触媒式
しばらくして、シュテルンの興奮が収まった所で、バステトは咳払いした。
「コホン……まあ、驚くのは無理ないけど、そもそもウノっち、生まれは不明のはずにゃ?」
「ああ、貧民街の孤児院の前に捨てられてたらしいけど……」
数年はその孤児院で生活をしたが、そこも生活はギリギリだった。
幸い、身体能力に恵まれた獣人(バステトの話では違うようだったが)であった事、動物使いとしての資質があった事で、自立は早かった。
城下町オーシンの郊外にあった森で、巣から落ちた(もしくは先に生まれた雛に落とされた可能性の方が高い)卵から孵った鷹――シュテルンが相棒であり家族の一員となってからは、寂しさはあまりない。
育った孤児院も、公爵の政策による貧民街取り壊しでなくなり、世話になった院長や子供達も散り散りになってしまった。
皆、無事でいればいいのだが……。
ともかく、その孤児院以前の記憶は、ウノにはまったくなかった。
「ちょっと残酷な話するにゃ。それ、原因は経済的な云々とかじゃなくて、生まれた子が獣人になっちゃったからなのにゃ。取り替え子って言って、妖精が人間の子供をさらって、その時に代わりに置かれたのがウノっちにゃ」
「まるで見てきたかのような物言いですね……」
「神様舐めるななのにゃ。力が増したお陰で、精密な過去視はまだ厳しくても、霊視ぐらいなら出来るようになってるにゃ。ちなみに、ウノっちの種族は『黒妖犬』……まあ、そのまんまの名前にゃ。死とか不吉の象徴とされてるのにゃ」
「えええええ」
ウノの口から、力のない悲鳴が漏れた。
生まれた時から信じていた己の種族が全否定な上、死だの不吉だのの象徴とか、あんまりすぎる。
それを庇ったのはシュテルンだった。
「主様は、人を不幸になどしません!」
バステトの前に降り立ち、クワッと鳴くシュテルンだが、猫神はまったく動じなかった。
むしろ、苦笑いを浮かべていた。
「にゃあ、あくまで種族として語ってるだけにゃ。それ言ったらウチキは破壊神だしにゃ。だからそこら辺は気にしなくていいのにゃ。重要なのは妖精という部分なのにゃ。ウチキの顕現とか色んな事に、絡んでいるのにゃ」
「あの、さらっと俺が不吉とかそういうの、流されたけどいいのかな?」
「そんな事言ったら、ゴブリンは巷で邪悪なモンスター扱いされてるにゃ。だからといって、ゼリューンヌィ達を追い出すかにゃ?」
「まさかだろ。もうアイツラ、ウチの家族みたいなもんだし」
契約しているのはグリューネだけだが、他のゴブリン達が今更、自分達を裏切るとも思えない。
親分肌で、何気に世話焼きのゼリューンヌィ。
素朴で力持ちなアクダル。
口数は少ないが、人間に妙な憧れを抱いているリユセ。
手先は恐ろしく器用だが、剽軽でどこか間が抜けている一番ゴブリンらしいゴブリンのヴェール。
もしも彼らが何者かに襲われるなら、ウノもゼリューンヌィらと共に戦うだろう。
「そういう事にゃ。大切なのは生まれや育ちではなく、今何をしているかなのにゃ」
バステトの言葉に、シュテルンは鷹が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「……驚きです。神が真面目な事を口にしています」
「本気で天罰食らいたいのかにゃこの鳥類!?」
「俺の種族に関してはもうちょっと詳しく聞きたいけど、そこは本筋じゃないんだな」
考えてみれば、話が大幅に脱線しているような気がする。
どうして、こんな話題になったのか。
……そう、魔術を使えるかどうかの、資質の問題だったはずだ。
「それ言ったら、そもそも魔術を教えるってのが本筋なんだけどにゃあ。前提は大切なのにゃ……さて、妖精種は基本的には妖精郷を故郷としているのにゃ。こことは違う魔力に満ちた世界で、そもそもほぼ全ての種が魔力を多く持っているのにゃ。ウノっちが魔術に惹かれる理由は聞いたけど、これには多分ある種、無意識のホームシックも絡んでるのにゃ」
ウノとしてはピンとこないが、まあ確かに自分が魔術に関して尋常ではない憧憬があるような気がするのは、否めない。
「主様の種であるというブラックドッグも、魔力を多く有しているのですか?」
「にゃあ、当然にゃ。妖精種はほぼ、魔力の塊みたいな存在にゃ。ただ、こちらの世界に順応するために、物理の方に魔力が注がれちゃってるのにゃ。どう言えば分かりやすいのかにゃ。ちょっと違うけど、幽霊をイメージして欲しいのにゃよ。あれには、物理攻撃が効かないのにゃ」
「そのくせ、向こうの攻撃は効くのですから、ずるいです」
ふん、とシュテルンが鼻を鳴らした。
「その、幽霊が、何か?」
「幽霊が、この世界でいっぱいご飯食べたい、昼間でグッスリ寝たい、異性と仲良くしたいにゃあとか考えて、肉体が欲しいと思うにゃ。体内の霊力をいっぱい消費して、肉体を得るにゃ」
「物理攻撃、関係ねえ……!!」
さすがにウノは突っ込んだ。
「うんまあ、何となく言ってみただけなのにゃ。ウチキが言いたいのは、つまりこれがウノっちの状態なのにゃ。魔力を消費して、この世界に適応しているのにゃ。それでも、獣人とか一般の人間よりは魔力はあるにゃ。故に、獣人の悩みの種たる魔力の不足とウノっちは無縁なのにゃよ。だから基礎は全部すっ飛ばして、魔術を使えるようにしちゃうのにゃ」
「おお……」
随分と話が遠回りしたような気もしたが、要約すると魔術は使える、という事だ。
それも、思った以上にずっと早く。
「主様、よかったですね」
「おう!」
「魔術には詠唱式とか儀式式とか色々あるけど、ここは触媒式がよいかにゃ。触媒は森の探索ついでに作れるから、そちらの方がお勧めにゃ」
「触媒式?」
「物質を起動スイッチにするタイプにゃ。分かり易い例で例えるなら、光魔術を使いたいならキラキラ光る石を触媒にするのにゃ?」
バステトの説明では、属性に適した触媒を作り、それを使って魔術を放つ、という形式なのだという。
「ああ、主様の十手を使った『犬のお巡りさん』とかいう魔術と同じですね」
「まあそうなるにゃあ。正確にはあの術の核になったのは、『犬』であるウノっちなんだけどにゃ」
バステトは、小さな手をパンと合わせた。
それが離れると、ウノの周囲に赤や青といった、六つの小さなオブジェが出現した。
「さて、生活魔術にも色々あるけど、探索もするウノっちには料理魔術や浄化魔術とかより、火や水といった元素系がお勧めにゃ。『火』『水』『風』『土』『光』『闇』辺りを憶えてもらおうかにゃ」