土魔術
「では、ウサギの足を、そこの岩の上に置くにゃ」
ウノは、バステトに言われるまま、大きく平たい岩の上にウサギの足を置いた。
「置いたぞ?」
「それに手を当てて、水の渦と同じ要領で魔力を染み込ませるのにゃ。大事なのは、ついでに下にある岩の土属性を巻き込む事にゃ」
「前半はともかく、後半がちょっと分かりにくいな」
とぼやきながらも、とりあえずウノは言われた通りにやるしかない。
魔力の放出と浸透は、数時間の深皿での経験で、ほぼ身体が憶えていた。
ただ、やはり下の岩の属性というのは、いまいちピンとこない。
「ゆっくりやれば、何となく掴めるはずにゃ。魔力と一緒に砂みたいなザラザラはないかにゃ?」
「……これ、か?」
ウノは目を瞑り、まさしく手探りで、その感触を掴んだ。
自身の放つ魔力の渦に巻き込まれた無数の粒子のような感覚は、正に砂嵐。
これが土の属性というのならば構わない、そのままウサギの足に魔力を染み込ませていく。
「それでいいのにゃ。ウサギの足に、丁寧に土属性を馴染ませるのにゃ。ただしやり過ぎると触媒が受け止めきれずに壊れるから、加減には気をつけるにゃ」
無闇矢鱈に魔力を放てばいいというモノでもないようだ。
せっかく作ったアミュレットを壊さないように、慎重に作業を続けていく。
どれぐらい時間が経っただろうか、ウサギの足に魔力が染み込みにくくなった所で、ウノは手を止めた。
「出来た……」
空を見上げると、太陽はさほど動いていない。
けれど、岩には顎から滴った汗の染みでびっしょりと濡れていた。
岩は、土属性をアミュレットに取り込んだせいだろう、すり鉢状に削れるようにへこんでいる。
疲労はある……が、それよりも達成感が大きかった。
だるくなった腕で、アミュレットを掲げ持つ。
「にゃあ、これで『ウサギの足のアミュレット』の完成にゃ。おめでとうにゃあ」
バステトが小さな手で拍手をし、シュテルンはそもそも手がないので大きく鳴く事で、拍手の代わりとした。
まだ、魔術の触媒は一つ出来上がっただけだ。
……が、それでも一仕事終わった解放感が、空気を緩ませる。
そんなタイミングで、シュテルンが小さく鳴いた。
「神、質問があるのですが」
「にゃあ、何かにゃ?」
「全くの門外漢なので的外れな疑問かもしれませんが、これだと魔術は一種類、属性を放出するだけなのでは?」
「ん、そうにゃ。複雑な術式なんて一切なしの、シンプルな魔術なのにゃ。土属性にゃので、砂、土、石とか出せるにゃ」
「えええええ」
シュテルンは、納得がいかないようだ。
「シュテルン、いいんだ」
「主様?」
「魔術が使える。まずはそれで、俺には充分過ぎる」
確かに、材料集めや魔力操作の基礎修行なんて手間も掛かったが……掛かったと言ってもたかが半日も経っていない。
短期間というのもおこがましいレベルの短い時間で、魔術を使えるようになるのだ。
獣人で、魔術を使える見込み無し、と言われていたのを考えれば、奇跡的と言ってもいい。
「主様がそういうなら……しかし、土属性だと、砂や土や石を出すだけ……なのですよね? 使い道が、石を投げるぐらいしか思いつきませんが、それが生活の役に立つのですか?」
「そこはあれだにゃあ。使い手次第といった所にゃ。まずは術の完成が先決にゃ。残るは何だったかにゃ?」
バステトに促され、ウノは何とか思い出す。
「ええと……あとは、起動キーだったか」
「にゃ、さすがにそれは必要なのにゃ。自分で考えるのに時間が掛かるなら、ウチキで用意するけどどうするにゃ」
「自分で決める!」
ウノは即答した。
せっかくの初魔術、手助けはしてもらっているにしろ可能な限り、自分の手でやり遂げたかった。
「そういうと思ったにゃあ。なら作った触媒を握って、魔力で言霊を刻むにゃ。その辺りはもう、感覚的に掴めていると思うのにゃ」
「ああ、じゃあ土の魔術は『土塊』で……」
ウサギの足のアミュレットを握りしめ、キーとなる言霊を思い浮かべる。
アミュレットの魔力はほぼ満杯だ。
イメージは渦を極限まで細めた高速のドリル。
魔力のこもった言霊を、アミュレットに一撃で刻み込む。
その瞬間、アミュレットから漂っていた魔力が、消え去った。
いや、アミュレットから漏れていた魔力が、完全に中に封じ込められたのか。
例えるなら、ワインの瓶に今、コルクで栓をしたかのようだ。
それでも、このアミュレットから感じられる魔力の『気配』は、少しでも魔術を囓ったモノならば分かるだろう。
「……これで、完成?」
「したのにゃ。それじゃ早速、土の魔術『土塊』を使うにゃ」
「作ったばかりでなくすのは、ちょっと勿体ない気がするなあ」
「にゃ、ああ、使い捨てって言ったけど、多分ウノっちが考えているのとちょっと意味が違うのにゃ。そんな一回こっきりで使い切るようなモノでもないにゃ。何百とまではいかなくても、何十回かは大丈夫のはずにゃ。それに魔力が尽きそうならその兆候も出るのにゃ」
「そっか、安心した」
なら遠慮なく使えるな、とウノはアミュレットをベルトの脇に差した。
「それじゃ初魔術、『土塊』!!」
ウノが力ある言葉を唱えると、ウサギの足のアミュレットが魔力を放ち、ウノの右手には重みが加わっていく。
慌てて手の平を上に向けると、思ったよりも多い量の茶色の軟らかい土が、ウノの手の中には現れていた。
とても手の中には収まらず、いくらかの土が地面へとこぼれてしまう。
「おおおおお、やったっ!!」
「……でも、地味ですね」
「地味でも、魔術は魔術だ」
地味なのは、ウノも否定出来ない。
これで何をするのかと言われると……まあ、植木鉢でも手に入れれば、園芸の役には立つかもしれない。
だが、それよりも初魔術が成功したという喜びが、何にも勝った。
「そう言ってもらえると、教えた甲斐があるにゃあ」
「あれ、でも土が出るって事は……」
植木鉢も、元はある意味土だ。
ただ、土と植木鉢があっても花の種がなければ、意味がない。
だけど、そこからウノの発想は広がっていく。
今、普通に植木鉢を作るというイメージがあったが、それは可能か。
可能。
他に作れるモノを考える。
土団子、精巧ではないが手の平サイズの土人形、ブロック、砂の山、粘土、砂利、石ころ、それよりやや大きめの石……それに。
イメージを固定しながら、再び呪文を唱える。
「『土塊』」
ウノの手の中には、頭に描いた通りのモノが出現していた。
「ナイフ!?」
クワッとシュテルンが驚愕し、大きく翼を広げた。
ウノはナイフを軽く振るい、使い心地を確かめてみた。
「石作りだけど、切れ味は悪くないみたいだ。料理の助けにはなるだろう。ん、調理器具はこれ、もしかしてかなり充実するんじゃないか?」
大小の石皿、フォーク、スプーンは作れるだろう。
石焼きプレートは……出来ない事はないだろうが、魔力の消耗は大きそうだ。
「そうにゃ。それが使い手次第な部分なのにゃあ。特に土の魔術は応用力が広いから、色々試してみるとよいにゃ。ただ、使いすぎると――」
「――触媒が壊れる」
ウノは、バステトの言葉を引き継いだ。
それもまた、感覚で分かるのだ。
アミュレットの魔力は確かに消耗しているが、この程度なら微々たるモノ。
同じペースなら、数十回は保ってくれるだろう。
「分かってるのならいいにゃ。まずは、全属性の触媒を完成させる事にゃ」
「そうだな。色々楽しくなってきたぞ」
他の属性も、早く試してみたいウノだった。