マ・ジェフという男
「んあ……うわあああああああああああ!?」
洞窟の『第一部屋』に悲鳴が響き渡り、中層の利用方法を相談していたウノ達は一斉に振り返った。
見ると毛皮で作った毛布をはね除け、マ・ジェフとかいう野伏は恐慌状態に陥っていた。
側では、間近で様子を見ていたグリューネが、尻餅をついている。
ウノはグリューネを、マ・ジェフから引き離すと、自分が相対した。
「落ち着いてくれないか?」
「ひいいいいいいいい!!」
「なあ」
「やめ、やめてくれえええええ!!」
「ちょっと」
「来るな来るな来るなああああああああ!!!!」
「…………」
色々と諦めたウノは、ゼリューンヌィに目配せした。
一瞬で通じてくれたようで、ゼリューンヌィは自分の棍棒をウノに渡した。
軽く振るい、使い心地を確かめたウノは、それをマ・ジェフの後頭部に叩き込んだ。
「落ち着けって、言ってる」
「OUCHっ!?」
マ・ジェフは前のめりに倒れ込み、自分の膝で額を打った。
結果、目を回してしまったようだ。
「……いかんな、思わずヴェールへの対応と同じ真似をしてしまった」
「ごぶ、ふつう。もんだいない」
グッと、ゼリューンヌィは親指を立てた。
ちなみにヴェールは表で見張りの番になっているので、抗議は出なかった。
「騒々しかったのですから、しょうがありません。……それで、落ち着いてくれたのでしょうか」
「うう……一体、何が……」
ふらつく頭を押さえ、正気に戻ったらしいマ・ジェフの視線が、ウノと隣にいるゼリューンヌィと合った。
「ゴブリンッ!?」
半分は正解だ。
マ・ジェフは瞬間的に飛び退き、後ろ手で何か――おそらく武器だろう――を探そうとしていたが、残念ながらそれは、取り上げている。
「目の前の俺が、ゴブリンに見えますか」
ウノの穏やかな抗議に、マ・ジェフはマジマジとウノを眺めた。
「緑色じゃないけど、顔は似たようなもんじゃね……?」
「よーしいい度胸だ。ゼリュ、そっちの大剣も、研ぎ終わってるよな」
「ごぶ、いつでもいいごぶ」
ゼリューンヌィは、壁に立てかけてある大剣を取りに向かった。
それが本気と気付いたのか、マ・ジェフは慌ててウノ達に懇願した。
「待った待った! 軽いジョークじゃん!? 場を和ませるためのジョーク! お分かり!?」
「笑えないジョークは、ジョークじゃないんだけどな」
「ごぶ」
そこで、マ・ジェフは自分が異常な状況にある事に、改めて気付いたようだった。
「いや待て何でオレ、ゴブリンと普通に喋ってたの!? これは悪い夢か!?」
「残念ながら現実だ。ちなみに狼も喋るぞ」
「しゃべれます!!」
わうっ! と仔狼であるラファルも主張した。
「何てこった……」
「説明すると長くなるから、ここはそういう所だと割り切って欲しい」
額を打つマ・ジェフに、そろそろいいかな、とウノは交渉を始める事にした。
ようやくといった感じだ。
警戒心を解くためにも、ゴブリン達には少し下がってもらう。
「でまあ、ここにいるのはモンスター達だが、今のところアンタ達と敵対するつもりはない。というかこっちがやるつもりなら、アンタ達、とっくに死んでるだろう? ああ、ちなみに武器は解除させてもらったぞ。単純に介抱のためっていうのもあったけど、万が一もありえるから」
「オーケーオーケー、問題ないノープロブレム。当然の対処だろうし、俺も落ち着いた。ここは……洞窟だな!」
「いくら何でも、そりゃ見りゃ分かるだろ」
……本当に落ち着いているのだろうか、この男は。
ちょっと疑問に思う、ウノだった。
「この辺りの洞窟と言えば、『邪教神殿の洞窟』か? それにしちゃあ、雰囲気が以前に聞いた情報とは、何だか……」
洞窟内は、スライムと合わさったウィル・オー・ウィスプが、柔らかい光を放っていた。
ちゃんとした家具こそ無いが、岩のテーブルや壁の隅には食器類も布を敷いた上に並んでいる。
武器類も、それぞれのゴブリン別に分類され、飾ってあった。
瓦礫や埃の類はウノやゴブリン達によって取り除かれ、湿気もほぼなくなっている。
人の住む、住める環境だ。
正直、ウノがかつていた貧民街のあばら屋よりも、ずっと立派な造りだろう。
マ・ジェフが困惑するのも、無理もないだろう。
「いや、『邪教神殿の洞窟』で合ってるよ。ただ、ダンジョンは冒険者ギルドから買い取って、俺のモノになってる。つまり、ここは俺のネグラだよ」
「そんな事が出来るのか!? え……俺もどこかのダンジョン、買おうかな。自分だけの城って男の夢だよな」
「素人なりの忠告だけど、やめといた方がいいと思うぞ。ここは、色んな意味で特殊なケースだろうから。あと、周りのゴブリンは同居人で、基本的には害はないから安心して欲しい」
気がつけば、ウノの相手に対するしゃべり方も、随分と適当になっていた。
が、改めるのも変だし、このまま続ける事にした。
「さてまあ、ここの話は置いとこう。アンタと、もう一人の話だ」
「そうだなー。この森に住んでるって言うなら、アンタにも無関係じゃないかもしれないし。あ、そうそう名乗り遅れたけど、オレはマ・ジェフ。冒険者ギルド所属のナイスガイ、職業は盗賊と魔術師だ」
マ・ジェフは胡座を掻いて、自己紹介した。
「魔術師!?」
「主様」
やはり発見した時に感じた魔力はそうだったのかと、思わず身を乗り出すウノを、シュテルンが穏やかに制した。
「っと、分かってる。でも、その格好は……」
どう見ても、野伏っぽい。
いや、冒険者の場合の盗賊は、一般に言われる『賊』ではなく密偵的な役割を指し、野外ならば草原や森に溶け込む格好をしていても、不自然ではないのか。
「見えない、見せないのも技術の一つさ。魔術師ってのを明かしたのは、助けてもらった事への、こちらなりの誠意って奴だな! でまあ、あっちでまだ寝てるゴリラは、ハイタン。アレは見ての通りの戦士だよ」
「おう、起きてるぞ。……誰がゴリラだと?」
マ・ジェフが親指で指した先で、前触れ無しにのっそりと、巨漢が身を起こした。
「ひゃうっ!?」
その視線に射すくめられ、マ・ジェフが変な声を上げた。
すまない、自分で言うのも何ですが、まったく話が進んでいない……!