ヴェールの匠の技
「ちなみに、セントートルとカムフィスも、幼女神として顕現するのにゃ」
「この世界に出現する神は、みんな幼女なのか!?」
驚愕の事実であった。
なお、セントートルの性別は特にグリューネにも聞いていないので知らないが、創世神カムフィスは女神である。
だが、ウノの知っている、神殿や教会で拝まれている像は、立派な成人した女性の姿をしていた。
断じて幼女ではない。
「ある種の性癖の持ち主には、パラダイスなのにゃ」
「……俺に、そんな趣味はないぞ」
「主様に、幼女趣味は無し。要メモですね」
「いや、いらんだろそのメモ!?」
キラリと丸眼鏡を輝かせるシュテルンに、ウノはすかさず突っ込む。
「こう言っては何ですが、神。その姿は破壊神としては迫力に欠けていますね」
「む、本来のウチキはそりゃもう、すんごい高貴な威厳に満ち溢れているのにゃ! でもその姿で出ると、こちらの世界にすんごい影響が出ちゃうのにゃ」
「具体的には?」
ウノとしては、すんごい影響と言われてもピンとこない。
「見ただけで、発狂しちゃうのにゃ? 名画は人を感動させるのにゃ。『美しい』絵、『怖い』絵、『気持ちの悪い』絵。ウチキら神は人間の理解の範囲外にゃから、『訳が分からない』感覚が控えめに表現しても数千倍濃縮で、人間の脳みそに直撃しちゃうにゃ。つまり、精神崩壊なのにゃ」
「ある意味、数百年前に、破壊神信仰を行っていた方々の本望ではあったかもしれませんね」
「あの子らは単に、異種族との交わりに許しが欲しかっただけにゃ。別に世界を滅ぼしたいとか、そんな大それた事は考えてなかったにゃ。そもそも、そんなのに許しとかも人間が勝手に作ったルールなのにゃ
話を戻すと、この姿はウチキら神の力を抑える役目を果たしているのにゃ。『幼い女の子』は非力というのが一般認識にゃ。故に、知識や術はともかくとして、身体能力はグリューネ達ゴブリンと大差ないのにゃ。
そして、ウノっちと契約が可能になっているのも、大きなメリットにゃ。格としてはせいぜい2程度なのにゃ。ウチキが本気になれば、ドラゴンも真っ青の格なのにゃ。それ、契約無理ゲーにゃ?」
そこでバステトは話を切り、ウノの手元を見た。
ウノの右手はいまだに深皿の中にあり、一定の速度で水面に渦を作っていた。
「魔力の渦作りは大体、身体で憶えたにゃ?」
「まあ、本当に大体だけど、出来るようにはなったと思う」
「にゃあ、水で出来たからには、空気中でも出来るし、物質に浸透させる事も出来るにゃ。回転は大事なのにゃ。その渦をそのまま放出してもよし、逆回転にすれば周囲の魔力を取り込めるにゃ。単純だけどこれは秘術なのにゃ」
「物質に浸透っていうと次の、触媒への属性と魔力の練り込みって奴か」
「そうにゃ」
雑談が長引いたが、今のウノの修行は触媒作りの前段階なのだ。
バステトは、洞窟のある方角に顔をやった。
そして呆れ半分、感心半分と言った、微妙な表情を作った。
「にゃあ、ヴェールはお気楽お調子者にゃけど、こういうお仕事は早いにゃあ。一旦、洞窟に戻るにゃ」
洞窟の入り口横に見張り番係のヴェールが腰を下ろし、その前には年季の入った布が敷かれていた。
そこには、小さなノミや金槌がウノの集めた触媒と共に並んでいる。
「ごぶごぶ、ひとまずひとつできてるごぶ。こんなかんじでいいっすかごぶ」
ヴェールの手には、ウサギの足を骨細工で固定した、腰につけるタイプのお守りが出来ていた。
骨細工にも、細かい彫刻が施されている。
まずはバステトがそれを手に取り、出来具合を確かめた。
「よく出来てるにゃあ。大量生産出来れば、土産物屋が開けるレベルにゃ」
「ごぶ……みやげものや?」
店という概念がない為、ヴェールにはピンとこないようだ。
ウノが何となく、傍らで剣術の修行をしているリユセを見ると、興味があるのか手を止めて、話を聞いていた。
が、ウノの視線に気付くと、慌てて修行に戻った。
「気になるようですね」
「構わず、一緒に話を聞けばいいのにな」
なんてシュテルンとウノが苦笑いを浮かべている間も、バステトらの話は続いていた。
「土産物屋は、ヴェールが作ったモノと色んなモノが交換出来るのにゃ。お肉とかお魚とかお酒とかにゃ」
貨幣の説明をすると混乱すると踏んだのか、バステトは分かりやすく物々交換を例にしたようだ。
効果は覿面、ヴェールはあっさりと食いついた。
「ご、ごぶ? それまじでごぶ?」
「マジだにゃあ。ただ、村で売ろうと思ったら、先にモンスターへの偏見を解かないと駄目だと思うにゃあ。張り切っていいモノいっぱい作ったのに、一つも売れないとか酷い残酷物語にゃ」
ありえる、とウノは思った。
意気揚々と村へ向かうウノ達。
そして、意気消沈して洞窟へ向かうウノ達。
その展開は大変凹むので、出来れば避けたい所だ。
「ごぶー……」
「……いや、そんな縋るような目で俺を見ても。まあ、村に行く話は出てるけど、とりあえず今のところは、森で取れた採取物とかの売却がメインだからなぁ」
一応、欲しいモノは色々あるのだ。
主に、家具とか。
他には衣服。使い回しにも限界があるだろうし、古着でもいいから購入しておきたい。
食べ物に関しては、割と森の中で自給自足が出来ているので楽観しているが、それでも冬になると困るので、備蓄は考えておいた方がいい。
村に下りてどうするか、何を手に入れるか、という話し合いの場は必要だろう。
「ま、とにかくよくやったにゃ。他の触媒もこの調子で上手くやるのにゃ。そしたらヴェールの晩ご飯のおかずが一品増えちゃうのにゃ」
「まかせるごぶ! みはりのひまつぶしにはさいてきごぶ!」
バステトが親指を立てると、ヴェールも真似て両手の親指を立てた。
「……アイツ、仕事じゃなくて遊びって思う方が、捗るタイプか」
「大抵のヒトは、そんなモノにゃ?」
触媒の細工に集中し始めたヴェールを振り返って呟くウノに、先を歩くバステトが首を傾げた。
まったく、否定出来ないウノだった。
「にゃあ、あの岩はなかなか具合がよいにゃ。テーブルみたいにゃ」
バステトが指差した先には、大きな岩がいくつか転がっていた。
洞窟からさほど離れていない、まだ充分ヴェールやリユセの見える距離だ。
ウサギの足のアミュレットを振りながら、バステトはスキップするように歩く。
そして、大きな岩のテーブルに、アミュレットを置いた。
「にゃあ、ここから触媒作成の最終段階にゃ」
おちゃらけ三枚目ながら、何気にスペックの高いヴェールです。