『火』『水』『風』『土』『光』『闇』
バステトを取り巻く色とりどりのオブジェは、燃えさかる炎、球体で出来た水、木の葉を巻き込み吹き荒れる竜巻、一握りの岩、輝く光、それと対照的な黒い光の六つであった。
これが、ウノの習得する魔術だというのか。
「多っ!? っていうか出来るのかそれ!?」
「簡単にゃ? 魔術じゃないけど、文明の進んだ世界だと、ポケットに入るレベルの四角い石で小さな火を出したり、光を放つ小さなボタンもあるのにゃ? しかも大体一カッドにゃ」
「安いな、おい!?」
城下町なら、一カッドで露店のジュース一杯。
子供のお小遣いレベルだ。
五カッドあれば、食堂で平均的な定食を食べる事が出来る。
「そう、安い魔術にゃ。『火』もしょぼいし、水はいつもウチキが使ってる飲み水レベルの量の魔術なのにゃ。それでも、色々便利だと思うにゃ」
「そ、そりゃあ、もう」
一瞬で火を灯せるなら、たき火を作るのも楽だ。
水なんて言わずもがなだろう。
「でまあ、触媒だけどそうにゃあ、一番手っ取り早いのは『土』の石にゃ。あと『風』だと鳥の羽根とか」
ウノの前にシュテルンは立つと、バサリと大きく翼を広げた。
「どうぞお使い下さい、主様!! 全部毟っても結構です!」
「お前、飛べなくなっちゃうじゃん!?」
「主様のお役に立てるのなら、本望です! さあ!」
ウノがしないのなら、いっそ自分でという勢いのシュテルンを、バステトが制した。
「あ、あー……てるん、ひとまず一枚でいいにゃ。ヴェールに、アクセサリーにしたて上げてもらうのにゃ」
「では、厳選された一枚で。そうですね、この辺りの風切羽など如何でしょう」
風切羽。
鳥が推進力を得る為に必要な、重要な羽根である。
人間で言えば、足に等しい。
「だから飛べなくなるってそれ!? なあ神様、別に抜けた羽根とかでもいいんだよな」
「そうにゃあ。この辺りの地面を掃除すればそれぐらい、いくらでも」
「いけません! そういうのは新鮮な羽根の方がよいに決まっています! さあ、主様どうぞお選び下さい」
「……分かった分かった」
どうあっても折れないらしいシュテルンに、ウノが先に根を上げた。
しょうがないので、翼の中、羽根の多い部分を軽く漁り、一本頂いた。
シュテルンの方が、やり遂げた顔であった。
「それで神様、この羽根をどうするのさ」
ウノは、羽根の根元を指で挟み、クルクルと回した。
「風に当てて、ウノっちの魔力と混ぜ込むのにゃ。あとは起動用のキーワードを決めれば出来上がるのにゃ。他の属性も同じ要領にゃ。で、溜めた魔力が尽きたら触媒もなくなるにゃ」
「つまり、使い捨てって事か」
「そうにゃ。高度な魔術なら何度も充填が効く触媒を選ぶけど、やっぱり儀式の時間もお金も掛かるのにゃ。生活魔術は基本、お手軽で安価が売りなのにゃ」
「主様、羽根でしたら私がいくらでも提供いたします」
「まあ、濫用しないように気をつけるさ」
「学ぶ魔術の基本は今説明した通りにゃ。多分手こずるのは、触媒選び、触媒への属性と魔力の練り込み、起動キーってところにゃ。それじゃ、お外で色んな触媒を探すのにゃ」
元の薄衣に着替えたバステトの先導で、ウノ達は洞窟を出た。
太陽の日差しは柔らかく、心地よい風が吹いていた。
そこで、シュテルンを肩に乗せたウノは、はたと気がついた。
今まで洞窟を出た事がなかったバステトが、普通に前を歩いている。
「……あれ、神様、外に出られるのか?」
ウノの疑問に、バステトは薄衣の衣を翻らせながら、クルリと振り返った。
「にゃ、人化出来るぐらい力をつけられたから、脱・引きこもりにゃ。あ、ちなみに『地図』は外でもちゃんと使えるのにゃ」
言われて、ウノが精神を集中させるとなるほど、フレーム状のダンジョンマップは、ちゃんと脳裏に浮かび上がっていた。
上層中層下層を行き来する光点は、初めての頃よりかなり増え、賑わっていた。
「ん、確かに」
「そして外に出た理由の一つに、この地図の範囲を広げる事も含まれるにゃ。まあ、多分川の辺りまでは行けると思うにゃ」
「転移も使えるのですか?」
バステトは、洞窟内ならどこへでも瞬時に転移が出来る。
それが外でも出来るようならば、森の探索の大きな助けとなるだろう。
「可能にゃ。ただし、一旦戻ったら、転移した場所に再出現とはいかないにゃ。それに、転移出来るのは、ウチキだけにゃ」
「私達も、という訳にはいきませんか」
「そこまで上手くはいかないにゃあ」
まあ、そこまで望むのは虫がよすぎだろうな、とウノも思った。
それよりも懸念となるのは、ここが危険な場所であるという事だ。
「弱いとは言え、モンスターも出現するんだぞ? 神様、自分で身は守れるのか?」
「にゃー、今のウチキが本気を出してもたかが知れてるけど、護衛はいるにゃ」
護衛?
ウノは眉をひそめるが、すぐにその疑問は解けた。
バステトの周囲の草むらに、小さなモンスターが潜んでいた。
水色に近い銀色の虫……ミスリルスカラベ達だ。
彼らは、他の動物の糞を主食とするが、肉食性も有している。
その数は数十にも渡り、一匹一匹は弱くとも、ちょっとした雑魚モンスターならば、まとめて骨にしてしまえるだろう。
「いつの間に」
「神を守る護衛兵なのにゃ。ま、これでも駄目にゃら、ウチキだけさっさと転移で逃げるのにゃ。足手まといになるよりはマシだと思うにゃ?」
バステトは、得意げに猫耳と尻尾を揺らした。
その際には、ミスリルスカラベ達も散り散りになって逃走するだろう。
ならば、ウノに言える事はもう何もない。
「そこまで準備出来てるなら、充分だ。さて、風の触媒は羽根だとして……まずは、川の方に行こうか。水の触媒に、何か使えるモノがあるかもしれない」
そして数時間後。
「……まあ、こんな所か」
森の中にいくつかある開けた場所で、ウノ達は腰を落ち着けた。
集めた六つの触媒を、二人と一匹が取り囲む。
火の触媒には、火成岩の小石。
水の触媒には、川で拾った貝殻。
風の触媒には、シュテルンの羽根……はそのままでは飛んでしまうので、小石を置き石にしている。
土の触媒には、ケマリウサギの足。本体はバステトやシュテルン達と美味しく頂いた。
光の触媒には、陽光を反射しているやや大きめの石英。
闇の触媒には、蝙蝠のモンスターであるアサシンバットの牙。
「よいチョイスだにゃ。これなら充分、モノになるのにゃ」
バステトも満足そうだ。
「ひとまず先に、ヴェールに加工してもらうにゃあ。護衛兵、よろしく頼むにゃ」
バステトが手を叩くと、心得たようにミスリルスカラベの群れが六つの触媒を運んでいった。
あっという間に、その姿は見えなくなった。
「……何気に便利だな、それ」
「大きいモノは無理だけど、あの程度の小物なら可能なのにゃ。ヴェールには念話で伝えておくのにゃ」
ビビビビビ……とよく分からない擬音を唱えながら、バステトは両手の人差し指を、洞窟のある方角へ向けていた。