ラファルの尻尾が、さらに激しく左右に揺れる。
「おい、俺達の食糧だぞ」
「つってもここから村まで、半日も掛かんないじゃん。というかウノっちさ、干し肉上げるから代わりに何か食べるモノもらえない?」
「いいよ。それは後でこっちも提案するつもりだった。ここにはほとんど、文化的な食べ物とかないからさ」
相手の方から振ってくれるのなら、願ったり叶ったりだ。
ウノ達は森の豊富な素材のお陰で、食糧には困っていない。
しかし、加工食品は少ない。
素材の味を活かしたといえば聞こえはいいが、たまには酒場独特のこってりとした料理も懐かしくなるのだ。
そうしたモノではなくても、流通している『製品』は久しく味わっていない。
「甘い物とか欲しいにゃあ」
そう、バステトの言う甘い物というのは菓子の類だ。
ただ、甘い物というのなら、森の中で蜂の巣を探し、蜂蜜を手に入れるが、そういうのとはちょっと違う。
そんな事をウノが考えていると、小さくシュテルンが鳴いた。
「また、話が脱線しそうな気配があるので注意して下さい。今の話から推測出来るのは、この森を探索していたのは夜という事ですね」
当たり前の話ではあるが、口に出して確認する事が重要だった。
「お、そうそう。てるんやるじゃん。そうなんだよ、夜光草探しだからさ、夕方までキャンプ張って、暗くなってから周辺を探してた訳。危うく寝過ごす所だったけどさ」
「俺に顔を踏みつぶされるのは嫌だったらしく、直前で目を覚ました。……残念だ」
「今、ボソッと殺意口にしたよな相棒!?」
命の危機に、マ・ジェフは涙目になっていた。
一方ウノは、ちょっと違う事を考えていた。
「つまり、その時『得体の知れない何か』に襲われたって所か?」
もしかすると、と半ば当てずっぽうで言ってみる。
マ・ジェフがギョッとした顔になった。
「わぁお! ウノっち君予言者か何かかい!? というか全部知ってるならオレ、説明する必要がないんじゃね!?」
どうやら、心当たりで正解だったらしい。
「いやいや、違うんだよ。ゴブリン達が以前、そのいわゆる『得体の知れない何か』に襲われたっていうのが、ちょうどその辺りだったんだ。だから、ただの推測。そもそも、その『得体の知れない何か』の正体が、俺達は知りたいんだよ。訳の分からんのが家の周りにいるのは、ちょっと落ち着かないからさ」
ウノ達がこの洞窟を初めて訪れた時、ゴブリン達が先に侵入していた理由が、この『得体の知れない何か』だ。
ゼリューンヌィ達は、正体不明の存在に襲撃され、命からがらここに逃げ込んだ。
……もっとも、その後すぐに、ウノとシュテルンに捕縛される羽目になったのだが。
そして、その襲撃者はまだ、捕まっていない。
情報があるなら、欲しい所だった。
今のところ、ゴブリン達を除くウノ達に直接的な被害はないし、敵か味方もハッキリしないが、まあ五割以上の確率で敵と見ていいだろう。
話が通じる相手ならば交渉したいし、無理ならば倒すか最低でも追い払いたい。
ふむ、とマ・ジェフが頷き、腕を組んだ。
「正体はそうだな、ゴーストだ。俺達もプロだからな、そこまでは分かる。夜光草を探してるオレ達の前に現れて、襲ってきたんだよ」
「音も無かったな」
ハイタンが、猛獣のように唸る。
「そりゃ、ゴーストだからな」
「アイツラはズルい」
「いや、種族特性にズルいもへったくれもないだろ……」
マ・ジェフとハイタンが漫才をやっている間も、ウノは正体不明だった相手……ゴーストへの対策に思考を巡らせていた。
「……ゴーストか。なるほど、物理攻撃との相性は悪そうだな」
ゴブリン達じゃ、手も足も出ないだろう。
唯一の希望はゴブリンシャーマンであるグリューネだろうが、性格が戦闘向きじゃないし、彼女が何らかの術を使う前に、壁となってくれるはずの前衛が保たない。
いや、それ以前にグリューネは、簡単な治療術しか使えないらしい。
それすら、話を聞いた当時には魔術が使えなかったウノとしては、羨ましかったのだが。
何にしろ、ゴーストやこの洞窟にいるウィル・オー・ウィスプのような精神体には、殴ったり切ったりといった通常の物理攻撃は通じにくい。
「そうそう、ハイタンの攻撃がまったく効かなくってさ。オレも簡単な火の攻撃魔術は使えるけど、森じゃヤバいじゃん」
「火事になるかも知れないし、他のモンスターの注意を引いてしまうし?」
火の魔術は、攻撃魔術としては風の魔術と並ぶ、代表的なモノだ。
何より派手で目立つ。
ただ、その一方で意外に使い所に困る面もある。
ウノが挙げたように、丈の高い草むらや森といった可燃物に包まれた環境では、下手をすれば燃え広がった火と煙で自分自身まで危機に陥る可能性も高い。
モンスターの焼ける音や臭いも、周辺モンスターの注意を引いて、予想外の戦闘を繰り返す事になりかねない。
「といっても命には代えられないからさ、使った訳よ。それがもう、見事に躱されちゃったんだよね。ありゃあプロだ」
「……ゴーストのプロって何ですか」
ウノも思った事を、シュテルンが突っ込んだ。
何だそれ。
「いやいや、種族の話じゃないんだよ。正規の訓練を受けた動きというか、アレはオレ達冒険者みたいな野良の身のこなしじゃなかったね。それも相当使える。この公爵領でいえば、騎士隊長のオーネスト級だね」
「アレは強い」
「へー」
城下町に住んでいたウノも、オーネストの名前ぐらいは知っていた。
曰く、オーガの群れを単身で叩きのめしたとか、城下町周辺を荒らしていた盗賊団を一夜で壊滅させたとか、武勇伝には事欠かない人物だ。
年齢は三〇を少し超えたばかりと、地位から考えると相当に若い。
それだけ実力があるという事なのだろう。
最後に名前だけ出ているオーネスト氏は、後に実際に登場予定です。