大いなる脱線、祭壇について
タイトル通り、盛大に脱線しています。
それから一時間後。
「おおお、出来た……すげえ回ってる」
バステトほどではないにしても、深皿の中の水は力強く回転を行っていた。
もっと回せそうだが、魔力を放出しすぎないように自重する。
バステトが言うには、あまりやり過ぎると体内の魔力が欠乏し、気絶してしまうのだという。
しばらく続けていると、バステトからストップが掛かった。
「ん、上出来にゃ。ウノっちは、魔術師の入り口を潜ったのにゃ。これが出来なければ、どれだけ本を読んだ所で無駄なのにゃ……まあ、ウノっちが妖精種である事と、教える側が破格にゃったから、こんな短時間で習得出来たのにゃが」
「サラッと自分を褒めましたね」
「神様が直に魔術教えるのがどれだけレアか、そこはもうちょっと考えて突っ込んで欲しいにゃ!?」
でも、確かに破格ではある。
並以上の魔術師でも、まずはウノの種族が獣人であるという前提で、基礎を学ばせようとしていただろう。
その辺りの過程を全て破棄して、最短で魔術を習得させる技量はさすがと言える。
……教え方は、とても偉い神様のそれとは思えないが。
フシャーッとシュテルンを威嚇する、猫神様を見ながら、ウノはそんな事を思う。
「ちなみにウチキがあの洞窟に顕現出来たのは、この世界と神の世界の間に、妖精郷という中継点が出来てくれたのも大きいのにゃよ」
「主様の故郷だという場所ですか」
「そうにゃ。妖精郷はどこにでも繋がってるからにゃ。妖精郷出身のウノっちと洞窟が接触した事により、神界との中継点が作られたのにゃ。他にも祈祷による神託や感性の高い人間が感じ取るとか、神との接触方法はいくつかあるけど、実体として出られるのは稀にゃ」
そういえば、とウノは水を魔力で回しながら、並列思考『オルトロス・システム』のもう一つの思考が思い出す。
この大陸で最大の宗教であるカムフィス教の教皇や枢機卿らは、創造神カムフィスとの接触が可能なのだと聞いた事がある。
真偽を疑った事は特にないというかどうでもよかったのだが、あれも意外に本当の事なのかもしれない。
……あれ?
「ちょっと思い出したんだけどさ、城下町オーシンの貧民街取り壊しって、カムフィス教も絡んでたんじゃなかったっけ……?」
疑問に首を傾げたウノに、シュテルンが小さな丸眼鏡を輝かせた。
「そうですね、確か……議会からの告知の他、大司教もその計画を進めるよう神からのお告げがあったと巷の噂で聞いた覚えはあります。人々がより豊かになるためにとの事だそうですが……まあ、主様や貧民街の方々は、『人々』には含まれなかったんでしょうね」
後半は明らかに、施政者達への皮肉であった。
しかも、将来本当に繁栄するのかどうかはともかく、今の城下町は治安の悪化が大問題になっている。
「うーん、あの子はそういう事、言うタイプじゃなかったと思うんだけどにゃ。まあ、本人に聞きでもしない限り、確かな事は分からないにゃ。人々に試練を授けるケースもあるしなのにゃ」
まるで隣近所に住む友人を語るかのようなバステト。
いや、実際、神々の世界はそんなモノなのかもしれない。
「神様は、カムフィス神と接触出来たりするのか?」
「して欲しいのかにゃ?」
「いや、単純な好奇心。今の生活に、特に不満はないしな」
「出来ると言えば出来るけど、今だと一回神界に里帰りする形になるから、面倒臭いにゃあ。下層の神殿にどっかの人間が、カミムスビ……カムフィスを祀るようになれば、そのうち顕現するかもしれないのにゃ。ま、グリューネ達が信仰するセントートルの方が先だと思うけどにゃあ」
「ふーん、そういうもんか」
あっさり納得しかけて、ウノは慌てて首を振った。
「いやいや待て待て、今サラッと物騒な事言ったか? ウチの下にあるあの祭壇って、どういうシステムしてんの?」
我が家の下が、神様がポコポコ現れる施設だった、となるとちょっと問題だ。
バステトが現れた時点で既に手遅れだし、セントートル神の事もグリューネと聞いてはいたが、何だかそれより遙かにお手軽のような印象だ。
例えるなら、神の世界に通じる門があるかのようだ。
是や否やの問題ではなく、どちらかといえば覚悟の問題だ。
あと強いて言うなら、予想外の居候、しかも大物が増える可能性についてというのもある。
「あの祭壇なら、三〇〇年前の異種族コミュニティがあった頃、フラッと現れた流れの建築家が造ったのにゃ。大体100日ほどで造ったにゃ」
「仕事早ぇな、おい!?」
「報酬として、中層の生活空間や罠のデザインもお任せしたのにゃ」
「ワーカホリック過ぎる……!!」
「しかも設計から建築まで全部一人でにゃ」
「そりゃいくら何でも嘘だ!?」
「にゅふふふ。システムに関しては、神託を受けられるようにというコミュニティ側の要請で造られた祭壇なのにゃ。実際、霊感のある巫女はしっかりとウチキの神託を受けられたのにゃ。効果は抜群なのにゃ!」
「当時の巫女さんも、色々大変だったろうなぁ……」
「サラッと失礼な事を言われたにゃ!?」
「サラッとは言ってない。実感を込めて言った」
「なお酷いにゃ!?」
ふぅ……とウノは、小さくため息を漏らした。
まったく自覚のない神は、たちが悪い。
「グリューネが自分の神様用に作っていたお供え物を、こっそりつまみ食いする異教の神がいるらしい」
「……そ、それは不届き千万な神がいるにゃあ」
「アンタぐらいしかいねえよそんな神様!!」
スッと目を逸らしたバステトに向かって、水を満たした深皿から引き抜いた手を振るう。
当然ながら、大量の水しぶきがバステトに浴びせられる事となった。
「にゃーーーーー!!」
「では、祭壇には神託を受ける機能はあっても、神の顕現まではシステムに組み込まれていなかったのですか?」
小コントが終わり、シュテルンが話を戻した。
いや、これ自体盛大に本筋から脱線しているのだが、細かい事を気にしていたら多分日が暮れても終わりそうにないので、ウノはそのまま深皿の水で魔力放出の練習をしながら傍観する事にした。
「にゃー……どう言えばいいのかにゃあ。ドライバは内蔵されてるけど、DVDドライブやらプリンタやらは外付けのすんごいコンピュータみたいなのにゃ」
なるほど、分からん。
ウノは心の中で突っ込んだが、取り上げず黙っておく事にする。
つまり、色んな魔術を使えるすごい魔術師がいるが、それを十全に使用するためには、杖や護符が必要、みたいなもんかと強引に納得することにした。
「だから、ウノっちみたいな『外付け』の門があれば、この通りあっさり実現しちゃうのにゃ。でも、当時はそんなのなかったから、ウチキが顕現出来たのは一回こっきりにゃ。他の機能としては、神託の広範囲送信とか、そもそも複数の神様を祀れるようにしている辺りは尋常ではないにゃ。……あと、一番すごいのは内緒にゃ。驚くか呆れるか、微妙な所なのにゃ」
流れの建築家……何シェセプなんだ……。
なお、秘密の機能は『下層01:神殿のある生活空間』と別作品『皇帝陛下と墓職人』にヒントが隠されています。